表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

侯爵令嬢マティルダの最期

マティルダのざまぁです。

 「マティルダ様、お願いです、立ち去ってください。これ以上、ここにいられては──」


 城下の屋敷街にある小さな薬屋の娘が、戸口で泣いていた。

 ボロを纏った女が、その前に立ち尽くしている。

 髪はかつての燃えるような赤ではなく、煤けた藁のよう。

 華やかなドレスも、もうどこにもない。


 侯爵家が没落して三年。

 マティルダ・フォン・ブライアの名は、いまや「詐称聖女」として、子どもたちの怪談話にすらなるほどの“呪い”のような存在となっていた。


 初めの一年は、故郷の片田舎に逃げた。

 だが彼女を受け入れた親族も、やがて「神の裁きが下る」と言って手のひらを返した。

 次の年には、都市の貴族を頼ろうとしたが、門前払い。

 仕事すら与えられないまま、彼女は路地裏の廃墟で暮らすようになった。


 「なぜ……わたしがこんな目に……」


 彼女は誰よりも誇り高かった。

 美貌に恵まれ、学び、身分も才能もあると信じていた。

 それが今や、腐ったパンを奪い合う日々。


 それでも、彼女は認めなかった。


 「リュシアのせいだわ……あの女がすべてを奪った……」


 呟く声は日に日に濁り、やがて喉を焼くような恨みに変わっていく。


 ある夜、彼女はひとつの噂を耳にする。


 ──北の地で、聖女が“神の泉”を開いたらしい。

 ──病が癒え、土地が豊かになった、と。


 それを聞いた瞬間、マティルダの顔に狂気が宿った。


 「そう……ならば、奪えばいい。神の力を、今度こそ……私が」


 深夜、マティルダは北へ向かった。

 朽ちかけた馬車を拾い、道なき道を歩き続けた。

 誰も彼女に助けの手は差し伸べない。

 神に見放された女に近づけば、自分まで呪われると皆信じているからだ。


 北の泉に着いた時、彼女の足元は血で濡れていた。

 裸足だった。髪は抜け落ち、手は震えていた。


 そこには──聖女の姿があった。


 リュシアは、子どもたちに手を差し伸べ、民と共に野草を摘んでいた。

 その背は、光に包まれていた。


 「……リュ、シア……」


 もはや自分の声ですらない。


 マティルダは叫びたかった。

 訴えたかった。奪いたかった。

 でも、口が動かなかった。


 彼女の中で何かが壊れていた。


 ──どうして、私はあのとき微笑まなかったのだろう。

 ──どうして、勝ち誇ることでしか、自分を保てなかったのだろう。


 聖女と自分が大きく隔たっていることに、ようやく気づき涙がこぼれた。


 「マティルダ……?」


 リュシアが彼女に気づき、駆け寄ろうとした。


 「……助けて……」


 マティルダが絞り出すように言った瞬間──

 突如、空が唸った。


 空からは雷鳴が轟き、泉の水面が激しく打った。

 マティルダの身体が跳ね、衝撃に胸を押さえた。

 神の裁きが、再び下されたのだった。


 「……ごめんなさい……」


 最期の言葉は謝罪だった。マティルダは、地に吸い込まれるように崩れ落ちた。

 泥に塗れた顔は、もはや誰の記憶にも残らなかった。


 その日以降、泉のほとりには、白い百合が咲くようになったという。

 それは人々の間で「贖罪の花」と呼ばれた。


 だがその名前を口にする者は、誰もマティルダという名を知らなかった。


 彼女の最期もまた、名もなき死として消えたのだった。

お読みいただきありがとうございました!これにて完結です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
徹底的なまでの終わり方がとても良かったと 思います。サクッと読めてサクッとスッキリ出来ました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ