3.転落と祟り
王宮の広報部が神殿の神託を正式に確認したのは、事件からわずか一日後だった。
王は神殿との対立を恐れ、ただちにアルフォンス王子の王位継承権を剥奪。さらに、侯爵ブライア家に対しても厳しい処分が下された。
「第二王子アルフォンス・アウレリウスは、本日をもってその称号を剥奪され、辺境の修道院に追放される」
「ブライア侯爵家は爵位を剥奪され、領地および財産は王家へ返還する」
王命は速やかに執行され、城下に暮らす人々にまでその報せは伝わった。
あれほど華やかだった王子の名は、今や囁かれることすら憚られる、忌まわしき名となった。
マティルダは、一夜にして令嬢から孤独な流浪の身へと変わった。
城下の貴族からは見捨てられ、かつて彼女を取り巻いていた侍女たちでさえ、すでに姿を消していた。
「どうして……こんな……」
真っ白な顔で、マティルダはかつての邸宅を見上げた。
だがもうそこは彼女の家ではない。屋敷の門は閉ざされ、そこに立つ衛兵たちは、彼女を見る目に一片の同情もなかった。
「貴女には、退去命令が出ています」
「本日の日没までに王都を離れなければ、神殿の監視者が介入するでしょう」
静かな口調の中に、冷酷な現実が突きつけられる。
マティルダの唇が震え、やがてその場に膝をついた。
「なぜ……リュシアなんかが……」
呟いた言葉には、悔恨よりも、なおも拭えぬ嫉妬が滲んでいた。
一方、アルフォンスは王宮の奥深く――かつて聖女候補たちの試練の場とされた静寂の塔に、ひっそりと幽閉されていた。
「神託だと……? 戯言だ……」
彼は何度も何度も呟いていた。
だが、王位を失い、忠臣もすでにいない今、その言葉に耳を傾ける者はいない。
鏡の前に映る自分の顔を、彼は憎悪を込めて殴りつけた。
「なぜ、俺が……あんな平民上がりの女に……!」
鏡は粉々に割れ、血が頬を伝った。
神の裁きが、彼の心をじわじわと蝕んでいた。
神託は、ただ罰を下したのではない。
彼らの「虚飾の自我」を剥ぎ取り、裸にしたのだ。
そして──
「リュシア様、お時間でございます」
静かに声をかけたのは、神殿での侍女の一人、エイダだった。
リュシアは純白の神衣に身を包み、聖女としての儀式に備えていた。
「……ありがとう、すぐに行くわ」
小さく笑みを浮かべ、リュシアは鏡の前に立つ。
そこに映るのは、かつて蔑まれていた“男爵家の養女”ではない。
神の選びし、“真の聖女”だった。
彼女の背には、神の紋章が宿っている。
かつて王族しか見ることを許されなかった光が、今や彼女の存在そのものから溢れていた。
エイダはふと、ぽつりと尋ねた。
「……恨んでいらっしゃいますか? アルフォンス王子や、マティルダ様のこと」
リュシアはしばし沈黙したのち、首を横に振った。
「いいえ。ただ……悲しかっただけ。信じていたものに裏切られるのは、誰だって傷つくものだから」
「それでも……神さまは見てくださっていたのですね」
「ええ。信じていた。──だから、私ももう、過去に縛られない」
彼女の瞳は、まっすぐ未来を見据えていた。
今や、リュシアは神殿と民から崇められる聖女となった。
けれど、それは復讐でも報復でもない。ただ、自分を貫き、誠実に生きた者への“神の答え”だったのだ。