2.神の声が届くとき
「──神託は、これにてすべてを伝え終えました」
神託使エウリナが告げると、大広間の空気はさらに張りつめた。
まるで神そのものが、その場に降臨しているかのようだった。
「な、なにかの間違いだ!」
アルフォンスが、怒声を張り上げた。
「神殿はマティルダを聖女と――!」
「それは偽りです」
エウリナが冷静に遮る。
「先日、貴殿が神殿に献上した“聖女の証”は、別人が手を加えたものだと、神は見抜いておられました」
「ば、馬鹿な……!」
「マティルダ・フォン・ブライア侯爵令嬢にも、神の怒りが届いています。偽りの証を掲げ、神託を曲げようとしたことへの、重き罰です」
マティルダの顔が、みるみる蒼白に染まっていく。
「貴女の家には、今この瞬間、神の炎が下されました。ご両親と兄君は、すでに爵位を剥奪され、王都からの退去が命じられています」
その言葉に、ざわめきが悲鳴へと変わった。
「ま、待て! なぜ……こんなことに……!」
アルフォンスは膝をつき、頭を抱えた。
彼にとってすべてが、あまりに唐突で、信じがたいことだった。
しかし──それは、リュシアにとっては、ようやく訪れた“真実の時間”だった。
「……王子殿下。あなたは私を“聖女の器ではない”と断じましたが、では問います──神の声を、聞いたことはありますか?」
リュシアが静かに問いかける。
アルフォンスは答えられない。
マティルダも、ただ震えるばかりだった。
「私は、何度も祈り、問い、時に涙しました。なぜ私が選ばれたのか。なぜこの力があるのか。ですが神は、私を試しておられた。真に信仰を持ち、誠実である者が誰なのかを、試すために」
彼女の言葉に、光が呼応するように舞い上がった。
まるで神が、その言葉のすべてを肯定しているように。
「──お立ちください、聖女様」
エウリナがひざまずき、改めてリュシアを神殿へ迎えようと手を差し出す。
その動きに従い、侍女たちがそろりとリュシアに近づく。
誰もが、畏敬の念を込めて、その姿を見つめていた。
「以後、リュシア・エルメイラ様は“神の代理者”として、神殿に迎え入れられます」
神託使が宣言すると、大広間に居合わせた者たちが、次々と頭を下げた。
さきほどまであざ笑っていた貴族たちの顔は、恐怖と後悔に染まっていた。
だがリュシアは、それを見下すことも、笑うこともなかった。
ただ静かに一言、呟いた。
「婚約破棄──けっこうです。私は神に愛されているから」
その言葉が、場の空気を切り裂くように響いた。
そして、彼女の背に舞い降りたのは、一羽の真っ白な鳥。
神の使いとされるその鳥は、リュシアの肩にそっと止まると、翼を広げ、鳴いた。
“ピィ……ピリリ……”
その声は、まるで祝福の歌だった。見た者は自然と涙が出てくるような美しさだった。