第93章:豊川先生の思い出
ぼくは、中学では優秀な生徒でしたが、
高校に入ってからは、
みるみる成績が下がり・・・
気がつけば、
進学クラスの「ビリっかす」に甘んじ、
唯一、大学入試に失敗して、不本意ながら県立の学校へ進学した、
いわゆる、『落ちこぼれ』でした。
・・・「学校一の秀才から、学校のお荷物へ」。
こんなド派手な転落劇を演じた生徒は、
なにも、ぼくに限ったケースではないようですね。
周りの評価や態度の変化、
雑な扱いへの移行・・・
若き日に、こういった『手のひら返し』を目の当たりにしてしまったぼくは・・・
担任との確執もあり、
極度の人間不信におちいり、
高2の夏をさかいに、
勉強を全部ほんなげちゃって、
『小説』
『漫画』
『TV東京のボクシング中継(= とくに、マイク・タイソンの試合)』
『オナニー』
『ビデオレンタルのホラー洋画』
で、自分をなぐさめ、
卒業までのむなしい日々の心の支えとしました。
・・・あの無気力で無意味でみじめな期間のことは、
あれから40年近く経過したいまも、
けっして忘れることはありません。
ぼくをいじめた担任の数学教師「藤田先生」を、
何度も呪い殺してやりたかったけど、
『学校や保護者や教育委員会からの評価』
『教え子の大学進学実績』
に縛られ、
それをみずからの「唯一のアイデンティティ」として、すがって生きておられた気の毒な当時の先生を、
むしろいまでは積極的に許し、
あわれに思うぼくがいます。
・・・そんな不器用な生き方しかできなかった藤田先生のことをね。
成績が落ちたぼくに背を向ける教師がほとんどの状況の中、
あたたかくサポートしてくださった先生もいたんですよ。
それが、化学の男性教師・・・
『豊川先生』。
もう、30年以上も前に、
ガンで亡くなっておられます。
先生はですね・・・
出来は悪かったがまじめに先生の授業や「補講」を受けるぼくが、
すごくかわいかったようなんです。
分厚い、化学の問題集も、
1冊、タダでくれました。
・・・ぼくひとりに、ですよ。
残念ながらぼくは、
もらった問題集を生かし切ることはできなかったけれども・・・
そのときの先生のまごころは、
いまも忘れることができません。
いつもおだやかな表情で、
知性を感じさせる名教師でしたね。
・・・最悪の人生期間においても、
そんなすばらしい恩師もいたんですよ、皆さん。
先生!
読んでくださっていますか・・・?
ぼくは今日、
化学の勉強してますよ!
文英堂の、
『スピードチェックシリーズ』を使って・・・ね。
ぜったいに、東大受かって、
先生にほめてほしいです♪
では、
失礼します。