第16話 自由落下
授業が終わり、部室へ向かった。パソコンを使っている者が2人いた。川野と音谷だった。今日はお茶も点てずに、真剣な形相で画面を見ていた。
私がふと、その画面に目をやると、茶碗や茶器、茶筅が映っていた。なんか嫌な予感がしたが、もう少し画面を見てた。
「失敗したのですの」
「失敗したか」
どうやらゲームか何かで失敗したようだ。そして、モニターにはタイトル画面が表示された。
『みんなのお茶、シミュレーションゲーム』
フリーゲームのようである。誰だ、こんなのを作ったのは。
「おっ、来ていたのか。このゲーム、いいぞ。やらないか?」
「いえ、結構です」
私は丁重にお断りをしたが、いずれ強制的にプレイさせられるのでは……と思った。
川野に聞いてみると、どうやらフリーゲームの投稿サイトでダウンロードしたらしい。音谷に聞かなかったのは、このゲームに興味があると勘違いされると、後々やっかいだからだ。
そうこうしているうちに、望月と隅野も部室へやってきた。
よく考えてみると、この部室には机と椅子、そしてパソコンしかない。いや、お茶関連の道具もあるか。って言うかいつ持ち込んだんだ。まあ、それはいい。パソコン関連の書籍が欲しい所である。家にある書籍、雑誌などもあれば、部室へ持ってきてもいいよと言ってあるがよく考えたら、私以外は持ってなさそうである。
重力関連の資料が欲しいが、そうなると図書室しかないだろう。
「ちょっと、図書室へ行ってくる」
私がそう言うと、
「私も行きますです」
「私も行ってみるか」
望月と隅野が付いてきた。
図書館へ着くと、私はコンピューター関連の棚へ向かった。情報なんとかって書いてあるのがそうだろう。
「うーん」
あまりコンピューター関連の本はあまり無いのか、重力関連のサンプルプログラムが載っているものは無さそうだった。
「柊も図書室へ来るんだ」
支子が話しかけてきた。忘れているかもしれないけど、柊は私の苗字である。以前は鈴と呼んでくれていたのだけど、この学校に同じ『りん』と言う名前で呼ばれている先輩がいたので、今は柊呼びで通している。
試しに重力関連の本のことを聞いてみたら、物理の本が良いのでは?と言われた。
「簡単なやつで大丈夫だよ。イラストとかが多いやつとかでも」
そういうわけで、簡単そうな本を見つけた。
『とても簡単に説明する物理』
そんなタイトルの本があったので、借りていくことにした。望月と隅野は小説のコーナーにいた。私は軽く断って、図書室を後にした。
部室へ戻ると、さっきまで茶道のゲームをしていた川野と音谷は、今度は実際にお茶を点てていた。
私はそれを横目で見ながらも、先ほど借りた本の目次を読んでいた。物理と言ってもいろんな分野があり、どれだがなかなかわからなかったが、『自由落下の運動』という項目が目に入った。
自由落下の位置と時間の関係式があったので、パソコンでドットを落下させてみるプログラムを作ってみた。
「うんうん。ちゃんと落下している」
ただ、落下するだけのプログラムなのに、何度も実行してしまった。
……
しかし、あらかじめ落下する地点が決まっているこのプログラムと、いつどう動くか、つまり急に出現したブロックに跳ね返るなどの要素があるゲームにおいては、そのままでは使えない。
うーん。どうしたものか。
ガタ……
悩んでいると、望月と隅野が戻ってきた。
椅子に座って、鞄から写真のアルバムを取り出した。小説の資料にするのだろうか。写真からなにかインスピレーションを得ることもあるしね。
「これが近所の風景で……」
「そうなんだ。確か、前に見たことあるかも。でも、前にはここに看板なんかなかったような」
「この写真、ちょっと古くてね。だから看板が無いのかも」
この二人のやり取りを聞いていたら、写真を2枚用意して間違いを探すゲームとかも出来そうだなと思った。差分をチェックみたい感じの。
うん? 差分?
そうだ~。その都度、差分を取って動かせばいいんだ。
自由落下の位置の公式と、それの1秒後の式を作り、1秒後の式のほうから、元の公式を引いてみよう。
……
やってみたら、一次関数が出来た。学校で習う範囲だと、この式にある傾きと切片をいろいろと変えて調整すれば、それっぽい落下プログラムができるかもしれない。そう思った。
よく見ると、この式は速度の式に似ている。まあ、とりあえず気にするのはやめよう。
試しにマウスのボタンを押すと、そのカーソルの場所にドットが出現し、ランダムに置いた壁に当たったら、その時の移動距離から適当な初速を反対方向に加えて、バウンドっぽくするプログラムを作ろう。
カタカタカタ……
実行ッと。
すっと、ドットが落ちて、壁と言うか床に当たるとバウンドするプロブラムが出来た。任意に初速を加えれば、プレイヤーがジャンプするゲームも作ることができるだろう。
「茶碗はもうちょっと速く回したほうが良い。ちょっとゆっくりすぎる」
音谷の声が聞こえた。
「はっはい。もうちょっと速く回します」
川野がその声に応えて、茶碗を速く回した。
「瞬間的にすごく早く回してもダメ。ちょっと平均的に早く回す!」
川野が音谷に怒られる様子を初めて見た気がした。
私はそっと部室を後にした。
今日はいろいろあった、プログラムの続きはまた明日にしよう。