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もういいかげん、話さなければいけない頃だろう。
ニートであるオレが、どうしてこんな訳のわからない状況を当たり前のように受け入れているのか――なぜこんな訳の分からない非現実的な女騎士との出会いを当たり前のように受け入れ、なぜこんな訳の分からない非現実的な女騎士と当たり前のように戦いだし、なぜこんな訳の分からない非現実的な女騎士と訳の分からない契約まで当たり前のように結ぼうとしているのか、について……。
だが、まぁ、しかし、これがまた、当のオレ本人にしても、いったいどこからどう説明すればいいのかがまるで分らない程には、訳の分からない話なのである。オレ自身も、これにまつわる話を父さんから初めて聞かされた時には、「何言ってんだこのオヤジ、とうとう頭が腐ったか」と呆れたほどだ。それに何度も何度も予防線を張るようで悪いが、説明してみたところで訳の分からない話であることには変わりはないし、あぁそうなんですね納得しました、となるようなハッキリとした理屈もない漠然とした世迷い事にしか聞こえないような話なのである。
――まぁ、突然この現実世界の日本に女騎士が湧きだして、剣を振り回すわ魔法を使うわと暴れ回ってしまうような荒唐無稽さなのだから、そもそも説明しろと言うほうが難しいのは当たり前なのだ。つーことで、何言ってるかわかんなくても勘弁してくれ……。
それにしても、どこから話せばいいんだろうな。
とりあえずは前段として、オレの家系についておさらいしておこう――
前にも話したが、我が家系である逆神家は、平安時代から続く由緒正しい武家であったと言い伝えられている。逆神一族は古くは鬼斬りの一族として、悪鬼羅刹やら魑魅魍魎やら異類異形やら、ありとあらゆるバケモノを刀一本で切り伏せる武士として国の要職を得ていたと。この国を守るサムライとして、恐れられながらも崇め奉られていたのだと。
しかし、これもまた話したように、時代が遷り変わるにつれて、それまで退治する必要があったバケモノと呼ばれる存在は次第に姿を消していき、それと運命を同じくして、それらを狩ることを生業としていた逆神一族の栄華もまた廃れてしまった。
――そして爆誕したクソニートの一族の末裔が、このオレだって話だったよな?
さて、前置きはここまで、いよいよここからが本題だ。ここからはこれまで以上に突拍子もない非現実的な話をすることになるので、そのつもりで聞いてほしい。
話の通り、現代には悪鬼羅刹や魑魅魍魎や異類異形といった、平和を脅かすようなバケモノが存在しないことは当たり前の常識となっている。だがしかし、裏を返せば、それは確かに、かつては存在していたのである。悪鬼羅刹も魑魅魍魎も異類異形も、確かに存在していたからこそ、逆神家はそれらから国を守るサムライとして、国の要職を得ることができていたのだ。
であれば、確かに存在していたはずのバケモノたちは、いったい、どこへ行ってしまったのだろう?
ここで、そもそもの話から始めてみよう――
悪鬼羅刹や魑魅魍魎や異類異形――あるいは西洋のドラゴンでも聖書の悪魔でも神話の怪物でもなんだっていい――とにかくこの世に語り継がれてきたあらゆるバケモノとは、いったいどんな存在なのだろう?
これら語り継がれてきたバケモノを十把一絡げに非存在として片付ける現代科学の、諸説あるだろう学説などは一旦無視して、ここでは、我らが逆神家に代々言い伝えられてきたある解釈を持ち出させてもらいたい。
曰く、この世のバケモノとは、人間の想像の産物なのだと――
その時代時代に生きる人間が、恐怖や畏怖の対象として頭の中で拵えてきた架空の存在が、具現化してこの世界に形をとる。その原理が人間の想像力のみによる超常現象なのか神の意志による気紛れなのかこの世の物理的法則による摂理なのかは定かではないが、ともかくそうしたバケモノたちは、人間の想像から産まれ出てくるものなのだ。
――多くのバケモノが人や動物に似た形をしているのも、人間がそこから想像を飛ばしたのだと考えれば、納得しやすいかもしれない。もちろん想像が先かバケモノが先かという議論をすれば、卵が先か鶏が先かというように平行線をたどりかねないわけだが……。
話を戻そう。
しかしそんなバケモノたちは、何度も言うように、姿を消してしまった。
なぜなら、時代とともに、人々がそうしたバケモノたちの存在に、真実味を見出せなくなってしまった、からだ。科学が発展し、この世のありとあらゆる事象は科学によって解明できるという認識が当たり前のものとなった。社会の情報化が進み、誰もが気軽に世界中の出来事や知見へと触れられるようになった。そうした流れの中で、かつては信じられていたはずのバケモノたちの存在は、架空のものでしかない、と認識されるようになった。
父さんは自分自身も先代から何度となく言い聞かされてきたのだというように、面倒くさげに語っていた。
――この世に存在しないものを、存在するのではないかと強く信じるからこそ、それは形を取ってこの世界に現れる。
昔の人間は、本気で妖怪やドラゴンが存在すると信じていた。だからこそそれはこの世に現実のものとなって現れた。しかし現代において、そうしたものに真実味を見出すことがいかに馬鹿げたことであるかは、今を生きるオレたちが実際に感じているとおりだろう。
かくして、この世界からバケモノたちは姿を消していった。
だがしかし、それで古くから続いてきたこの事象が、潰えるわけでもなかった。
現代において、人間の想像の世界で、バケモノに取って代わったものがある。
この世に存在しないものを存在するのではないかと強く信じるからこそそれは形をとってこの世界に現れ
る。ならば現代において、もしかしたら存在しているんじゃないか、と強く信じられている想像上の産物とは、いったい、なんだろう?
それは……
〝二次元〟であるッ――‼
――はい、この瞬間どこからともなく呆れた声や溜め息の音が聞こえてきた気がしたが、頼むから最後まで聞いてほしい。オレだって聞かされたときには呆れかえったし、溜息なんて腐るほど吐いたが、これがどうも本当のことらしいのだから仕方がない……。
二次元――
それは、アニメや漫画やゲームやラノベやイラストや動画、ありとあらゆる人間の創作活動によって表現される、ある種のキャラクターコンテンツの総称である。そのあまねくアイデアは人間の想像によって萌芽し、熟成され、想像上の形を取ることで初めてコンテンツとして写し取られる。
今や成長を遂げた二次元コンテンツは日本において莫大な経済規模を誇り、今後の成長性においても国の経済政策の一つとして数えられるほどの期待を見込まれ、海を越えて世界へまでも広がりを見せている。昨今の我が国において二次元コンテンツは社会の流行の本流を奔るようになり、主要なエンタメニュースとして各種メディアでも取り上げられるようになり、若い世代を中心とした多くの人々の娯楽として、恥じる必要のない存在へと進化した。造詣の浅い人間でもそれを認知せざるを得なくなり、深い人間ともなればキャラクターとの婚姻を宣言する者まで現れた。蔓延する二次元はもはや企業やクリエイターの創作物という範疇に止まることなく、老若男女素人、誰もが思うままに己が妄想を膨らませてオリジナルの小説やイラストや漫画などを創作している。
今の時代、二次元の想像は、この世界にあふれかえっている。
そして、人々はそんな二次元を強く求めるあまり、その架空性すら凌駕して、
「どこかにこんな世界が存在しているんじゃないか――」
「どこかにこんなキャラクターが存在しているんじゃないか――」
と、真実性を切望する妄想を、日夜繰り返している。
そうである――
二次元こそが、バケモノに取って代わった新たな人間の想像の産物なのだ――
二次元コンテンツが人々の想像の中で大きな影響力を持ち始めたここ数十年、この世界では人知れず、人間の妄想によって作り上げられたキャラクターやモンスターが具現化してきた。人間の妄想は恐ろしく、その中にはおよそ人の手に負えないような異能力や魔法の力や純粋な身体能力を宿しているものが数多く存在した。しかし、バケモノが真実味を失い具現化することがなくなったことで生じた空白期間の間に、世界はそんな、想像から化けて出た存在、に対抗する術を棄て去ってしまった。かてて加えて、再び具現化し始めた存在は、その多くが我々と変わらない人間の形をとる〝キャラクター〟である。
今や、かつて存在していたバケモノに対抗する職業は、この世界には存在しない。この世界に、『ヒーロー』なんて職業は存在しない。この世界に、『勇者』なんて職業は存在しない。この世界に、『鬼斬り』なんて職業は存在しない――
では、この世界に今も具現化し続けている化け者たちには、誰が対応すればいい?
――もうオチ丸分かりだが、あと少しだから聞いてくれ。
職業として認められることが無くなった職業。世界に認められない世界の危機からこの世界を守る仕事人。それ故に通常の仕事に就くことが困難な労働者。
世界はそんな人間のことを、ある種の人間たちといっしょくたにして、こう呼ぶ――
〝ニート〟
ってな?