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バケモノ//リベレーション  作者: 不如意
第2話 契約書の内容には細部まで注意を払わないと後悔することになる。
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1





 人生で初めて個人として契約書にサインする機会といったら、ほとんどの人間はバイトや就職のための雇用契約になるんじゃないだろうか。



 生きていくためには働いて金を稼がなくちゃいけない。そしてこの世の中、働きたければ個人で事業を起こさない限り、なんらかの雇用契約を結ばなければならない。この残酷な労働主義社会で生きていくためには、過酷な社会競争を勝ち抜き、より良い雇用契約を勝ち取らなければならないのだ。



「失礼致します。ニート大学ニート学部の逆神杏太郎と申します。宜しくお願い致します」


「どうぞ、おかけください」



 就活スーツでピシッときめて、学歴をはじめとした経歴によって、足切りを軽やかに飛び越えた選ばれし者だけが挑むことを許される企業面接――



「いらっしゃいませ~」


「すんません、バイトの面接に来た逆神ですけど」


「あぁ、店長呼んできますね~」



 電話一本アポを取り付け、市販の履歴書片手に私服で店へと赴いてバックヤードで面会する、多くの人がまず最初に受けるだろうバイトの面接――


 見かけはまるで違うが、どちらもより良い雇用契約を勝ち取りたい労働者達と雇用者達の社会競争の場だ。労働者も雇用者も、より良い相手と契約を結びたいからこそ、多くの手間や犠牲を払って、このような面倒極まりない履歴書やら面接やらの選考手続きを踏まえて契約相手を選んでいく。


 ところで、ここで仮定の話をしてみよう――


 もしも何かの契約を結ぶ両者に、他に選択の余地がなかったとしたらどうだろう?


 他に選びようがない最悪な契約主と、他に選びようがない最悪な被契約者が、他に選びようがない契約を、他に選びようがなく結ばなければいけないとしたら?


 オレが思うに、契約を交わす双方に他に選択肢がない場合、履歴書だとか面接だとか、そんな七面倒臭い選考手順は一切無視して、ノータイムで契約を結んでしまうのが、最もスマートな、最善のやり方ってことになるんじゃないだろうか。




 と、言うわけで――




「――はい、これ契約書」




 オレはテーブルを挟んで向かいに座っている女騎士――相も変わらずコスプレ女にしか見えない七聖騎士団聖騎士長ことアリシア・エーデルワイスさん――へと、持参してきた契約書の束を差し出した。



「――ちょっとッ‼ いきなりなんなのよッ? このぶ厚いボロ紙の束はっ!」



「それはオマエがこの世界で生きていくために必要な契約書だ。オレもちゃんと読んだことねぇから分からねぇけどたしか全部で三百枚くらいはある。ま、面倒だから、とりあえず全部に目を通したってことにして、表紙の押印欄に判を押してくれやっ」


「――はぁ゛っ⁉ ――アナタね゛ぇっ! なんの説明も無しに呼び出しておいてッ! そのうえ内容がどんなものかもわからない契約書を突き付けて判を押せだなんてッ! そんなの誰が了承すると思ってるの゛よッ⁉」


「声がデカい声がデカいっ……。もうちょっと静かに話せないんですかオマエは……。オマエのいた世界ってマナーとか礼儀作法とか、そういう社会的常識とかなかったわけ? キミねそんな態度じゃ社会人として……」


「――いきなり契約書突きつけて判を押せだなんて言うヤツに常識がどうとか言われたくないわ゛よッ‼」



 血で血を洗うような壮絶な河川敷での激闘から翌日――



 相も変わらず世間様は仕事やら家事やら学業やらとにかくまともなことに従事していらっしゃる平日のお昼時――



 オレと女騎士はオレが昨日指定した場所でこうして向かい合っている――





 ()()()()()()()()()()()()()()()――





「山盛りポテトフライですぅ~~! 御注文の品以上でお揃いでしょうかぁ~?」


「はい、大丈夫でーす。」


 オレは目の前でああだこうだと腹を立てている女騎士のことはとりあえず無視して、中年の女性店員さんが持ってきてくれた『山盛りポテトフライ』を受け取る。


 ――やっぱガストに来たらこれだよなっ。


 オレが久方ぶりの山盛りポテトフライ――最後にガストに来たのは年末年始の買い出し中に母さんと立ち寄った時だからたぶん四か月ぶり――と感動の再開を果たしている間も、そんなオレの横目に映る去り際の店員さんは、オレの向かいに座っている女騎士のことを、まるで珍しい動物でも見かけたかのように振り返りながら見つめている。――そら驚かれますわな、ガストに剣差した騎士がいたら……。まぁ、非常識なコスプレイヤー、くらいの感じで考えてるんだろうけど……。


 まさか、はるばる異世界からやって来られた本物の聖騎士様だとは思うまい……。


 さて、一方、ご当人である聖騎士様のほうは、そんな店員さんからの目線――というか店内にいる全てのお客様からの痛いヤツを見る目線――には全く気がつく様子もない……。


 さっきまでオレのことをああだこうだと罵っていたくせに、今はぴたりと口を噤んで、オレの前にある山盛りポテトフライへと、じっとりとした視線を向けてきている。――なんかよく見たら口の端からヨダレ垂れそうになってね? 飼い主の意地悪で餌の前で無駄に長く待てさせられてる犬みたいになってね?


 ――ぐうぅぅぅ……。


 極め付けには、盛大な腹の音。


 オレは試しに、ポテトを一本、自分の口へと運んでみる。


「あっ……」


「いやぁ、うめぇなぁー! やっぱガストの山盛りポテトフライとドリンクバーのコンビは最強だなっ!」


 先んじて用意しておいたドリンクバーのコーラをグビリと呷る。


「かぁ~~! しみるぅ~~!」


「あぁっ……‼」


「……あ、先に言っておくが、オレはつい昨日命を狙ってきたばかりの相手にタダで食い物を恵んでやるほど、お人好しじゃねぇからな?」


「――わっ、わかってるわよッ⁉ そっ、そそ、そんなこと言うわけないじゃないっ⁉」


「そうか、それは悪かった。――ぱくっ! うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ‼」


「ああっ…………っ‼」


 愉快なことに、女騎士は涙目になって唇を噛み締めている。



 ――ったく、コイツはホントに聖騎士なのかよ……。



 オレは改めて、昨日スーパーの帰り道で出くわし、その後オレの命を意味わからん言い分で奪おうとし、そして今ではオレの目の前で山盛りポテトフライへと切ない視線を向けてきている、そんな威厳の欠片も感じられない女騎士のことを観察してみる。


 透けるようなオレンジベージュの長い髪。アクアマリンみたいな水色の瞳。全体的に細い身体の線。人形みたいに小さい顔。ムラの無い綺麗な白い肌。正直に言えば、聖騎士、と言うよりもむしろ、異世界貴族の御令嬢、とかのほうがしっくりきそうなほどの、可憐で美少女な、恵まれたキャラデザである。――そうは言っても頭はポンコツだし、空腹でヨダレは垂らすし、せっかくのキャラデザは台無しだけどな……。


 オレはあくまでも、()()()()()()、可憐で美少女なポンコツ聖騎士様を眺めながら、ポテトフライを片手に、例の契約書の話へと戻ることにする。




「――さて、契約書の話に戻るが……」




 昨日のことを思い返しながら、オレは話の糸口を探る。




「――まず最初に、ここで改めて聞いておくんだが、お前はまだ、()()()()()()、んだよな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って、そう思ってるんだよな?」




「ふひゃぁっ――⁉////」




 女騎士は顔を真っ赤に腫れあがらせながら勢いよく腰を浮かせた。



「――ちょっ、ちょっとッ⁉//// な、なななっ⁉//// なんで覚えてるのよそんなことッ‼//// サイテーッ‼//// ヘンタイッ‼//// この人型暴漢ゴブリンッ‼////」



「人型暴漢ゴブリンてなんだよ……」


 ゴブリンて基本的に人型じゃね?


「――てッ、ていうかッ! なんなのよいきなりッ‼////」


「いちおうの確認だっ。お前が一晩で心変わりして、べつに死んでもいい~、とかメンヘラ女みたいなこと考えてるなら、その契約書は必要なくなるからなっ……」


「い、意味わかんないっ……! どういう意味よそれっ……」


 女騎士は頬に赤い色を残しながら、オレへと訝しげな目を向けつつ腰を下ろした。


 オレはとりあえず、女騎士が暴れずに耳を傾けてくれたことに安堵する。


 ――さてと、ここから、どう話を進めていきますかね……。


 とは言え残念なことに、オレにしたって、この契約書についてどう説明したらいいのかなんて、実のところ分かりゃしないのである。――そりゃ説明も無しに会ったそばから契約書出されて判を押せだなんて言われたらそんな反応にもなるだろうが、こっちはオマエに出会い頭で宣戦布告されて命を狙われたんだから、お相子ってとこだろう……。


 オレは首裏を片手で揉みほぐしながら、極めて怠そうな口調で話し始める。


「手早く済ませてぇから手短に言うわっ。いいか、よく聞け? 今オマエに残されている選択肢は二つに一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのどっちか。オマエがこの場でこの契約書に判を押さなかった場合、オレは今度こそオマエのことを殺すことになる……」


「――はぁっ⁉」


 女騎士は目をひん剥いて声を荒らげた。


「――ちょっ、ちょっとッ‼ 意味が分からないわッ! アナタ昨日は、『生きたいって言えよッ‼(キリッ――☆)』とかなんとか言ってたじゃないッ! 急になんなのよっ⁉」


「オマエな、それで見逃してもらえたとでも思ってたのか? 昨日そう言ったのは、手元にその契約書が無かったからだっ。わざわざ取りに帰るっていうのも、ほら、日々多忙なスケジュールに追われているこのオレ様にとっては、ちょっと難しかったわけでな……。まぁそういった様々な事情を鑑みて、昨日はオマエが生きたいかどうかだけを確認することにして、こうして今日に日を改めたってわけで……」


「――どうしてこの私がそんな無茶苦茶な選択肢を強制されなきゃいけないのよッ⁉ アナタになんの権限があるっていうわけッ⁉ わたしは神に聖選されし救世の七聖騎士で七聖騎士団の聖騎士長なのよッ⁉」


「いや、だから知らねぇよッ……! その七聖騎士とかなんとかっ! それにな、オレになんの権限があるとかないとか、そんな難しい話じゃねぇんだよ、これは。単純な話。オレは昨日オマエに勝った。もう一度戦っても勝てる。そんなオレ様が、敗北者であるオマエに、条件を押し付けてるんだ。契約するなら生かしてやる、契約しないなら殺す、そんなあらゆる人権完全無視の二択をな。……理解したか?」


 オレは半開きの目で、女騎士の恥辱に満ちた瞳を見つめ返す。


 オレの瞳孔に映る女騎士は、眉間に皺を寄せて、オレのことを睨み返してくる。その口元は何か言いたげに少しだけ開かれているが、待ってみても、言葉は出てこない。


 オレは窓の外に視線を移した。店の前の県道を行きかう車をぼんやりと眺めながら、ポテトをもしゃもしゃと食いつつ、講釈でも垂れるように続ける。


「まぁ、つまり、あれだ。お前はこの場所において、お前らにとっての魔族と同じような立場ってことだ。魔族だろうが悪魔だろうがなんでもいい。いわゆる世界の平和を脅かす敵。考えてもみろっ、例えば、お前がずっと言っているように、オレが魔族で、ここが魔族の棲み処だったとして、だったらまさに、お前は魔族側であるオレらにとっては、殺さなきゃいけない敵、になるだろ? だって現にお前は昨日、無抵抗だったオレらのことを問答無用で殺そうとしてきた。そんな危ないヤツをタダで生かしておくわけねぇよなぁ普通に考えて。お前だって、今まで聖騎士とやらとして、魔族とやらを何体も殺してきたんだろ? 言ってしまえばオレがさっきから言っていることは、聖騎士であるお前が今まで魔族を殺さなきゃいけなかった理由となんら変わらないことだ。つまり、ここでは《聖騎士》ならぬ《ニート》のオレが、オレたちの平和を脅かす危険な存在であるお前のことを、殺さなきゃいけない使命がある、的な構図? (いや……、ニートにそんな使命なんてねぇんだけどさ……。) ――ごほんっ! まぁでもって、ところがどっこい、この契約書にお前が判を押すと言うのなら、その限りではなくなる、的な?」


 オレはポテトを一本摘まみ取り、その先端でテーブルの上の契約書を指し示す。


「ま、そういうわけで、()()()()()()、こちらに判をお願いします?」


 女騎士はオレの見つめる先で、契約書へと視線を落とした。数秒後、女騎士は、ふっと顔を上げると、オレの顔を見つめ返してきた。その顔は、今すぐ何かを言い返したいようでもあるし、また、何を言えばいいのかを迷っているようでもある。


 ――ったく……。いきなり深刻そうな顔しやがって……。


 見たかねぇんだよな、そういうの。


 スーパーの買い物帰りにたまたま出会って、すぐさま始まったデッドヒートの追いかけっこ。河川敷でのアホみたいな名乗り合いからの決闘に、ファンタジーにもほどがありすぎるだろってくらいの戦闘シーン。終いには床ドン顎クイくっころの異色すぎる三点セット。あまりにも現実離れしすぎた、いっそコミカルなほどの時間を過ごしてきたせいか、ここにきてのこの重苦しい空気感が、オレの胃をキリキリと痛ませる。――人生なんてずっとコメディでいい。シリアスなんてのは、フィクションの中だけで十分だ……。


 ただでさえコミュ障極まりないニートのオレが、なんでこんな面倒なことを……。


 オレは胃の痛みを誤魔化すようにコーラを喉へと流し込む。空になったコップを持って席を立ち、ドリンクバーコーナーでカルピスソーダを注いで席へと戻ってくると、女騎士は相も変わらぬ深刻そうな顔で、オレのことを睨んでくる。


「判を押す気になったか?」


 問いかけてみると、ようやくその唇が開かれた。


「アナタの言い分は、理解はしたわ……。それはそうよねっ、わたしはアナタ達にとって敵で、そして敵であるわたしを生かしておく条件は、この契約書による、なにかしらの拘束力を持った契約、……そういうことなのね?」


 女騎士は唇を引き結んで力なく俯いた。何かを噛み締めたようにも見えたそんな後、再び顔を上げて、オレの目を正面から見つめてくる。


「……たしかに私は、あなたのことを見くびっていたわっ……。あくまでも、今の私の状態では、あなたに勝つことができないのは、認めるしかないのかもしれない……。――でもッ! ここがどこだかッ、もしも本当にあなた達が魔族じゃないとしてどんな存在なのかも私は知らないけれどッ、私はッ、神に精選された聖騎士なのッ! たとえこの契約書に何らかの拘束力があって、私の力や行動を制限することができたとしてもッ、グランディアの王国軍やッ、七聖騎士団の仲間たちがッ、必ず私のことを探しに来るッ……! そうなったら、どちらにせよアナタ達はっ……」


「――断言しておくが、そのお仲間達とやらは助けには来ないぜ?」


「――どッ……⁉ どうしてそんなふうに言い切れるのよッ‼」


 オレが水を差すように告げた言葉に、女騎士は声を荒らげて席から立ち上がった。


「まぁ落ち着けって……」


 オレは周囲の客からの痴話喧嘩でも見るような視線を気にしながら、女騎士を諫める。


 ――何より面倒なのは、ここからの説明かもしれない……。


 オレはボックス席のソファーにずっしりと寄り掛かかる。そしてこちらを見下ろして睨んでくる女騎士の視線を、できるだけ怠そうに見つめ返して、答える。


「……そうだなぁ。それを話そうと思ったらメチャクチャ長くなる。なにせそれを説明するには、そもそもお前がどこからここへとやってきて、そしてどうしてここにいるのかって話を、しなけりゃいけなくなるからなぁ……。それに話してみたところで、お前はオレの言っていることを信じることはないだろうしな……。だが、まぁ、話しもしないで納得しろって言うのも、無理があるってもんだよな……」


 オレはカルピスソーダで唇を濡らす。


 そして、面倒くさいながらも、語り始める――








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