だってお前が勇者なんだろ?①
もし。もしの話だ。
夢を見ることに責任が伴うとしたら。
その責任は、いったいだれが取るべきなのだろうか?
※
おれは砂漠の果てに立っていた。
同道する人間はディーと、ハリネズミ。このふたりだった。
コウエン団長ほか、おれたちを見送ってくれたひとたちは、東の隊商都市のあたりまででお別れになった。
『決して容易な道ではないが。そこに王国の真実があるというのなら』
その道すがら、おれたちはいままで得た調査結果と推理を団長に伝えている。
これまで出てきた怪物の存在が、王国周辺地域の神話や伝説にあったかもしれない存在であること。
怪物が女性の声を使って話しかけてきたこと。
そしておそらくその存在を操ることのできるのは、神使様のようなふしぎの力を持っている存在であること。
逆に、神使様以外の存在が、この国に明確な意志を持って超常の力を使用する理由も背景も見つけられなかったこと。
もちろん、由緒正しい出自を持つアルデンハイム家も、ディーが所属するベッソン家もおのおのの家が有する家系図や家の歴史を持っている。かれらの持っている知識は決して王国を潔白だとは示しはしない。
しかしだからといって、怪物を召喚するようなふしぎの力はありえなかった。例えば高地人のように過去の軋轢のある民族があったとしても、それは不可能だということがわかってしまっている。
となれば、なぜこの王国だけが神使のようなふしぎの力に頼って治世を続けなければならないか。
その由来とその真実を探らなければ、どうにも結論が出ないことは明らかだった。
『言いたいことは分かる』
コウエン団長はこう言っていた。
『われわれは王族と、神使様を同様に大切に守り抜くことを使命として剣を執っている。そうしなければならないのは、かれらがこの王国においてもっとも重要な存在だからだ。しかし、国王陛下はともかく神使様も同様に大切にしなければならないことについては、ひとえに神使様ご自身の夢見の権能にあるのだろう』
その権能の由来については、それこそ『勇者伝説』と同じくらい神話や伝説に事欠かない。
ただ、どの内容でも変わらないのは、その力は王女に発現することと、王族の血筋にしか発現しないということだった。
この事実の背景を知るために、おれはあえて危険を冒してアリスティア本人にこのことを告げたのだった。
だが、アリスティア本人にも理解の及ばぬことらしく、あまり不甲斐ない結果に終わったのもまた事実だった。
『とはいえ、知れることは全部調べてみるべきだ。そして例の熾天使が「東で待っている」といったのも引っかかるしな』
そう。そもそもこの事態は王国を蹂躙する四体の怪物に始まった。
そのうち三体はおれの手によって斃された。もちろんひとりでやったなんて自惚れるつもりはない。でも、その退治の決定的な瞬間におれが立ち会ったのも事実だった。
事実を少しずつ整理していくと、かつてディーがおれを疑ったみたいに、すべての事実がおれにとって都合の良いお話みたいに見えてくる。それはおれ自身でも眉をひそめたくなるくらいに、だった。
だが、おれがしていたのはただ、「勇者になる」という夢物語を夢見たこと、それだけなのだ。
だから、もし。
もしの話になる。
だが、もしの話として。
夢を見ることに責任が伴うとしたら。
その責任は、いったいだれが取るべきなのだろうか?
夢を見て、そのために行動を起こすと言ってもたかが知れている。
それでも夢のために動いた現実だ。
人ひとりが動いたことで発生する事件が、やがて大勢の人たちを巻き込んだら。
みんなが信じて、おれについてきてしまったら──
おれは、でも、その事実のはてに突っ立って、砂漠の砂を踏みしめている。
旅路は正直長かった。
道標もなく、方位磁針もあまり役に立たない。砂漠を横断する隊商たちの注意をちゃんと聞いていても回避できないことが多々あり、何度もトラブルに見舞われた。
それでも長い旅路もいまようやく終わりを迎えようとしていた。
「あれか」
言ったのは、ハリネズミだった。
おれたちは黙ったまま、それを見た。
砂に埋れた神殿の廃墟──かつてミシハセ族の帝国があったときの大神殿であり、王国はその歴史のなかで見捨ててきた古い宗教の神殿。であると同時に、『勇者伝説』では勇者が王家の祖先の遺児を見つけた場所だと知られている。
この場所を知るまでもたくさんの調べ物が必要だった。特にディーの血の滲むような努力がそこにあった。あいつはあいつなりに、おれが怪物と戦っているあいだずっとこの静かで、地味で、孤独な戦いを続けていた。
その努力が、ようやく報われる。
答えが得られるはずだった。
だが、そのことに対するなんの気持ちも湧かなかった。あるのはただ、張り詰めたような緊張感と、「本当にこれでよかったのか」と思うような煮えきらない疑問だけだった。
「おいおい、ふたりとも、そんな神妙な顔するなよ……」
ハリネズミの必死なフォローに、おれとディーは軽く受けたいところだった。
でも、少なくともおれには無理だった。
ディーもうまくいかなかったらしい。
だから、かえって気まずくなった。
「行こう」とおれはあえて言った。
それでようやく、おれたちは神殿に入った。
神殿のなかも大変だった。罠があったり、仕掛けが複雑だったりした。だが、そんなことをいちいち振り返っているようじゃあこの先はキリがなかった。だから、さっさとこの探索の果てに何があったのかだけをかいつまんで語ろうと思っている。
おれたちは、神殿のもっとも深いところで、ふしぎな材質でつくられた石碑を見つけたのだった。
鉄よりも固く、錆びない。
でも鈍く光っている。
そんな石碑を。
おれたちは全員揃ってこれを読む能力がない。だが、それを見て、なんとなく王国でつかっている文字に似ていることを理解した。
そのときだった。
《ついにたどりつきましたね》
背後に、それはいた。
とっさに飛びのいて、剣を構える。イツキに打ち直してもらった、〝封印の刃〟だ。それは怪物の存在を見つけるや青白く輝き、おれたちに何度も危険を告げてくれた。
それがいま、煌々と輝いて、眼の前の敵を認知していた。
仮面を被った黒い熾天使。
最初にそれを見たものが、そういったことからその怪物はその呼び名が定着した。
カラスの翼を連想するような黒い翼を三対六枚で持ち、その内の二枚で頭を、二枚で足を隠し、残りの二枚を休ませている。だから顔がなんなのかはわからないが、そもそも鉄仮面のようなもので覆われている。
だが体格はおれたちよりも少しでかいというだけで、これまで出くわしたどの怪物よりも等身大に近かった。
《勇者アウル》
「なんだ」
《あなたにはあの石碑が示す真実がなんなのか、わかりますか》
おれは首を振った。
《なら、教えて差し上げましょう》
熾天使は、ゆっくりと、鷹揚におれたちの間を歩いていった。
まるで友達の間を通り抜けるように、それはあっけなく、緊張感なく行われた。
思い出してほしい。
おれは、おれたちは剣を抜いている。
それをまったく意に介さずに、それはやってきたのだった。
《まずは皆さんに御礼を申し上げなければなりません》
「……?」
《簡潔に言うと、わたしは魔王です》
「?!」
おれたちはまったく予想だにしない言葉によって身がこわばるのを感じた。
《その様子だと、何を言われたのかまるでわからない、といったようですね》
熾天使──もとい、魔王は石碑の裏に隠れ、おもしろそうにこちらを覗き見ている。
《「魔王」というのはですね。かつてこの世界を支配した存在です。魔法使いの王のことですよ。わたしは長いあいだ、封印されていたんです》
そもそも、と魔王は含み嗤いを忍ばせて、続けた。
《あなたがたはどこまで、何を知っているのでしょう。王国の興る前のくだらない人間同士の争いの歴史? 悪を押し付けられたミシハセ族の歴史? 差別されてきた高地人の歴史? それとも『勇者伝説』が断片的に伝え残した、偽りの真実の物語でしょうか?》
おれたちは唖然としたまま言葉の先を聞くしかなかった。
《どれも断片的で、どれもうまく潤色された過去ですよ》
魔王は断言した。
《事実はとても簡単です。王国は王国が興る以前かられっきとした王国なのです。このわたしが治めていた王国なのですよ。ミシハセ族が支配した帝国はなく、ただわたしがミシハセ族を支配し、ミシハセ族が叛乱を起こしたのを人間たちが滅ぼしただけにすぎません。ところが、わたしのやり方に文句のあった人間の裏切り者が、わたしの魔力を封印し、わたしが実在した記憶すらも抹殺しました……》
おれたちは聞きながら確信した。
このままこいつの話を聞いているのはまずい、と。
とっさにハリネズミが構えた弓を引いて、放った。短弓から放たれた矢は、これまでも多くの小動物を、凶暴化した砂漠の蟲・けものを射殺してきた。
だが、その矢は、まるで最初から空を切るように熾天使のからだを通り過ぎた。
《おや、質問ですか?》
「……ッ!」
続けざまに、ディーが剣をふるった。
だが結果は同じだった。
《無駄ですよ。わたしを傷つけられるのはアウル、あなただけです》
「……?!」
《あなたのもっているその忌々しい剣ですよ。それは、それだけはわたしが復活する前に歴史から消し去りたかった。でも、いまわたしを斬りつけた若者が、僻村に残ったくだらぬ歴史を残してしまったわけです。じつに残念ですが……》
「アウル! ぼさっと立ってるな! はやくその剣でこいつを斃せ!」
おれは我に返って剣を握った。
だが熾天使は笑った。
顔を覆っている翼を払い、仮面に手を取ったのだ。
《なぜこんなことをべらべらとしゃべるのか? 言わずにおけば済むものを。そう思ってらっしゃるなら、心配は御無用です。むしろ忠告しているのです。なぜならわたしは──》
仮面を外した。
おれは剣を握る手を鈍らせた。
《わたしこそがアリスティアだからです。この声に、聞き覚えがあるのでしょう? アル=ウルストン?》
その通りだった。そこにいるのは紛れもなく、薄布越しに語り明かした神使の声とかたちそのものだったのだ。




