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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第三章:だってわたしの勇者様(後編)
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だってわたしの勇者様⑤

 また()()()を視ている。


 どこかの山の頂き──窪地になったその場所を、わたしは鳥のように見下ろしている。

 いるのは翼獅子と、アウル。

 ほかに何人か男たちもいる。

 少年もいる。


 そして女の子も、いた。


 その身体を抱きかかえて、血に塗れて──かれは、アル=ウルストンはうずくまっていた。その顔はやがて上がって、空を見た。


 つまり、わたしを。


「どうしてだ……どうして!」


 怪物が突き立てた牙を抜く。その血しぶきが、彼の号泣の雄叫びに見えた。

 翼獅子がそれに追い打ちを掛けるみたいに襲いかかっていた。アウルも仲間たちも迎え撃っていたけれども、あまりに無益な戦いに見えた。


 ──もう、もうやめて。


 わたしは夢の中で叫んでいた。


 ──もうやめて!


 それで眼が覚めてしまった。

 ひさびさにハッキリ見た夢。それがまた、あの子の悲劇を伝えるものだなんて。


 わたしは夢を思い出しては、ゆっくりとその意味を理解しようと努めた。

 あの夢がもし真実を告げているとするならば、またアウルの身に悲しい事件が起きたことを意味している。とても悲しそうな顔──痛ましくて、苦しくて、泣き叫んでいた──その顔が見つめる先にいたあの青灰色の髪の女の子。王都の騎士団に所属しているあの子の名前は、たしかラナと言ったか。


 彼女を失った衝撃はさぞかし大きいだろう。アウルの意志を挫くかもしれない。

 でも、それではいけないのだ。かれは自分が望んだ通りに勇者になるのだから。


 その予言が、いまのわたしにはあるのだから。


 わたしはすぐに神官長ナサニエルを呼びつけた。


「アウルを呼んでほしいの。でも、いまのかれはとても傷ついている。時間と様子を見計らって、うまくやってね」

「……はい」


 神官長の様子がおかしかったが、個人的にはどうでもよかった。

 ただ、アウルの無事の確認と、アウルに言伝ができるならあとはどうなってもよかった。わたしにはただそれだけが必要だった。


 でも、アウルが来るまでには三日ほど時間が掛かった。

 ラナの葬礼と、クダンの街から王都への移動のふたつが原因だったみたいだ。


 ようやく王都にアウルがたどり着くかというその頃、また神官長ナサニエルがやってきて「よくないことが起こりました」と報告を上げてきた。


「よくないこと、とは」

「どうも陛下がアル=ウルストンとほかの者たちを叙勲するというのです」


 わたしは思わず自室から飛び出すところだった。


「なんですって?」

「いちおう、制止は掛けたのですが。『かれは国を救った英雄そのものではないか』と譲らず」

「困りましたね。わたしのほうからの言伝でもいけませんか」


 結果、だめだった。

 わたしは伝聞で知るよりほかになかったが、王都では盛大な祝賀会が執り行われ、アウルは騎士に叙勲されたのだという。


「これまでの武勲をたたえて」


 そう言われた時のアウルの顔は、わたしが悲しみを想像すらできそうだった。


 だが、アウルははからずも平民出の騎士として名実ともに勇者伝説の人物となった。


 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

 いまのわたしにはわからなかった。


 やがて叙勲式が終わって、かれが自分の意志でやってきた。

 ナサニエルが言伝するまでもなかったようだった。


 わたしはかれとまた向かい合った。

 薄布越しの面会も、これで五回目だ。

 一回目が村を出たあと。

 二回目が最初の怪物退治のとき。

 三回目が北方の高地人(ハイランダー)への遣いを立てる時。


 そして四回目は、巨人退治が完了したときだった。


「アリスティア様、騎士アル=ウルストン、ただいま参りました」


 そう名乗るかれの口上はどこかよそよそしかった。

 そう言われても仕方のないほどの距離が、目と鼻の先には広がろうとしていた。


 でも、わたしにはそれが何よりも悲しくて、辛かった。


「アウル……」

「もう、おれはこの国の騎士です。であるからには、あなたに忠誠を誓う、ひとりの家臣である──そうじゃありませんか?」

「…………」


 建前では、そうだ。

 でもそうじゃない。


 かれはわたしを疑っている。

 なぜかは知らない。

 でも、予想はできる。

 かれに〝封印の刃〟のことを吹き込んだもの。かれに勇者伝説を疑うことを教えたもの。その人物が、この国の、いやこの世界に起きている異変の原因を疑い始めている。


「わたしは……」


 震える声で、なんとか言葉を紡いだ。


「わたしは、できればアウルにはそう言われたくはありませんでした」


 なぜだろう。涙が自然にあふれて出てくる。

 自分でも驚くくらいだから、アウルはより一層驚き、戸惑ってすらいた。


「どうして」

「わかりません。わからないのです……」

「…………」

「わたしはどうすればよいのでしょう」

「……?」

「わたしは、あなたの身に何が起きたのかを伝え聞いております。あなたが何を失ったのかについても、知っております。ですが、それに対して父王が与えたものはむなしすぎました。わたしがその埋め合わせができるとは、決して思えないのです。それが、とてもつらいのです……」


 無意識に言葉が増えていく。

 想いがゆっくり、軋みながらも紡がれていく。


 精いっぱい話すだけ話すと、アウルは呆然としたまま、しばらく黙っていた。むしろにらまれながら過ごす沈黙のほうがよっぽどましだったかもわからない。でも、アウルはこの針を差すような辛い沈黙をわたしに強いた。それからようやく、かれは口を開く。


「気になっていることがあるんだ」


 それが救いのひと言のように聞こえた。わたしは一生懸命答えた。


「何のことでしょうか?」

「怪物のことです。すでに四体のうち三体は斃しました。あと一つ。仮面の熾天使だけです。ですが、その最後の一体はおれに『真実を知りなさい』と告げました。やつらは言葉を使うんです。そしておれや周りの人間に、明らかに何かを伝えようとしている」

「まあ」

「この怪物騒動が起こって、しばらく経ってからずっと思ってました。なぜ怪物が現れたのか? いろんな調べ物の末、それは何かを警告するものだという結論が出ています。ただ、いまは少し違います。誰かが、悪意をもってこの国を呪ったとしか思えない。でも、だれが、どうやって」

「それはわたしにもわかりませんわ」

「ですが、こんな怪物を生み出す技術も、ふしぎも、だれも扱えない。そんな魔法なんてだれも近づけていないんです」


 アウルは少し迷っていたが、ついに意を決してわたしの顔のある場所を見据えた。


「唯一、あなたを除いて」


 そうか、そういうことか──


 謎が解けた。

 疑われていたのはわたしだったのだ。


 そうだとすれば、考えることはたくさんある。でも正直な気持ちといっしょに応えるのが妥当というものだろう。


「それはそうかもしれません。ですが、わたしが怪物を操れるとするなら──こんな無作為にひとびとを苦しませはしないはずです。そもそも、わたくしにも自分の持ってる権能(ちから)がどういうものか、理解できていないのです」

「神使様ご自身が、知らないとでも」

「ええ」


 わたしは、率直に自分の知識を語った。


 かつて──戦乱と獣害の絶えなかったこの世界に、不吉を夢で視る者が現れた。その者は神の思し召しを受け、人間の国を幸福に導くよう誓ったと、歴史書には記されている。

 だがその書物は、原典ではない。いちおう王族の出でひと通りの教養を受けた身だ。その原典はこの世界の東の砂漠の果ての神殿に眠っているという話だが、定かではない。


 そのすべてを、アウルに打ち明けた。


「……同じだ」

「えっ?」

「最後の怪物:熾天使がいる場所と方角が一致する」

「…………」

「もし、もしだ」

「はい」

「あなたが知らない神使の真実がわかったら──」

「わたしは向き合いますよ」

「…………」

「わたしは、この国を、この世界を、わたし自身を取り巻いているすべての真実を知りたいのです」

「そうですか」


 アウルは伏し目がちにしばらく考え込んでいたが、顔を上げた。


「行きます。この世界で起きたすべての悲劇に、終止符を打ちましょう」


 かれの面持ちは、決意に固まっていた。

 それが嬉しくて。悲しくて。


「ならば──」


 わたしは神官に無理を言って、髪を一房、切って護符を作らせた。


「この護符が、わたしの代わりです。どうかご無事で」

「ああ」


 何気なく応えた勇気ある少年のまなざしを受け止めながら、わたしはようやく人を愛することを知ったのだった。

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