だってきみこそが勇者だから④
竜の巣山、というのは西方にある険しい山の一角を指す。
かつてはミシハセ族がたむろしていた地域でもあり、〈妖精の鉱石〉が大量に取れる豊かな鉱脈も埋まっていた。かれら妖魔の王国が世を支配していた頃、そこには大鉱山が築かれており、大量の鉱石が採掘され、彼らの国の武器になったといわれている。
おれは翼獅子から聞いた話をみんなに伝え、作戦会議を開いた。
やることははっきりしている。問題は、その〈竜の巣山〉に集まって何をするのかということだった。
「まさかみんなで仲良く焚き火をするわけじゃあるまい」
ハリネズミは冗談のつもりで言ったのだろうが、だれも笑うものがいなかった。
ディーがおもむろに口を開く。
「あまりむずかしく考えても仕方ないだろう。おれたちの勝利条件は翼獅子を斃すことだ。だから翼獅子が自分で選択したその場所で、おれたちがどう勝てるかを考えるほうが先決じゃないのか」
「それはそうかもしれんが」
ハリネズミは少し言い淀んだ。ディーは先を促した。
「それは、いままできみがやっていたことと矛盾しないかね。かれらが──怪物が全員徒党を組んでいるかどうかはまだわからんが──なぜ人々を襲うのか? その目的は何か? 知っておくことはこの戦いの局面を理解するためには重要ではないのかな」
「…………」
「アウルから昔ばなしは聞いているよ。あいつはきみたちにとっては仇なんだろう? だがおれにとっては〈王の獣〉をパクって作られた得体のしれない化け物なんだ。なぜ──を訊くくらいの理由はあるはずだが」
ディーは渋い顔をした。
「それは、そうだが」
「それに対して、おれからも役立つ情報を差し出すことはできるはずだ。きみはよく調べたつもりだろうが、おれたちだけしか知らない翼獅子の特徴というのもあるからな」
それで、おれたちはいつしかハリネズミの口から〈王の獣〉の伝承を聞かされた。
まず高地人は、王国とは異なる歴史を歩んできた民族だった。獣を追い、騎獣を駆り、狩猟や採集を主に活動してきた。かれらには土地を所有するという考え方が希薄だ。というのも、王国のような灌漑農業をしないからだった。
そういう生活様式のなかで生まれた信仰は、王国の大神殿が持っている神々への信仰とは考え方が異なる。かれらは特に精霊という言葉で信仰を語った。生きとし生けるものはみな強い霊魂を抱いていて、それが死ぬことを通じて外に出る──とか、なんとか。
〈王の獣〉とは、とりわけ高地人にとっては狩るべき獣たちの代表として、かれらの前に現れる崇高な精霊としてそこに現れるという。
「要するに、おれたちが欲を掻いて森や山の均衡を崩すほどに動物を殺してしまうと、そいつが現れるって寸法だ」
「警告する獣ってことか」
「そうだ。翼獅子は自然界の意志を持って、おれたちの行き過ぎを止めるために現れる。ほかの怪物がどうかは知らんが、翼獅子についてはおれたちはそういう存在として理解している」
おれはいまさらのように聞いたその話を、あらためて奇妙に感じた。
自分が遭った怪物との違い、といえばそれまでだが、あの翼獅子はそこまで知的な存在には思えなかったからだ。
おれがそのことを訊くと、ハリネズミは腕組みをした。
「まずその時点でいろいろ〝脚色〟が加わっているってわけだな」
「いや、待てアウル。いったんハリネズミの言っている線で話を進めてみよう」
「どういうことだ?」
「翼獅子はまず『警告する獣』という言葉をそのまま受け止めるんだ。例の怪物は何かを警告するために出現した。その前提を崩さないようにするという意味だ」
なるほど、よくわからん。
「〈王の獣〉はヒトの行き過ぎた誤ちを指摘するために出現する──そうだったな?」
「ああ」
「だとすれば、王国は何か間違ったことをしたんだ。それが何かわからないが、それはきっと王国の歴史の一番深いところと関係しているはずだろう。その答えはすぐにはわからないが、ちゃんと見つけなければならない」
ディーは独り合点で話を進める。
そろそろおれにはついていけない話だったので、早いところ作戦会議に戻ることをおれが提案した。
そしてあらためて何度か話し合ってみたが、結局ありきたりなことしか整理できなかった。空を飛んでも大丈夫なように、弓矢を携えて出る。互いに連携し合って戦う。その程度の知恵しか、おれたちにはなかったのだ。
「そういえば、あの角……」
他になにかいうべきことがないかと考えたとき、ふとあの翼獅子が備えている禍々しい色の角のことを思い出した。
角から稲妻が出ていることは早いうちに話したが、予兆があり次第避ける以外に考えることがなかった。だからそれ以上言及していなかったのだが、急にそれが高地人の伝説に載っているものかどうかが気になった。
「知らんな。そんな話は」
ハリネズミの反応は、かえって興味深かった。
「なにか別の神獣と混ざっているような気がするぞ。たしかに雷の精霊はいる。そいつには角も生えている。でも、それは〈王の獣〉とは関係がない」
とりあえずおれたちができる議論はそこまでだった。
着の身着のまま、集められる食料を集めておれたはクダンの街を出た。街の自警団にはすぐ騎士団の応援を呼ぶよう依頼したが、おれは居ても立ってもいられなかった。はやいところラナの安否を確かめたかったのだ。
道はすぐに街道から外れ、荒涼とした山に続いた。
時期は春に差し掛かっていたから、雪山に脅されることなく林を抜けて、〈竜の巣山〉につながる巨大な洞穴を見つけるのはそれほど難しいことじゃなかった。でも、ディーの洞察力とハリネズミの山歩きの技術がなければ苦しい道になったのは間違いなかった。
五人の旅路だった。
おれと、ディーと、それからハリネズミ。イツキも「〈妖精の鉱石〉が採掘された場所なら見てみたい」とついてきた。そして、ディーが行くならといってついてきたベッソン家の護衛の武者がひとり。
洞窟に入る。
その道中をあまり長く語ることは出来ない。凶暴化した獣やコウモリなんかがいたが、そんなのはこの一年間の戦いで嫌と言うほど出くわしてきた。
剣で戦い、ときには逃げた。おれたちは自分の目的を見失うほどには、もうばかじゃなかった。
洞窟は何度か途切れた。
日の差す場所で休憩し、そこで堅焼きの携帯食を食べながらおれたちは何度も語り合った。
ふしぎな感覚だった。
かつて仲が良かった友人たちが、いまを一緒にすごしている。そのだれもが同じ時期の友人ではなかった。まるで子供時代からこの年齢を生きるまでのあらゆる時間が、思い出のように蘇ってきたかのようだった。
それが一堂に介して、あの悪夢のような翼獅子を退治に行くというのがなおさらふしぎだった。
だが、同時にラナのことが心配で心配で仕方がなかったのもある。
あのラナのことだから、もしかすると翼獅子のもとを脱出したかもわからない。
それくらい自分でできる頭の良さと、行動力がある。だから好きになったわけじゃないが、それでもまさか自分がラナを助けに行くのにこんなにヤキモキすることになるとは思っても見なかった。
やがて、おれたちは洞窟を抜けた。
あたりは荒野だった。洞窟自体も古い坑道といった感じで、掘った跡や凸凹した通りがよく目立った。イツキがよく気づいたおかげで、おれたちは何度崩落した道から生還したかもわからない。
だが、それも終わりだった。狭い山道をゆっくり上がったその先が〈竜の巣山〉だ。
おれたちがそこにたどりつくまでに、たっぷり三日は掛かっている。
「……」
「焦るな。偵察し、それからだ」
ディーは冷静だった。羨ましいくらいに。
偵察はハリネズミがやった。
「周囲に気配なし。いったん山頂まで上がろう」
そう言って、おれたちは山頂に登った。道なき道を、崖に沿って登った。
その果てに、おれたちは巨大なくぼみのような開けた土地に出たのだった。
真ん中に何かある。
よく眼を凝らすと、そこにはラナがいた。
「ラナ!」
叫ぶ。その声に反応したのか、彼女はこちらを見た。生きている。その感動も束の間、彼女の口がゆっくりと言葉を紡いだ。
「逃 げ て」
その意味を理解しようとしたとき、おれたちの頭上から影が差し込んだ。
「おい! 翼獅子だ!」
ハリネズミの叫びで、おれたちは我に返った。




