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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第二章:だってきみこそが勇者だから
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だってきみこそが勇者だから③

 金槌でガンガン打ち鳴らされたその(かね)は、たちまちにして「翼獅子」を意味する叫び声に取って代わった。


 おれはディーを見た。

 ディーもおれを見た。

 うなずいた。

 部屋を出る。

 走る。走る。走る──


 得物はすでに携えていた。おれはしょせんはまだ志願兵の身。とはいえ、剣を持って戦うことを遠回しに認められた人間だった。

 だから、怪物が出てもすぐ戦える。おれはふたたびディーを見た。かれもまた、剣と弓を携えている。


 戦いは始まっていた。


 街の衛士が指差し、矢が上空を狙って飛ぶさなかを、そいつは見下ろしている。

 初めて見たときよりも角の色が禍々しく、鈍く光っている。翼獅子は矢などまったく意に介さずにふわふわと旋回しているように見えた。


「いったいやつは何を探しているんだ」


 ディーがぼやいた。


「さがす?」

「あれは何かを探しているように見えないか。少なくとも、むかし村を襲ったとき、やつはもっと容赦なくやっていたさ」


 その観察眼には恐れ入った。

 たしかにその通りで、翼獅子にはこれまで怪物と戦ったときに感じた無闇な殺意・悪意のようなものは感じられなかった。むしろ、冷静にあたりを俯瞰して、物見でもしているような感じだった。


「それで、探している、か」

「心当たりは?」

「まったくない」

「そうか」


 結局おれたちは、やつを注視したまま、息を潜めていた。

 憎しみがないわけじゃない。

 もしやつが隙を見せたらおれはためらいなく剣を握って叩き斬ってやろうと思っているくらいだった。


 だが。


 いまのおれは単に憎しみ、とだけ言い切れない複雑な気持ちだった。村を滅ぼしたあいつが憎い。イシュテルを殺したあいつが憎い。でもやつらがなんでそんなことをするのかについては、まだわからないことだらけだった。それを知らないまま、感情のままにやっつけて、それで本当に〝終わり〟なのか?

 おれは怒りに身体が震えた。と同時に、恐ろしさにも身が震えた。そのうちいま身体が震えているのがどっちのせいなのか、わからなくなっていた。ただ身が震えていたのだ。


 翼獅子は都市の上空をしばらく回っていたが、何かを見つけたのか、急降下した。

 そのときおれは初めて向かった先が昔世話になったトン吉の万屋の場所だとわかった。


「ラナ……!」


 おれは思わず駆け出していた。


 パニックになった人々を精いっぱいかき分け、かき分け、それでもごった返す通りを、全力で、泳ぐように過ぎ去った。

 おれはいつしか叫んでいた。背後でディーがおれを止めようとしていた気がするが、それどころじゃなかった。あのとき待ち合わせようと言ったのは自分だ。その約束を反故(ほご)にして、寄り道をしたせいで、こんなことになるなんて──


「ラナ、ラナッ!」


 おれはようやく逃げる人々を抜け出して、万屋の場所に向かった。

 土煙が舞い上がった。砂塵がおれの視界を奪おうとする。とっさに眼をかばった、腕の隙間からなんとかして眼の前で起きていることを確認しようと試みた。


 そこでは。


「──ッ!」


 ラナが、翼獅子に咥えられていた。


 生きているのか、死んでいるのか……

 それすらもわからない。

 だがすでにいろんなことが遅かったのだ。


「う、うわああああああ!!!!」


 剣を抜いて、おれは翼獅子に突進した。


 頭は真っ白だった。とにかく彼女を助けたかったし、はやくこの状況をどうにかしたかった。身体の震えもどうかしていたし、はやく自分のなかで落ち着かなかったいろんなことを吐き出したかった。

 だから、だれの言うことも聞かなかったし、ひとりでどうにかしようとしていた。


 おれとの間合いが狭くなると、翼獅子は残酷な笑みを浮かべた。獣に笑みなんてあるのかと思ったくらいだったが、そうとしか言いようのない動きだった。

 それから翼獅子は飛び退ると、ラナの胴体を咥えたまま、ふわりと飛び立った。まるでおもしろいものを見た、と言いたげにおれを見下して、金色の片目を歪ませる。


〝あなたたちが探しているものは、〈竜の巣山〉にある。このコを返してほしければそこまでいらっしゃい〟


 まるで直接語りかけるかのような、そんな幻の声を聴いたかと思うと、翼獅子はクダンの街の外側へとすーっと飛んでいった。


 おれはそれをなすすべなく見た。

 見ているだけだった。

 見送ることしかできなかった。


 膝を突く。震える手を拳に締めて、地面に叩きつけた。何度も何度も、叩きつけた。


「よせ」とディー。


 おれは繰り返し、地面を殴っていた。


「よせっ!」背後から羽交い締めにされる。


 おれはまだ暴れたりなかった。自分が許せなかった。なにもできなかった。あのときからなにも成長していない、おれは、おれは──


 横から張り手を喰らった。


「しっかりしろ」今度はハリネズミだった。


 おれはそれで少しだけ冷静になった。


 よくよく周囲を見る。そこにはトン吉やおかみさん、イツキがいる。ディーが後ろからおれを抱きかかえている。ハリネズミが険しい表情でおれを見ている。

 もっと遠いところからは、男たちがやってきていた。衛士と、ディーの叔父だった。


 つまり知った顔がほぼ全員いたのだ。


「そこの若いの」とハリネズミは、ディーをあごで示して口を開いた。


「なんだ」

「きみはうちの集落にもいたな。アウルとは顔見知りのようだが」

「まあそんなところだ」

「少し話を聞かせてもらおうか」

「構わない。おれもこの一部始終を聞かせてもらいたいからな」

「いいだろう」


 会話は順調だったが、空気は最悪だった。


 それを察したトン吉が、「まあまあ立ち話もなんだしさ、うち入りなよ。狭いけどさ」と言い添えてくれなかったら、ほんとうに立ち話が始まるかと思うくらいだった。


 そして、おれたちは一堂に介した。


 いっぽうではハリネズミが仕切っているもの。他方では(と言っても大多数がそれだったが)、ディーとその叔父ドーントが率いるベッソン家の家中の人間たちだった。

 ディーはおれに語って聞かせた話をもう一度、ていねいに、時間を掛けて語った。しかしハリネズミにとってそれは半信半疑の内容だった。ある意味当然と言っていいものがある。ハリネズミの部族にとって、ベッソン家は高地人(ハイランダー)の差別の加害者だからで、それがたとえ当事者ではなかったとしても、一度はそれを客人として迎え入れてしまった罪悪感も込みで、空気は最悪に輪を掛けて苦しいものになってしまった。


 だが、その事情を持ち込もうとした瞬間、イツキがぼやいた。


「ミシハセ族よりはましだ」


 ハリネズミは、それでハッとしたようにイツキを見た。


「きみは?」とハリネズミ。

「イツキだ。ミシハセ族の末裔だよ」


 ハリネズミはおれを見た。おれは頷く。そう、かれこそがもともと〈折れた剣〉を見てもらいたかったミシハセ族の末裔なのだ。


 ディーにはその経緯はわからない。そのほんのちょっとした間を見て、おもむろに口を開いた。


「過去のことを水に流せとは言わない。しかしいまおれたちが直面している問題は、少なくともおれたちがおなじくらい大切にしていることだと思う。力を貸してくれないか、頼む──」


 こうべを垂れるディーに、ハリネズミはどうしていいかわからなかった。


「くそっ、おれはだれを信じたらいいんだ」


 おれと同じことを言っている。そう思って、緊張がほぐれた。思わず笑ってしまったが、むしろ場違いで、自分でも自分を抑えられないくらいに不自然な笑みしか出てこなかった。まるで緊張しすぎて、疲れてしまったかのような感じだった。それで、ハリネズミの注意はおれに向いた。


「おまえは少し休め。とりあえず状況を整理するから」


 そう言って、ハリネズミは時系列をさかのぼる──


 おれと別れてから、ふたりは少し道に迷ったが、とりあえず万屋に着いたらしい。

 最初はトン吉から山程の営業トークを喰らったそうだが、おれが後から待ち合わせをしているのだとわかると、軒先に上げてくれたのだった。そこで食べ物をもらったりしながら、トン吉からおれの昔話も訊いていたらしい。半年くらいの付き合いしかなかったが、それでもトン吉は第二の親のようなものだった。最初はボロ雑巾のようだったおれに、仕事を与え、人に感謝されることをさせて、それから──


 そんな他愛もない話を、ラナは面白そうに聞いていたという。

 かつて神使様の命令で、この辺境に派遣され、おれを捕まえるために来たラナが、当の捕まえた本人と想い人になるなんて。トン吉はその一部始終をまったく知らないものだから、たいへん奇妙に思ったらしい。だが、ふしぎとそうした交流が心温まる、楽しい時間だったと言う。


「おまえにもそういう時間があったんだな。そんじょそこらの、ふつうの人と同じ時間がさ」


 おれはそのとき、初めて頬を伝う涙を実感した。


 それからは端折(はしょ)りながら、おれとディーが予想していた通りの経緯が聞かされた。鳴らされた鉦、突如通りに降り立った翼獅子、そして。


「翼獅子はな。だれも傷つけなかったよ。ただおれたちをじーっと見つめて、それからラナに目を付けた。あとはもう、あっという間さ。一瞬何かが光ったかと思うと、ラナが倒れていた。確かめる暇がなかったから、生きているかどうかもわからねえが」

「その様子だとたぶん生きているだろう」


 ディーが言った。


「わかるのか?」

「というより、殺すつもりならもっと簡単に〝そういうこと〟ができる。あえて人を探して、そういう小細工をしたということは殺さずにおきたい理由があるからだ」

「例えば?」

「人質とか」


 ハリネズミはけげんな表情になった。


「どういうことだ?」

「言葉通りの意味だが」

「いや、待ってくれ。おれもだいぶ混乱しているんだが……」少し頭を叩く。「そもそもあの翼獅子、おれたちが集落で紋章に刻んでいる〈王の獣〉にそっくりだ。それもあんたたちベッソン家が調べた事実と一致するのかもわからんが、あれが怪物だっていうのか」

「そうだ。少なくとも、おれとアウルの住んでいた村はあいつによって滅ぼされた」

「…………」


 ハリネズミは天を仰いだ。


「こりゃ、とんでもない事に巻き込まれたかな」

「いまさらだ」とディー。

「ちょっといいかな」


 ここでまた、イツキが口を開いた。


「そもそもアウルとハリネズミは」

「ハリネズミ〝さん〟だ」

「ハリネズミは──」

「……」

「その、〈折れた剣〉ってやつを見せてくれない? そのためにここに来たんでしょ?」


 その通りだった。おれはそれを鞘ごと取ると、イツキに渡した。鞘を抜く。

 折れていても白刃だ。

 それがきらりと光った。

 ディーが眼を瞠る。


「ほう、それが……」

「実物を見るのは初めてか?」

「そうだ。〝封印の刃〟なんて、実物が大神殿に仕舞ってあることしか知らなかったからな」

「ところで、なんだってお兄さんそんなこと知ってンの?」


 イツキはどこまでも礼儀とか遠慮を知らない。だが、ディーは気にしてなかった。


「貴族の家に生まれるとな、歴史書に載ってない余計な話をたくさん聞かされるのさ」

「ふうん」

「少なくともベッソン家は、王国の成立に関わる古参領主の家系だ。王家のことや建国戦争にも多少なりとも記録が残っている。そこから知ったことも多い」

「で、この剣のことも?」

「ああ。『勇者伝説』と実在の歴史はあまり重なるところがなかったが、ふしぎとその剣だけはどちらからも言及されていた」

「…………」


 イツキはそれっきりしばらく黙ってしまっていた。

 鞘を払って見たその刃は、折れていたが、いまもって錆びていない。しかし錆びていないことを除けばごくごく丁寧に研がれ、鍛え抜かれた良い刀剣以上の何ものでもないかのように思えた。おれたちが知りたいのはこの剣になんらかの魔法が潜んでいるのかということと、その魔法が怪物を退治するのに役に立つのかということだけだ。


「どうなんだ?」いちおう、訊いた。

「わかんね。でも、この剣は特殊な素材でできてるッてことはわかった。たぶんそれなりに凄腕じゃないと()ち治すのもたいへんだと思うよ」

「でもおまえにはできるだろ」

「なんでさ」

「おれの知ってる限り、イツキ、おまえは最高の鍛冶師だよ」


 イツキは顔をしかめた。


「そんなこと言っても何も出てこねーって。ま、これとおんなじ素材の塊があるなら、試してみたいけどさ」


 そう言って、〈折れた剣〉の話は一区切りした。あとは、どうやってラナを助けに行くかという話だけだ。

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