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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第二章:だってきみこそが勇者だから
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だってきみこそが勇者だから②

 やはりあのとき──高地人(ハイランダー)の集落でおれに話しかけたのはディーだった。

 確信はあった。まちがいないと思っていた。しかしあの場は(せわ)しなく、結局再会のあいさつすらまともに出来ないまま物別れとなっていた。


 族長ヒグマとの面会後はいなくなっていたのもある。

 最初は言うに言われぬ事情があるのだろうと思っていた。ディーはおれに馴れ馴れしく話しかける隙を一切くれなかったのだ。


 それが、いまになって。


「どういうつもりだ?」


 自分でもびっくりするくらい、刺々しい言葉が口を()いて出た。


「おまえには〝封印の刃〟の話をしたからな。そのうちここに来ると思っていた。『勇者伝説』の筋書きを整理すれば、西に答えがあるのは間違いないからな」

「そのことじゃない。どうしていまになっておれと会う気になったんだ?」

「必要だからさ」

「必要?」

「おまえは翼獅子が憎くないのか」


 ディーの目が、おれを刺した。

 おれは、その眼差しに応える。


「……やつの居場所を知っているのか」

「だいたいは見当がついている」


 ディーはおれの傍らを通り過ぎた。おれはふりかってディーの肩を止める。


「教えろ」

「よかった。おまえはまだ憎しみを失くしたわけじゃなさそうだ」

「……!」

「そうだよ。勇者どの。おれはおまえを試したんだ。新しい幸せの味をまえに、その気持ちが鈍ったんじゃないかってね」

「ディー」


 おれは行き場のない想いを抱えて、それでも言った。


「おまえは変わらなかったっていうのか?」


 その言葉は、ディーの胸に深く突き刺さったようだった。渋面がそれを物語っている。

 おれは言ってから後悔した。

 だが、ディーはすぐに表情を引き締めて、言葉をつないだ。


「おれを信じる気があるか」

「…………」

「信じなくてもいい。長い話だからな」

「いや、信じるよ」

「……正気か」

「真っ当さ。おれはひとりで生きてきたわけじゃない」

「そうか」


 じゃあついてこい、とかれはおれに背中を向けて歩いていった。

 おれはそのあとを追う。

 クダンの街は、王都やアングマールなんかと比べると、たかがしれた街だった。うんと狭いし、路地も数が少ない。しかしその途中でおれの知らない裏道に差し掛かった。一年弱離れていた街だから、知らない場所があっても仕方がないのだが、それにしてもまったく日の差さない、妙な道だった。


 階段をくだり、また上がる。傾斜のついた通りを進んで、やがて五階建ての集合住宅のようなところに入った。一階はどこにでもある惣菜屋で、二階はおかみが住んでいる場所、おれたちが向かったのは四階だった。


 ディーが扉を開ける。


「来たか」と言って立ち上がった男たち。


 おれにはなにがなんだかわからないまま、かれらが群がるのを見た。


「勇者アウルか」

「まだ、〈勇者〉じゃないが」

「まあいい。きみの活躍ぶりは聞いている。さあ座って」


 なずがままに、長椅子に腰掛けた。

 男たちはディーを囲んで、「よくやったな」とか「さすがだ」と肩を叩いていた。しかしディーはうれしそうに見えない。むしろそれすらも嫌悪の対象だといわんばかりの表情で、冷たく見ている。そのうち、男たちも「ケッ」と蔑む目に変わった。


「なんだよあいつ。おれたちを見下しやがって」


 その言葉がやけに耳に残った。


「さて、」とおれは眼の前で座った人物が口を開けたところで前を向いた。「経緯は知らないが、よくぞ()()()()()招待を受け入れてくれたものだ、勇者アウル」

「べつにおれは()()()()()の招待だと知って来たんじゃないさ」

「なるほど。しかしわれらが朋友ディーン=クーントの誘いだ。友達の友達として、知り合うことはできないか」

「あいにく、おれは回りくどい話が得意じゃないんだ。言いたいことははっきり言ってくれ」

「ははは、そうあせるな」


 言いながら、かれらは良い香りのする飲み物を注いで持ってきた。


「東方の茶だ。隊商都市がいくつか怪物の被害に遭っている手前、これは極上のおもてなしと理解していただきたいが」

「悪いがおれは、ほかのひとたちが貧しくて苦しい思いをしているなかで、こういう〝接待〟は受けないようにしている」

「すばらしい心がけだ。しかし──」


 言いながら、髭面のその男は微笑した。


「その強がりがどこまで言えるか」

「用件を」

「では簡潔に言おうか。われわれの仲間になってほしい」

「なんの? だれのための?」

「きみのなんとなく知ってる相手さ。ベッソン家だよ」


 ベッソン家。南の湿地帯を開墾し、地力と農作物の地代を上げている有力貴族の一角。それでいて、怪物退治には消極的で、高地人を奴隷扱いした陣営──


「断る」

「まあまあ」

「おれを味方にできると思って言っているなら、あまりにも考えなしじゃないのか? おれはお前たちの敵と仲良しだ。それを、なにを思ってこちらに引き込めるつもりだったのか……」

「引き込めるさ。きみは友達のためならなんでもする。まさか生まれてこの方一緒だった友達を見捨てるつもりはないだろう?」

「どういうことだ?」

「やれやれ、ようやく話を聞く気になったか」


 髭面の男は、ディーに目を遣った。


「紹介しよう。そこのディーン=クーントくんはね、もとはベッソン家の六男坊なのさ」

「ディー……?」

「事実だ」


 言葉を引き取ったのは当の本人だった。


「そこにいるのは叔父のドーント・ベル=ベッソンだ。おれが生まれ持った名前は、ディーン=クーント・ベッソン。本家の、本来なら存在しない子どもだった」

「だが」と叔父が言葉をつなぐ。「この怪物騒ぎだ。きみが(たお)したという魔女に我がベッソン家も痛い目に遭わされていてね、後継者として育てていたあらゆる御子息が怪物によって殺されてしまった。跡継ぎを全員失くしたうえに当主も意識不明の重体でな、わたしが代わって政務をつかさどることになったわけだ」


 ドーントは立ち上がった。


「正直言って不本意だよ、領地経営なんてわたしの柄じゃない。だから家督はさっさと兄に譲ってやったというのに、こうなってはわたしも家に縛られた身だ。それで、いろいろ系図を整理したところ、端女に産ませた六男がまだ生きてるとわかってね。すぐに探させて、うまいこと話がついたってわけだ」

「…………」

「きみはわたしたちを血も涙もない、なんなら自分のことしか考えていない愚かな貴族連中だと思っているようだが、それは違うよ。いや、一部は合っている。少なくとも兄はそういう人間だった。だから、そう思うのも無理はないが──」

「おまえらはどう違うというんだ?」

「逆に、きみはディーからどれだけ聞いている?」


 そのとき、おれの頭の中で、ディーが調べているという「怪物の正体」の話が、このベッソン家の事実上の〝当主〟につながっていることに気がついた。


「まさか」

「その様子だと、だいぶ知っているね。そうだ。わたしたちの目的も同様、この怪物騒動の真実を知り、それに立ち向かって平和を取り戻すために動いている。だから手を組もうと言っているのだ」


 おれは混乱した。これで混乱しない理由がどこにあるというんだ?


「じゃあなぜアルデンハイムの人間と手が結べないんだ? なんで──高地人(ハイランダー)の集落に向かい途中で、おれを殺そうとしたんだ?」

「殺そうとした?」

「ふざけるな! おまえらはウォーレンという名前の猟師を遣わして、おれを殺そうと──」

「すまんが、それは本当に知らない」


 なんだって?


「……どうも、おもしろいことになっているようだな」


 ディーは興味深そうな面持ちで、おれの顔を見ていた。きっと間抜け面をしていたのだろう。


「猟師ウォーレンの正体が何者かについては、また別途調査してみる甲斐がありそうだ。しかし、まあ、こういうことなんだアウル。おれは──ディーン=クーントは、もうおまえの昔なじみじゃないんだ」

「……ッ、くそっ」


 おれは自分のなかで渦巻いているいろいろな感情を鎮めるのに苦労した。


「おれは、だれを信じたらいいんだ……?」


 その問いに、答えをもっている人間はこの場にはいなかった。

 しばらくの沈黙を待って、またドーントが口を開いた。


「先ほどきみは、なぜベッソン家が王家やアルデンハイム家が率いる騎士団と手が組めないのか? ということを訊いたな。これが答えになるかはわからんが、いま言ったように、われわれは王家を信じないほうがいいと思っているのだよ。もともと兄が不服従の意志が強く、そうした家風になっているのは否めないがね。それ以上に、怪物そのものについての調査・研究を進めているうちに、われわれもまた、王家を疑うかたちになった」


 それからしばらくはドーントの話を聞くしかなかった。


 かれに拠ると、この怪物騒動はあまりにも不可解な点が多すぎるとのことだった。

 そもそも怪物が出ている時点で不可解なのだが、問題はそこではない。だいじなのは、この天災が起こっていることによって「だれが利益を得ているか」というその一点においてである。


「端的にいうと、きみだよ。アウル」

「おれ?」

「この怪物騒動を通じて、もちろんきみの受けた痛みや悲しみは大きく、わたしにそれは察するに余りあるだろう。しかしそうしたことを抜きに語れば、きみほど出世した人はいない。騎士団はむやみに犠牲者を出し、わがベッソン家も跡継ぎを一気に失くした。王家だって民草からの誹りを免れえない。唯一きみが、きみだけが、庶民の身の上から騎士に匹敵するほどの武勲を上げ、英雄になった」

「…………」

「不快な言い方なのは許してほしい。しかし、あらゆる感情的な要素を排除すると、そういうことになる」

「でも、おれは怪物を呼び覚ますような力は持ってないですよ」

「そうだな」


 第一、怪物の由来になった神話も伝説も知らない。知っているのは『勇者伝説』だけだった。

 ドーントが指摘したのは、まさにそのことだった。


「『勇者伝説』──きみと勇者の名前を結びつけるのはそれだけだ。きみは伝説の勇者のように、庶民の身から怪物との戦いに身を投じ、それで戦って勝った。騎士団が苦労して犠牲者を増やすばかりだったその相手に、二回も勝ったわけだ。これは偶然にしてはよく出来すぎている」

「でも、おれ」

「まさかきみの自作自演だとは思わないさ。だったらもう少しましな手を打っている。問題なのは、そうではない。『怪物を呼び覚ますほどの力を持っていて、それが可能なのはだれか』ということだ。わたしたちが知っている限り、人知を超えた力を扱えるのはこの王国において、いや諸外国を含めても唯一ひとりしかいない」

「……神使様」


 おれは、それをうっかり口にしてしまったかのように気まずい気持ちになった。


「でも、だったらあのひとが必死になっておれや騎士団を派遣しようとはしませんよ」

「だが、あの方以外のだれにそれが可能なのだろう? 少なくとも、人食い鬼の王が目覚めたのでない限りは」


 おれは言葉の続きを探した。

 でも、だめだった。

 その瞬間を待っていたかのように、ディーはおれに話しかけた。


「おまえがクダンの街で働いて、それから怪物と戦っているあいだに、王国のいろんな土地を歩いた。それで知ったことは、そんじょそこらの伝説や伝承よりもわかりにくくて、突拍子もない歴史ばかりだった。事実は『勇者伝説』ほど単純じゃない。で、おまえが直面した怪物は『勇者伝説』とはまったくの別物だったんだから、これに関わっているやつらは、少なくともこの『事実』に詳しいってことにはならないか……」


 おれはどうしたらいいか、わからなくなっていた。

 ディーは、その様子を見て、一瞬だけドーント叔父の顔を見た。頷きあう。これ以上の議論はしないと決めたらしかった。


 続けて言った。


「正直なところ、結論は出ていない。だからまだ疑いのさなかにあることを、焦らないでいいと思う。だが、気をつけろ、とだけは言っておく。怪物騒動の真実がどこにあるのか、きちんと見定めないと、この災厄は決して終わらない」

「……」


 それで、集まりは解散になった。

 そのときだった。クダンの街の警鐘が、激しく打ち鳴らされたのは。

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