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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第二章:だってきみこそが勇者だから
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だってきみこそが勇者だから①

 アングマールの決戦ののち、おれはまた神使様に呼ばれてしばらく謁見をした。

 そのあとは西のクダンの街に戻ることに決めたのだった。


 神使様──アリスティアと密かに名乗ってくれたあのひとと、いろんなことを話した。

 なぜ怪物が出現するのかという疑問に始まり、アリスティアが語ったこの国の歴史と神話、勇者の伝説に、この世界ドーリエンの逸話……世界各地の昔語りや説話の数々にはおれもよくわかったり、わからなかったりする話があった。しかし気になったのは、かつてこの世界の支配民族であり、いまとなっては希少民族になったミシハセ族の存在だった。


 ミシハセ族については思うところがある。

 かつて妖精の鉱石を精錬し、魔法の刀剣や優れた建築物を造ったという妖魔の一族。彼らは勇者伝説に名高い魔法の剣を()ったことでもその名が知られている。

 その剣はどうなったかというと、いまは〝折れた剣〟として大神殿の宝物庫で眠っているのだ。


 伝説のあらすじ自体はそんなに難しい話じゃない。


 かつてこの世界の暗黒期と呼ばれた頃、世界は人食い鬼の一族が支配されていた。鬼たちはいまでいうところのミシハセ族に当たるのだと思う。かれらは戦いを好み、国々を滅ぼし、血と生贄を欲する鬼神を崇拝していたのだとか。

 それに抵抗する人間たちがいた。いまの王家の一族の、祖先にあたる人物だ。かれらは男女のふたごだった。当時の弱小領主の子孫で、男には武勇と人望があり、女には美貌と予言の力が備わっていたといわれている。


 予言の力──おれにはその力がなにを、どうやってそうさせているのかはまったくわからない。

 アリスティアはそれは夢見だと言っていたが、歴史は夢以外にもさまざまな手法で予言をしたことを教えてくれている。


 この力は、おれたちが気の遠くなるほど昔から、国を導く強い力としてあったらしい。

 おれも言われてみれば、明日雨が降るとか、冬が寒くなる前に備えておけと言われていればありがたいなと思ったかもしれない。そういうことが〝言える〟やつに、ひとが集まって従うのは当然のように思えた。だから、かれらの家は暗黒期になっても領主としての地位を保ち続けたのだ。


 それで、そのふたごの妹のほうが、「この圧政は必ず打倒されるでしょう。勇敢なるものの登場によって」とある日言った。

 それが勇者が「勇者」たるゆえんだ。

 人食い鬼の一族の恐怖にあらがう勇気、行動する勇気、戦う勇気──その身に背負って、ひとびとを導く旗頭としての人物。それが勇者という存在の意味なのだ。


 予言が「勇者」の誕生を告げたことで、ひとびとは沸き立った。

 そしてその「勇者」は、当時もっとも人望が厚く、勇敢だったふたごの兄自身に期待が賭けられてすらいたのだった。


 ところが、ときを同じくして鬼たちの王が反乱の疑いを察知した。

 王は軍隊を出して、ふたごの兄を捕らえるように命令したのだ。


 先手を打たれた兄は、妹と離ればなれになるが、一族郎党を率いて砂漠に逃れた。その後、鬼たち相手に抗戦するも、結果的に敗れて兄は討ち取られてしまう。

 ひとびとは絶望し、むやみな予言を吐いた妹をなじった。しかし、妹が予言した「勇者」とはまったくの別人だったのだ。


 「勇者」は東ではなく、西に──鬼の王のお膝元にいたのだった。

 その男はただの鉱夫だった。日々力仕事で地下を掘り、鉱石を持ち出しては、地下に溜まる水を必死に運んでいる。そんなごくごくありふれた人間でしかなかった。


 かれはあることから人食い鬼の上役をカッとなって殺してしまい、それが勢いに乗って鉱山ひとつをめぐる反乱になった。

 かれはいつしか反乱の首謀者として祭り上げられ、みんなを率いる存在として立ち上がったのだ。


 そして人食い鬼が精錬した金属を、自分たちのモノにした。

 その過程で出来たのが「魔法の剣」だった。それは、鉄をバターのように斬るほどの斬れ味を誇り、鬼の戦士を次から次へと(たお)したという。


 かれはいったん西から脱出した。そして当時開発が進んでいなかった南の湿地帯をほうほうのていで逃れると、東の砂漠に進んだ。そこには遺跡に隠れ住んでいたふたごの兄の遺児がいたのだ。かれは遺児を救出し、「新しい王国のために」忠誠を誓った。だから、〈勇者〉の存在は王国でも最高位の騎士に与えられる称号になっている。


 その後、かれは自分たちを導く存在として、動乱の影で行方知れずとなったふたごの妹を探し求めた。この間、鬼たちの繰り出した軍勢や怪物との戦いがあるが割愛する。最終的には、ふたごの妹は北の山林に住む妖精族のもとに(かくま)われていたことになっていて、勇者と王の遺児、そして予言をもたらす聖女という役者がそろうのだ。

 あとはもうおわかりだろう。

 大義名分と、人心、そして英雄と予言の力──そのすべてを得たひとびとは、長い戦いの末に鬼の王を(たお)した。その最期は勇者と鬼の王との一騎討ちがあったというが、たぶんこれは物語のために盛られた箇所だ。


 だが、唯一この話をもっともらしくしているのは、勇者が携えた「魔法の剣」が、鬼の王(と、それが崇める鬼神)の身を貫いたとき、剣が折れたということだ。

 剣はその魔力を発揮し、鬼神を永遠の闇に葬ったと言われている。人食い鬼の一族は、魔法使いの一族でもあったから、その長は不老不死という話だった。ほんとうのところは知らない。勇者の功績に箔をつけるための作り話かもしれなかった。だが、折れた剣が残っている。物語は死んでいなかった。


 これは伝説で、いまの歴史書と記述が合わない部分がある。

 だから宮廷の──貴族の間で知られた事実と異なる箇所が結構あるらしい。


「第一肝心の〝勇者〟の名前が伝わっていないんじゃ、どうしようもないじゃないか」


 おれがコウエン団長やラナから聞いた話だと、そういうことだった。

 とはいえ、勇者伝説はそれ自体が国の歴史を語り聞かせるにはうってつけの題材と、おもしろさを持っていた。だから収穫期のお祭りや民謡のなかで、「ここは勇者が通った道」「この泉で勇者が身体を洗った」などと逸話が絶えなかった。おれはそういうことをひとつひとつ憶えていた。おれほど熱中していたやつもなかなかいなかっただろう。


「まったく、おまえは貴族に生まれていれば『勇者史』でも編んでいればよかったのだ」


 ラナにはそう呆れられる始末だった。


 だが、そうした知識がいまさらのように役立つだなんて、だれが思ったことだろう。

 おれはこの伝説の一部始終をもう一回(そら)んじて、いまこの王国に起こっている異変のことを振り返った。筋書きは必ずしも一致しないし、いろいろなことが別物だ。しかし怪物はなにかの《意志》によって呼び醒まされたと考えたほうがよいように思えた。たんに山や野原に潜んでいた猛獣が、人里に降りてきたのとはわけが違うのだ。


 単眼の巨人を斃したあと、いろいろなことを振り返って、コウエン団長とも議論した結果、そういうことになった。

 だとすれば、いままでやられてばかりだったおれたちも、今度は攻勢に出れるかもしれない。そう思ったのだ。


 結果、まず気になったのは、過去知られたあらゆる歴史や伝説のなかで、怪物を操る力、それを呼び醒ます能力は『勇者伝説』における人食い鬼の王だけが持っている権能(ちから)だということだった。


 では仮に、この権能がなんらかのかたちでもう一度世に出てしまったとしたら?


 いろいろ考えることはあるが、一番最初に潰すべき可能性は、人食い鬼族の王が復活したことなのではないか──そう結論した。


 であれば、おれたちはまず〈折れた剣〉の謎を追いかける必要を感じた。

 その剣に秘められた魔力がなんなのか。これを打ち直すための材料など、調べることは多い。


 おれは、アリスティアと話したときに、無理を言ってこの〈折れた剣〉をもらってきた。あとで神官長に何を言われたものかわかってものではないが、おれが事情を話して、最終的には神使決定ということで手にしたのだ。


 だが、あらためて手にしたところで、結局それはただの金属の塊だった。

 試しに残っている刃で試し切りをすると、確かに斬れ味は凄い。数百年前からあるとされている剣にも関わらず、錆びていないこともその特別さを際立たせた。だがそれだけといえばそれだけで、なにか怪物を必殺する魔力のようなものはわからなかった。


 刀剣のことは、結局おれひとりではどうにもならない。ラナやコウエン団長に訊いても、結局使えるかどうかしか議論しようがない。

 そこで思い出したのがイツキの存在だ。あいつに訊けばなにかわかるかもしれない。おまけに、おれはクダンの街から連行されて、ずっとこのかたおやっさんやイツキに安否の連絡をしてなかったことに気づいた。


 そういうことで、おれたちはクダンの街に移動し、いまようやくたどりつこうとしている。


「あーあ、長い道のりだったぜ」


 と、なぜかおれに同行するハリネズミがぼやいた。


「べつに来なくてよかったんだぞ」

「いいや、せっかく高地人(ハイランダー)と王国のよしみを結んでくれた恩人だ。目が離れているうちになにしでかすか、わかったもんじゃない。うっかり死んでも困るしな」

「おれはガキかよ」

「ま、そのあたりは同意だな」


 ラナが割り込む。

 おれはちょっとなさけない気持ちになった。


「ラナ……」

「勘違いしてくれるな。わたしはアウルのことが心配なのではなく、王国の任務のために来ているのだからな」


 背後でハリネズミが噴き出した。

 おれはラナが赤面しているのをすっかり目の当たりにしてしまった。


「な、なんだ」

「いいや、いいよ。仲良きことは美しきかな」

「おのれ……」


 おれはなんとも言えない気持ちで、クダンの街の市壁を見た。

 あのとき──初めてひとりであの街にたどりついたとき、おれは正真正銘独りぼっちだった。でも、いまは仲間がいる。付き合ってくれるひとがいて、心配してくれるひとがいる。その違いが、次第に春めいた風に乗っておれの鼻をむずがゆくさせた。


 ぶえっくしょい!


 堪えきれずくしゃみをひとつする。


「ん。だれかおれのうわさでもしてんのかな」

「まさか」とハリネズミ。

「いや、アウルのことはそれなりに有名になってしまっているからな。もしかすると……」


 ラナのぼやきが終わるか終わらないかのそのとき、市壁の向こうから、突如として人がなだれ込んでくるのが見えた。

 よく見ると、「勇者アウルだ!」「サインください!」などと口走っている。


「やべえ、逃げるぞ」

「どこに」

「とにかくどこか! あとで市壁の中の万屋に集合ね!」


 そういって騎獣を返しておれたちはすっかり走り回ったのだった。

 それから長いことおれは逃げ回ったが、結局五〇人くらいの相手をさせられて、ようやく市壁の中に入る。


 憶えている町並みと憶えていない町並みがあった。

 すでにこの街を離れてから一年近くが経っている。復興も進んだのだろうし、怪物も二体斃したおかげか活気も戻っていた。おれがいたときは毎日がお葬式で、食べ物を奪い合ったり、だれかがだれかをいじめていたりと陰惨だった記憶がある。そのときと比べれば、ほんとうに良くなったと思える。


「よかったな。ほんとに。よかったなあ」


 おれは心の底からそう思った。

 だから、うっかり魔が差して、遠回りしてから集合場所に行こうと、そう決めた。


 だからなのだ。

 その道を進んだとたん、呼び止められたのは。


 アウル、と呼び捨てで名を呼ばれた。


「悪いけどサインとかはしないよ──」


 そう、言いかけた。

 そこに水を掛けるように、言葉が続く。


「いつのまにか英雄気取りか。すっかり出世したものだな、〝勇者〟どの」


 おれはその声に、相手の顔をまじまじと見た。ボロの外套に身をまとって、頭巾を深く被っていたが、見間違えようがない。


「ディー……」

「久しぶりだな、アウル。いや、高地人(ハイランダー)の集落以来、といえばいいのか」


 そう、そいつは間違いなく、ディーン=クーントそのひとだったのだ。

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