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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
間章:だってわたしの勇者様(中編)
18/31

だってわたしの勇者様③

 勇敢なる庶民:アル=ウルストンが騎士団と協力し、八本腕の巨人を征伐したあと。

 わたしはまつりごとで忙しい日々を送っていた。


 とはいっても、わたしはこの大神殿の外に出ることはない。


 神官を遣わし、御用聞きのように宮廷から政情を調査したり、庶民の状況を確認したりと知るべきことを知ろうと努めた。


 暗黒期を過ぎて、それなりの領土を一族で治めているこの王国では、中央以外に、東西南北で四つの辺境を有する。

 東は砂漠に近く、北は雪山と高地人たちの集落が近い。南は湿地帯で、西は山岳と海が目立つ。そういう特色がある。


 アウルが、騎士団が、ともに頑張ったおかげで北と南がいま、怪物の脅威から解放された。

 その復興周りについても、夢のお告げだとか、吉兆だとか、そういう〝方便〟を駆使してなんとか国庫を開放している。

 しかし、宮廷からの反発もなくはない。

 そもそも一連の災厄で貴族はひたすら損ばかりしているからだった。


「今年の収穫だってままならぬというのに、備蓄を開放せよだのとは」


 そう(うそぶ)く貴族もいるとのことだった。

 まったくそのとおりだ。

 だれが好きこのんで指示をしていると思っているのだろうか。


 わたしは父のことを思った。国を治める立場にいながら、判断力に乏しく、諸侯の顔色をうかがうようにしか政務ができない情けない王のことを。

 しかしそれは歴史的に見ても仕方のないことだった。


 この大神殿に籠もり続けて──もっとも望んでそうしているわけでない──かなりの間、わたしは神がかりと託宣の時間以外をあらゆる政務と諸学の研究に当てていた。神使というこの国の中枢を担う立場上、わたしが願えば神官はおろか王ですらこれを拒むことは出来ない。それでわかったのは、王国における「神使」という特殊な存在──その存在の重さだった。

 夢占(ゆめうら)によって危機を予言する姫巫女については、何度も神話で語り継がれている。その伝承に基づいて、王国はみずからの統治に予言の力を埋め込んだ。姫巫女と婚姻し、その血筋に取り入れたのだ。結果、一族の中から代々予言の権能(ちから)を持った女児が生まれ、力の存在がわかり次第、大神殿にて育てられるにいたったのだ。


 それもいつしか形骸化したらしい。そのため神使という存在は祭祀をつかさどると同時に、単に「王」という世俗権力の立場ではどうにもならないことを押し通すための〝方便〟として機能するようになったという。

 宗教については、諸侯といえど多くのことは文句が言えない。実際過去何度か不信心なものが大神殿に細工を仕掛けて、天罰としか言いようのない不可解な返り討ちに遭っている。それをいいことに、神使は王族にとっての切り札として、つねにあるのだ。


 代わりと言ってはなんだが、王族は決して神使の機嫌を損ねないという暗黙のしきたりが生まれた。王族は諸侯から税を取る。その税は主に地代と人頭税に分けられるが、納め方はさまざまだ。

 物納の場合は穀物と布、そしてその土地の特産品のうち極上のものを取ることになっている。なぜこのような物があるかと言えば、わたしの口に入れるものをつくるためだった。


 皮肉なことに、わたしは食に困ったことがない。


 おそらく民草の最後のひとりが飢えで死んだとしても、王族はわたしに焼きたてのパンと、極上の素材を用いた品を食べさせるだろう。

 わたしはただみなに生かされている。代わりに予言の力を当てにされ、夢で見たことは都度報告し、儀式には絶対に参加しなければならない。億劫だと思うこともたびたびだが、この事情を知れば知るほど、自分勝手は許されないという気がした。だから政務だけはきちんとしなければ、という思いがあったのだ。


 でも──


「夢がない?」


 神官長ナサニエルがそう言う。わたしはうなだれるように「はい」としか言えない。


「神使ともあろうお方が、夢を見ることがない、いうのは……」

「ええ。ですからわたしも困っているのです。この国の先行きがまったく読めない。ただ暗闇のなかをさまようようにしか、現れてはくれないのです」

「困りましたな」


 ナサニエルはもぞもぞと衣擦れの音を出す。


 神使は人を直視できないことになっている。だから、必ず人前に出るときは紋章を刺繍した垂れ布をかぶるか、薄布一枚隔ててのみの対話となる。でも、わたしは声で、心で、その人のことを知っていた。わかってもいた。

 ナサニエルの内面は不安と、怒りと、困惑が入り乱れている。こんなことはいまだかつてなかった、と心のどこかで言っている。それはそうだ。そもそも、王国の危機そのものが、具体的な──例えば、異民族、()つ国の侵攻、飢饉(ききん)といったもの以外のかたちで現れること自体おかしなことなのだ。神話や伝説で起きたことを繰り返している。

 そんなことが、いったいどの口を通して言えたことなのかと。


 わたしは慎重に言葉を選んだ。


「夢が見えないときというものは、あるものです。一週間か二週間、それも体調が良くない時が多かった。でも今回はそれが二ヶ月も掛かってしまっている。もう冬も明けようとしてますし、どうなるものかと不安で」

「わかりましたが、どうにもできません。それで神使様は必死に『国庫を開き、民のために力を尽くせ』と繰り返しておられたのですな」

「はい」


 ナサニエルは色々考えていたようだったが、やがて口を開いた。


「じつは宮廷内で不穏な動きがあることはご存知かな」

「初耳です」わたしは息を呑んだ。

「まあむかしからの因縁の、その地続きにあるものですよ。ベッソン家の連中です。奴ら自分の領土がようやく怪物の魔の手を逃れたから、すっかり満足してしまったらしい。自分たちの利権が他の諸侯を守るために流用されるのが我慢ならないご様子でした。おまけに高地人についても()()()同盟が築かれてしまった」

「……なるほど」

「これはあなたが仕組んだことでしょう?」

「そうと言われればそうです。しかし、これは必要な措置の延長線上にありますよ」

「理屈ではそのとおりだ。しかし、この施策で損を受けた連中は、『怪物を含めて、これはきっと王族の陰謀だ』と思うことでしょう。現にそういう触れ込みで、宮廷はおろかご婦人方のサロンでうわさが出回っている」

「ばかばかしい」

「そういうのは容易い。しかし人の心とは利に聡く、善には疎いのです」

「説教は聞きたくありません」

「左様ですか」


 ナサニエルが含み笑いをするのを察知する。まったくこの男は油断ならない。


「要するにどうしろと仰せなのでしょう。ほんらい宮廷の出来事について、わたしは関与しない建前であるはずですよ」

「ところがそういうわけにはいかないのです。事態が事態だ。怪物の存在が世俗権力とはまったく関係のないところにあって、世俗の生活を揺るがしている。これに解決の手立てを示すのは、残念ながらわれわれ神祇(じんぎ)をつかさどるものなのです」


 わたしは答えを探しあぐねていた。

 だからどうしろというのだろう? 夢は向こうからやってくる。見たい夢を自分で選ぶことなんて出来ないのだ。


「しかし、まあ状況は理解できました。少なくともあなたが見出した青年──名前は忘れましたが」

「アウルです」

「……そのアウルくんが見出されてから、怪物退治が前進したのは事実です。しかし同時にややこしいことにもなっている。さいわいアングマールの決戦で、騎士団が尽力してくれたおかげで体裁は保ててますが、うっかりすると民草の間では〈勇者〉の再来と口の端に上りますからね」

「それのどこが問題なのでしょう」

「大いにあります。王権を示し、騎士団が民草を守れないことの裏付けになります。すると諸侯はますますつけあがり、庶民も王族に対して敬意を払わなくなる。〈勇者〉は伝説上の存在──過去の偶像であるから美しいのであって、いまさら現実のものになってもらっても困るのですよ」

「…………」


 ナサニエルはまた、例の含み笑いをした。


「まあ、当面はかれの活躍と、怪物出現の報告を確認するしかないでしょうね」

「そうするしかない、と思いますわ」


 こうして、神官長との面会は終わった。


 わたしにどうしろというのだろう?

 あらためて思った。


 もしわたしが祈って怪物がいなくなるなら、それでもいいと思っていた。しかし現実にはそうではない。神使の存在は、世俗のまつりごとにおいてはいつだって切り札として扱われるが、その実、万能ではない。ただ予兆を見て、予兆だと知り、予兆を解釈することしかできないのだ。

 それを万能の力と考えられても困る。だが、宮廷の貴族・諸侯から見ればそんなことはどうだっていいのかもしれないが。


 冷静に考えれば分かるはずだ。わたしに怪物を生み出す権能(ちから)なんてない。あるはずがないのだ。

 たとえどんなに予言の力というふしぎがあったとしても、できないことはできない。それは神官長含め、よく知られているはずだ。


 それに、仮にできたとして、それをする理由がないはずなのだ。

 意味もなく国土を荒らし、人を殺戮する怪物を、だれが好き好んで呼び寄せるのだろうか。ましてやわたしは、この王国のことをだれよりも考えてきた。こうすべきとたくさんの託宣と、予言を与えた。


 それが、そのはずが。


 わたしのなかで何かが軋んだ。

 なんでわたしだけが、こんなことを延々と考えなければならないんだろう?

 なんでわたしはここで生き続けて、人の悩みに答えを与えなきゃいけないんだろう?

 なんでわたしが、頼りなくなにもできない父に代わって王国の先行きを案じないといけないんだろう?


 なんで。なんで。なんで。

 いや──そんなことは考えちゃだめ。


 夢が見れなくなったんだったら、だれかの夢を叶えてあげればいいんだ。

 わたしはあらためてアウルのことを想った。勇者アウル。国の危機に直面し、戦い、やがて英雄になるアウル。かれはわたしが見込んだ通りのひとだった。かれはやってくれるだろう。かれなら成し遂げられるだろう。そしてかれならわたしを──


 わたしを?

 そこから先の言葉だけが、見つけられずにただ時間だけが過ぎてしまった。

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