だっておれが勇者だから⑬
商業都市アングマールは、王都から北東に十数里ほど進んだところにある。文字通り商業が活発な都市だった。
半年に一度大市が開かれる場所なのだという。そこでは東西南北のあらゆる集落から行商人や商会が小屋を立てて、お祭り騒ぎも同然の壮大な交易市場が成立する。俗にアングマールの大市と呼ばれるその催しは、収穫期の祭りと重なって春と秋で大盛況だという。
いまは冬だ。だから大市は開かれているわけじゃないが、大市を開くのと同じくらいの人間が一斉にかき集められていた。怪物接近の報告を受けて、市議会も騎士とは異なる自警団を繰り出したからだった。
「アウル」
市壁の門に近づいたとき、おれに話しかけた人がいる。コウエン団長だった。
かれは騎獣に鞭打ち、駆け寄った。
「無事だったか」
「コウエン団長こそ」
積もる話も少なくなかったが、コウエン団長はすぐにおれの隣りにいるハリネズミにめを遣った。危うく自分の任務を忘れそうになっていた。おれは首を振る。
「高地人の、」
「……ハリネズミというものだ。あなたが王家の騎士団長どのか?」
ハリネズミは騎獣の頭を並べた。
「ああ。コウエン・アルデンハイムという。よろしく」
「よろしく。いま簡潔に話だけするが、我が族長ヒグマは貴殿ら王国の民を救援すべく、三〇〇の戦士を遣わすことを決めた。じきにここにたどりつくだろう」
「おお」
コウエン団長はおれを見た。頷く。
「務めを果たしました。おれも巨人退治に参加させてください」
そういったとたん、ハリネズミがふと割り込んで、たずねた。
「さきほど、平野部で巨人と戦っていたと思しいが……ありゃ、いったいなんだね。どう見てもあの怪物の〝正しい〟戦い方とは違うようだが」
「ああ、そのことか」とコウエン団長。
「あの戦い方しかできないようなら、われわれとしても身の振り方を考えなければならない。だが、王国の方々がそこまで無策だとは思っていない」
説明しろ、と暗に言っているのだ。
「いいだろう。これは少々苦しいところでな……」
コウエン団長は後続の騎士に合図をして、隊列を離れた。おれは遠ざかる騎獣の群れのなかに青灰色の髪の毛を探したが、結局わからずじまいだった。
騎獣はそのままゆく。ゆっくり、アングマールの市壁の門をくぐる。
おれたちが入ったのは東側の門だった。
かつて人間同士が、妖魔が、高地人が争いあった昔、ひとびとは「自分たち」の身を守るために壁のある街をつくった。街が先なのか、壁が先なのかはもうわからない。しかし壁は中の人間の生活を守るためにつくられたのだ。
そんななか、アングマールは四つ辻の中央に位置する都合から、絶えず市壁が拡張され、二重三重に壁が追加された。おれたちが歩いているのはその一角だった。しかし何枚か壁をくぐった先に、急に壁が開けた広場のようなものがあった。
ハリネズミはそれを見て、すべてを察したようだった。
「ほう。これは……」
「理由がおわかりいただけただろうか」
「なるほどね。これを使うために」
言われて見上げると、そこには西の壁を取り壊して積み上がった瓦礫の山と、巨大な投石機、壊されていない壁からは大型弩砲が数基据え付けられていた。
「先の蛇髪の魔女退治で懲り懲りしてね。神使様や国王陛下とよく相談して、建造の許可をもらった」
「すげえ……」
圧巻だった。まるで自分が小人になって、巨人の鍛冶工房に迷い込んでしまったみたいだった。
「巨人を退治するのにこいつを使う。そろそろ配備が済んだ頃だろう。明朝、やつをここに誘い込む……アウル」
「はい」
「やつを誘導する部隊に、ラナがいる」
「えっ?」
「合流してことに当たれ」
「……わかりました」
おれの反応を見て、ハリネズミはまんざらでもない顔をしていた。それを見て、なんだか無性に腹が立ったのだった。
※
結局あれこれ話をしたものの、おれとハリネズミは二人揃ってラナのもとに合流することになった。
「……で、そのラナっていうのはべっぴんさんなのかね」
ハリネズミの口調はさっきからこんな調子だった。
「うるさいな」
「よせやい、年頃の男女の惚れた腫れたがおもしろくなくてなんなんだよ」
「そういうんじゃない」
「へへっ、すなおじゃねえな」
「んだよ」
おれはすっかり嫌な気持ちだった。
そうこうしているうちに、おれたちは森に野営している騎士たちの天幕にたどりついた。警戒していたひとりがおれとハリネズミを呼び止める。そして、おれたちはコウエン団長にした自己紹介の行をもう一度行った。
これに加えて、コウエン団長から預かった言葉を伝えた。それを受けて騎士は眉をしかめたが、「命令なら仕方ない」とあからさまな態度とともに野営地に戻った。
程なくして、おれたちは天幕に入った。
そこは、さっきまで明るく話していたつもりのおれたちが、すっかり黙りこくってしまうほどの空気に包まれていた。まるで、空気におもりがついて、開いていた口をゆっくり閉じるようにうながしているみたいだった。
鎧をまとった男たちがそこにいる。しかしおれは無意識に青灰色の髪を探していた。
騎士が報告すると、タレスという男が急に我が物顔でおれに話しかけてきた。
「生きていたんだな」
おれは黙ってかれを見た。
それを、無視されたと思ったのか、タレスはおれの胸ぐらをいきなり掴んだ。とたんにハリネズミがシャッと刃を抜く。すかさず首が絞まったおれと、首筋に刃が当たっているタレスの奇妙な彫像が出来上がった。
「……グッ」
「おかしいな。おれたちは、仲間のはずだが」
「…………」
「それともおれの知らない間に、この国では友人や同胞にこのようなことをすることが騎士道ということになったのかね?」
「……ふん」
タレスはおれを解放した。そしてハリネズミも刃を収める。
「さっきのことはなかったことにしよう。おれは王国の民と争いに来たつもりはない。ただ、一度部族が迎えた客人を、同国人が粗末に扱っていいいわれはないはずだ」
「チッ、わかったよ」
タレスとその取り巻きは、しぶしぶおれを招いて現状を説明した。
それによると、巨人はアングマールよりやや南の平野部を進んでしまっているらしい。これをどうにか北に戻さないと、せっかく設えた対巨人用の装備がうまく機能しない。
それで、決死隊を組んだのだ。
決死隊の活躍は三度にわたって展開した。おれたちが遭遇したのは三度目のやつだったのだ。かれらは騎獣を叱咤し、槍と弓を携えて巨人の足元を徘徊し、そのスネや足の指をチクチクと攻撃しながら、騎士たちが決して無視できない、撃退すべき存在であることを知らしめようと試みていた。
第一回の決死隊はそれすらも出来ずに全滅した、そこで第二回は飛び道具を増やして、一瞬だけ気を惹いた。
「蛇髪の魔女に比べりゃ、刃物が通るぶんまだましかもしれないがな」
そういうタレスは、二回目の決死隊で、足の指に槍を刺してきたという。
自慢げに語るタレスに対して、ハリネズミの反応は冷ややかだった。
「三回目の決死隊は遠目で見ていたが、あまり成果を上げなかったみたいだな」
「そうなんだ。二回目の成功をもう一度やろうとしたのが失敗だったらしい。そこで、貴様らが来る前に軍議を終え、やり方を変えた」
「具体的には?」
「これさ」
と、タレスが示したのは縄だった。
「なにか傷を負わせようとしたのが最初から誤りだったんだ。やつの皮は分厚い。おそらく長いこと土砂を歩き回ってそれなりに固くなっているんだ。そこにいくら槍で突いたってしようがない。だから、発想を変えたのだよ。こいつを歩いているやるのスネに当てて──強く引く。そうすりゃ、転んで顔面その他急所が丸見えってことさ」
「なるほど。考えたものだな」
「そりゃ、おれが考えたって言いたいところだがなあ。言い出したのはラナさ。そして、それをやると言ったのも、あいつだ」
「ラナが?」
おれは思わず訊いていた。
「そうだ。おまえがいないから、われわれにできることはやろうと、そう言っていた」
「そんな無茶だ……!」
「たしかに無茶だ。だが、結局それぐらいしないと、おれらに怪物に勝つなんてできないよ」
タレスの言う通りだった。
だがおれは納得できずにいる。
「団長は、このことを知っているのか?」
「承認は得ている」
「くそっ」
「……なにが、『くそ』だ? あ?」
おれは改めてタレスを見た。その目は怒りを示している。かれはまたおれの胸ぐらをつかみかけたが、ハリネズミを一瞥して、それを押し留めた。
「いいか、ひとつだけ言っておく」
タレスはゆっくり、沸騰する泡が吹きこぼれるように口を開いた。
「おれはおまえが気に入らない。団長が何を買って貴様みたいな庶民を志願兵として預かったか知らんが、ひとりの騎士が命を懸けてやると決めた使命を、貴様のつまらん気持ちで取りやめさせようだなど! そんなくだらん気は起こすんじゃない!」
怒号が、おれの顔に吹きすさんだ。
「貴様にできるのはただひとつだ。応援し、この戦いを勝利に導くこと。だれだってこの戦いを無駄死にだとは思いたくない。そんなことは言われなくてもわかりきっている!」
おれは、何も言えなくなってしまった。気まずい沈黙が場を支配する。それを察したハリネズミが、おれの肩をそっと叩いた。
「すまんが、私情を挟むのはあとにしてくれないか。お互い損はしたくない。いまは互いに作戦の成功に注力しようではないか」
ハリネズミの一言に、タレスは我に返る。
「すまない」
「なに。思ったことを言うのは、そんなに悪いことではない。もっとも、それは森の奥においてきてもらいたかったが」
場に苦笑がもたらされる。ハリネズミは不敵な笑みを浮かべる。
「われら部族の教えに次のような教えがある。『戦さは身内から崩れる』と。できれば、そうはなりたくない。この意味、おわかりいただけると思うが」
「……わかった、わかったよ」
タレスは手で払うしぐさをした。
それで、おれも少しだけやるべきことが整理できた気がした。
「ハリネズミ、行こう。おれたちはなんとしてでも怪物を倒して、生きて帰りたい」
ハリネズミはおれを見た。言い残したことがあるんじゃないか? と問いかける目だった。おれは首を振る。ハリネズミはそれを鼻で笑ったが、そこまで不快な感じはなくなっていた。




