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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第一章:だっておれが勇者だから
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だっておれが勇者だから⑫

 傷の回復を待って、おれは高地人(ハイランダー)の集落をあとにした。


 あとになってわかったのは、かれらは北辺のさらに先の山脈に洞穴を持っていて、冬ごもり用に取っておいているらしい。おれが入ったのはそのひとつだった。いっぽうで、洞窟自体が過去ミシハセ族が妖魔の支配種族だった頃につくられた人工のものらしかった。

 どこまでいってもミシハセだ。まるで世界の謎を隠し持ったままゆくえしれずになったかのようだった。


「きみは先に行け」


 高地人の戦士のひとりがおれに言った。


「急いでいるんだろう? まるで恋人の安否でも気遣うみたいじゃないか」

「まさか」おれはそう口にしたが、ふと自分にとってだいじな人はだれだろうかと思った。いま死んでほしくない人。青灰色の後ろ髪。交わした約束──


 騎獣に鞍を付け、荷物を持つ。


「護衛をつけよう。きみを狙う輩もいないとも限らない」

「ありがとう」

「なに。きみはわれわれにとっては保険だからね。死んでもらっちゃ困る」


 そういったのは、ハゲタカとは異なる一派の高地人だった。名前をカワウソと言った。そのうちリスやネズミも出てくる違いない。そう思ったところで紹介された護衛の男の名前はハリネズミだった。

 おれはそれを聞いて爆笑した。


「悪かったな、ハリネズミで」


 護衛の男はハゲタカやヒグマと異なり、細身だったが俊敏そうだった。頬が痩けているのはもとかららしい。しかし非常に病弱そうに見えた。口を開くたびにつっけんどんな物言いをするから、何から何までちくはぐだ。


「大丈夫だ。お前をちゃんと守る」

「べつにおれも戦えないわけじゃないんだけどな」

「守る戦いは、攻める戦いとは違うのさ」


 ハリネズミはしたり顔で言ったが、妙に説得力があって、おれはそれを鵜呑みするしかなかった。


「じゃあ頼むぞ」

「あいよ」


 集落を出る前にヒグマから聞いたところによると、後日三〇〇の戦士を応援に出すとのことだった。おれはその情報を頭に叩き込んで、集落を飛び出した。もちろんハリネズミも一緒だった。

 ふたりで南下する道のりは、ひとりでたどった道なき道よりもずっとよかった。逸る気持ちもなくはなかったが、ハリネズミはつねに冷静であることの大切さをおれに説いた。


「まず心を落ち着かせないと身体がイザってときに動かない。だから身体だけはいたわってやらないといけない。自分のことがわかるのは自分だけだからな」


 そういう話を焚き火の前で何度もしてくれた。年端はおれよりもかなり年長で、だからなのか次第におれは兄貴分のような信頼を置くようになっていた。


「きみは使命を生きるあまり、生き急いでいるように見える。ここに来た時の傷も見た。ひどいものだ。一歩間違えたら二度と歩けないような怪我だった」

「それでも、あなたはこの世界の悲惨を知って行動しないつもりなんですか」

「いいや。きみの意志を否定しようというんじゃない。ごく一般的な、ふつうのことを言っているんだ。我々部族のことわざにも《腹が減っては戦はできぬ》とある。世の中、きみのように意志だけで行動できるとは限らないからね。それに、きみもいつまでもその意志に頼っているべきじゃない」


 おれはハリネズミの言っていることについて、少し考えなければならなかった。だが、ハリネズミは笑って続けた。


「要はな、きみも歌って、笑って、飲み食いして、そしてゆっくり眠る──そんな相手をさがすべきだということさ」

「いまのおれに……そんなひとはいるんだろうか」

「いなければ、探すしかない。きみを見ているとおれは少々不安になるよ。きみは確かに戦うこと、この世界に現れた敵と戦う力を持っていて、ひと一倍正義感が強いかも知れない。しかし、それは最終的には守るべきもののために使われたほうがいい。きみには守るべきものはあるか?」


 おれはその問いに答えることが出来なかった。その後も旅は続いたが、答えなんて出てこなかった。


 ある日、オーエンハイム領に戻ったおれたちは、ミシハセの巨人に滅ぼされた村を発見した。荒れ果てて雑草が生え出した農場に、壊れた納屋、折れてちらばった矢と金属片がそこかしこにあった。焦げた跡もあった。ハリネズミはその場に降り立ち、周囲の匂いを嗅いだ。


「比較的最近戦闘が行われたみたいだな」


 おれは黙ってうなずいた。


「ここからは急ごう。しかしどんなに頑張っても、その勢いで怪物と戦うのは止せ」

「なぜ」

「われわれはあくまで味方に言伝を行うのが使命だ。死ぬのはだめだ」


 おれは納得いかなかった。

 道を進むたびに、被害は拡大していた。腐敗が始まった亡骸もあったし、騎士の遺体もあった。


 小屋の残骸が、獣の遺体が、そしてなにより巨人の足跡があった。距離を詰めれば詰めるほど足跡は混乱し、そこかしこを踏み荒らしている。最初あまりに周囲の大地を変形させすぎていたせいで、勾配が安定しない道だと勘違いしたくらいだった。

 ところが、一定の距離を進んだあたりでその考えがまちがいだと知った。


「まだか。まだなのか!」


 おれは思わず口に出して叫んだ。そんなおれを見るときのハリネズミのまなざしは優しくも、少々冷たかった。まるで可哀想なものを見るような目つきだったのだ。おれはそれに苛立って、睨み返してしまった。ハリネズミは微笑んで両手を拡げたっきりだった。


 結局おれたちは前に進むしかなかった。

 数々の焼け野原を、廃墟を、遺体の積まれた山を通り抜けて、ついにおれたちは見た。


 八本の腕を自在に操る単眼の巨人を。


「いた!」


 叫んだ。その声はおれのものだった。


 すでに北辺を脱し、中央の商業都市に差し掛かっていた頃だった。数々の村と都市が破壊され、死者も大勢いた。それは見てきたなかでも最大級の被害だったと言っていい。

 おれたちはナガル川沿いの道を疾走し、林を抜けた。そこに、腕を複数、天にかざしたおそるべき巨人のすがたを見たのだ。


「王国の連中、なんだって平野部で……」


 ハリネズミがあきれた口調で戦況を見る。だがおれはそれどころじゃなかった。


「構うか。援護に行く」

「ばか。死ぬ気か」

「いや、あそこにコウエン団長やラナがいるはずなんだ!」


 ハリネズミの制止を振り切っておれは騎獣に鞭打った。


 丘を駆け下り、平野部にたどりつくと、凄惨な風がおれに降り掛かった。死臭、肉の焼ける匂い、うめき声、雄叫び。矢も飛び、岩の破片も飛び交う。

 おれは叫んでいた。無意識にひとの名前を呼んでいたがそれは(とき)の声にまぎれて掻き消えた。騎士たちが角笛にあわせて突進していた。その激しい蹄の轟音が、大波のように押し寄せて土煙とともに通り過ぎた。


 頭上に影が落ちる。顔を上げると、岩が飛んできていた。とっさに騎獣を走らせたが、間に合わなかった。衝撃に騎獣ごと吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた。


「くそっ」


 起き上がるが、すでにそこに怪物はいた。

 大きかった。巨大な石造りの礎石を思い出すような足が、すっくと立って、胴体へと続く。逆光になって見えなかったが、そこには赤く光る巨大なひとつの眼があって、目が合うだけで身がすくんだ。

 邪視の類じゃない。ただ、身がすくむほどの恐怖が、おれの身にほとばしったのだ。


 おれは剣を抜いた。けれども背伸びをしたところで届く気配もない相手に、その刃をどう向けたものだろうか。

 ただ構えていた。ただ逃げなかった。おれは騎士団の早駆けの音が次第に遠ざかっていくのを聞いた。もしかすると撤退命令があったのかもしれない。それも聞こえなくなるほどの極度の緊張があった。


「くそったれが」


 だれにともなく言った。


「お前が! お前らの目的はなんなんだ!」

 怒鳴る。別に意味が通じるとも思ってなかった。ただそこにいる、おぞましき存在に向かって、ありったけの気持ちをぶつけずにいられなかっただけだった。


 ところが。


《復讐──》


 声が聞こえた。見かけに反した、柔和な女性のような声。


「なッ」あっけに取られたそのとたん、巨人の脇腹から不意に一本の腕が伸びた。


 おれは避けられなかった。しかしその腕は死角から攻撃を受けてひるむ。ハリネズミの疾駆する騎獣だった。その一瞬をかれは見逃さない。


「アウルつかまれ!」


 ハリネズミの腕を、おれはつかんだ。

 それからのことはよく覚えていない。とにかく落ちないことに必死で、騎獣の背に乗ってからはハリネズミの背中にしがみついていた。情けなかった。おのれの力のなさを呪った。どうやったら勝てるのかを考えて、何も思いつかないことに悔し涙が流れた。


 そのまましばらく駆け抜け、戦場を離脱できたと思ったところで、おれはハリネズミの平手打ちを受けた。


「正気に戻ったか?」とハリネズミ。


 呆然とするおれに、かれは淡々と次にするべきことを尋ねた。おれはそれに答えるしかない。騎士団の現在地を見据え、巨人が向かおうとしている方向を確かめる。


「商業都市アングマール……!」

「ではそこに急ごう。まだ救えるひとの命はここにある」


 すでに主導権はハリネズミにあった。おれはようやくかれに謝った。そして自分の過ちを認めた。だが、ハリネズミは怒らない。振り返って、答えた。


「言っただろう? 守る戦いは、攻める戦いとは違う、と」


 その通りだった。おれは、自分がなにを守るべきかをちゃんと見据えないといけなかった。

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