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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第一章:だっておれが勇者だから
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だっておれが勇者だから⑩

「八本腕の巨人がオーエンハイム領に出たらしい」


 このうわさを聞いたのは、北方の高地人集落にあと三日かかるだろうと言われた距離でのことだった。

 人里もだいぶ辺境となり、そもそもひと気もなかった。雪はすでに積もっていた。おれは身を凍えさせながら道中を急ぐしかなかった。おれがなすべきことが、最悪の事態を解決することを祈るしかなかったのだ。


 そのうち人里を離れ、情報を得る手段がなくなった。だから巨人と騎士団との戦いがどうなったかすらわからなくなってしまった。

 雪が深くなり、よそ事などどうでもよくなっていく。山に入れば入るほど、樹々は暗く思い影を背負って、おれの進むべき道を覆い隠した。高地人の住む集落は、聞くところに拠ると崖に面した過酷な地だという。入口を探すだけでもおっくうだというのに、それが雪に覆われている。手がかりのない中を、進むより他になかった。


 三日後。おれはもうこれ以上進めないだろうと思ったところで、神使からもらった友好の証の笛を吹いた。獣骨を用いたこの笛は、独特の低音であたりに響く。神使から受けた指示では、森の深くなったところでこの笛を吹き、使者と落ち合うようにとあった。


 ところがその瞬間、おれの首元をなにかが通り過ぎた。矢だ、と思ったときにはすでにおれの首筋に赤く熱い液体がふきこぼれていて、たちまちにしてからだじゅうの体温が抜け出るような悪寒に見舞われた。

 膝が抜ける。転ぶ。おかげで第二の矢は避けたが、もうだめだった。雪にうつ伏せになったおれは、もう呼吸も難しくなっていた。


 近づいてくる足音を、遠ざかるように聞く。聞き取りにくい声が二三あった。おれの髪を乱暴につかむものがある。

 霞んだ視界の前に、ぬっと現れたその人物は、先日別れたばかりのウォーレンだった。


「わるいな」


 おれは、なにかを言おうとしたが、かすれたヒューヒューとした音しか出なかった。


「なに。北の所領を抜けたところからずっと尾行(つけ)ていたのさ。途中ケダモノにおそわれたときはどうなるかと思ったが。おまえはあっさり人を信じるんだな?」


 信じて何が悪いのか、とおれは思った。

 だがそれを言葉にする体力がない。


 ウォーレンはニヤッと笑っておれにとどめを刺そうとした。しかしその寸前に、かれ自身が白目を剥いて斃れた。おれも一緒に地べたを這いずるかたちになる。ウォーレンの背中越しにだれかの影を見た気がした。

 しかしだれなのか分かる前に、おれは寒さによって気を失った。



     ※



 夢を見るのは久しぶりだった。


 初めは村にいた。夢だと気づくのに時間がかかった。優しく語りかける風があった。エント郷の里山や、農場や牧場があった。おれはなんとなくそこにいて、木剣で素振りをし続けていた。勇者になりたいというあさはかで無謀な夢を、抱いていたあの頃だ。

 おれを呼ぶ声がした。ディーと、もうひとり。女の子がいた。だれだったか。名前が思い出せない。昔から知っているような気もするし、いま始めて会うような顔でもあった。


〝アウル〟


 おれを呼ぶ声がする。その声は、そうだ。ずっと前から何度も聞いていた──


「しっかりしろ」


 現実の声に呼び止められて、目が覚めた。全身が汗まみれで、ベッドがひどいことになっていた。

 われに返ると、そこには男がいた。火明かりを背にしているのでちょうど影になっている。顔が見えないが、どこかで聞いたことのある声をしている。


「あんた……高地人(ハイランダー)、じゃないな」


 とっさにそう言ったのは、言い間違いのようなものだった。ところが男は身動ぎした。よくわかったな、と口にする。

 男は慎重にからだを動かして、おれに顔が見えないようにしている。


「おれは高地人の中で客分として暮らしているだけの人間だ。わけあってお前の看病を任されている」

「ここはどこだ」

「言えない。高地人に関係する場所だとは伝えておく」

「なぜだ。使者の笛は鳴らした」

「確かにそうらしいな。だが……正直に話そうと思うんだが、いまは内部でも揉めていてな。相変わらず王国を信じるべきじゃないという連中と、そうでないと主張する連中とで、いま議論の真っ盛りなんだ」

「王国のことがそんなに信じられないのか?」

「そうだとも言えるし、そうでもないとも言える」


 男は鼻で嗤う。しかしどこか親しみを覚えるような笑い方だった。


「まつりごとというのはそう簡単なものじゃないのさ。二百年も前の怨恨だ。当事者として覚えているやつなんていない。この部族の最長老でさえ、曽祖父のさらに曽祖父から伝え聞いた話を頑なに譲らないだけなのさ。だが、高地人は祖先を大事にする。祖先が遺した恨みも尊重しなければならないんだ。その点について、もう古いと言うやつもいるが、そういうやつに限って集落の外で活躍しているから部族に対して発言権もない。ただ王国との取引で儲けてばかりの連中なんだな。部族のことも考えてなければ、伝統も守らないやつだと非難されて、結局言葉の綱引きをせざるを得ないってわけだ」

「いまはそんな足の引っ張り合いをしている場合じゃないだろう。王国を襲っている怪物の話は知っているはずだ」

「そうさ。だが、それで慌てているのは王国と手を結ぶことを良しとした連中だけだ。自身の主義で王国を毛嫌いしていた連中はそら見たことか、と手を叩いて喜んでいる。自分たちは正しかったと。むしろ二百年前の報いをいまさらのように受けているのだと、したり顔で語っているよ」

「そうなのか?」

「ほんとうのことはおれも知らない。だが、国ひとつ呪えるような呪術を、ここの部族は持っちゃいないさ。かれらはシロとしか言いようがないだろうな。怪物の出現については難しい事が多い。そうだろ?」


 おれはうなずいた。


 いつしかおれは男の話に聞き入っていた。かれは何かを知ってる。その確認があった。

 男はおれが黙ったのを、知ってか知らずかとうとうと語り続けた。


「いま王国で暴れている怪物──そのうち一体は明らかにミシハセ族の特徴を受け継いでいる。やつらは高い鉱山技術を持ち、口承によってその技術を受け継ぐ。妖魔の支配種族として君臨した時期も長い。いまは滅んでいるとされているが、それも要するにやつらの王国がいまはもうないって意味でしかないんだ。現に怪物として出現したところを見ると、やつらは健在なんだろう。問題は、いまのいままで健在だったやつらが、いまになってなんで出てきたのかということ。それは、おそらく王国の歴史そのものに関わりがある」

「王国の、歴史?」


 そうだ、と男は言った。


「ミシハセは過去大地の精髄をかたちとなす技術によってその力を拡大した。高地人は版図は決して広くないが、高地で生き、獣を狩り、かまどの火を守ることによって過酷な地で生き抜く術を持っている。どちらもその土地では強力な知恵であり力だ。であると同時におそれでもあった。ほかにもおれたちが知らないだけで、自然の要素を育み、操る術があったはずなんだ。それは部族のうちでは〝神獣〟や〝御使い〟のかたちで表現されている」

「……!」

「わかったか? この部族は、極寒のなか猛る命の炎を、〝翼の生えた獅子〟のかたちで表現した。見ろ」


 男が指し示したのは、高地人が織ったと思しき綴れ織り(タペストリー)だった。獣毛を用いて緻密に編まれているが、重要なのはそこじゃない。獣だ。織物が編み出した神話の獣──それは、おれがかつて見たことのあるあの翼獅子と非常によく似ていた。


「どうして……」

「おれがここに来てから久しいが、おれはもともと王国の出だ。だから王国を襲っている怪物がどんなやつらなのかは話で聞いている。高地人は翼のある獅子で、ミシハセ族の神は腕を複数持った隻眼の巨人……ほかのものは知らないが、わかる範囲で整理すれば、人魚の魔女も熾天使もいずれ由来がわかるはずだ」

「だが、これがわかってどうするというんだよ?」

「さあな。しかしなぜこの大異変が起こっているのか、その真相と対処法がわかるかもしれない」

「…………」


 おれは考えあぐねた。というより、おれの理解を超えた話だった。


 男は立ち上がって、部屋の隅に立った。まだ顔は見えない。しかしその喋り方、声に懐かしい響きを思い出した。おれは確信する。こいつは。この男は……


「ひとつ、大事な話を伝えておくよ。歴史に伝わる勇者の物語では、勇者は〝封印の刃〟と呼ばれる聖別された剣を携えていたそうだ。しかしその剣はかつて鬼神と戦って真っ二つに折れている。刃の部分は鬼神の肉体に刺さったままであり、柄の部分は現在の王家が宝具として保存しているらしい」

「なにが言いたいんだ?」

「過去の怪物騒動は封印の刃によって治まった。ということは、いま怪物どもが暴れて回っているのも、その封印の刃のちからが弱くなったせいだと考えられる」

「……!」

「まあ、まだ仮説段階だ。あんまり言いふらすんじゃないぞ」


 おれは、しかしその話に説得力を感じていた。続けて口を開こうとしたとき、男の背中でドアをノックする音がした。開ける。しばらく話し声が聞こえる。やがて、男がこちらに顔を向けた。相変わらず影になっていたが、もうそいつが誰かはわかっていた。


「族長ヒグマがお前に会うそうだ。準備しな」

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