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だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第一章:だっておれが勇者だから
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だっておれが勇者だから⑨

 極秘任務という話だった。だからおれはラナにこのことを話すことが出来ずにいた。


「どうかしたのか」


 その質問が一番答えづらい。


 何があったのか、という意味ならあった。神使に呼ばれ、密命を受けた、と。そう正直に言えたらどれだけ楽だっただろうか。

 でもなにか異変があったのか、と言われると塩梅としても困る。変なことはあった。おれにしかできないことだと言われた。それが変でなくて、どうだというのだろう。


『北東国境付近を警護している、オーエンハイムのことはご存知ですか?』


 オーエンハイムというのは、ラナの父が治める所領のことだ。


『その地方がいま巨人の暴虐に苦しみ、かつ北方の高地人との交流が途絶した件はうわさでは聞いたことがあると思います』

『はい』

『この件については王族も憂慮しておりますが、あいにく王の側で使者を立てることが適いません』


 神使はおれに対して、現状依然として変わらない王国の危機と、騎士団の窮状を説明する。かんたんに言ってしまえば、怪物や凶暴化した獣を退けつつ御使いの役目を果たすといった勇猛なつわものがいないのだが原因だったらしい。

 おまけに、気がかりなのは高地人(ハイランダー)の側から遣わされた使者がことごとく王都に入る前に怪物に殺されたり、ゆくえ知れずになっている件だ。神使は何度かためらった末、王都の貴族連中の少なからぬ勢力が高地人を〝半獣〟と呼び見下していることを明かした。


『火事場泥棒というと妙な話ですが。世の異変に即して、自らの思惑どおりに宮廷を動かしたいものがいるようです』


 神使はそれを唾棄するべき存在であるかのように語った。それほどまでに強い感情をあらわにしたのはいままでなかったので、ちょっとおれはびっくりした。


『したがってこの命は密命です。宮廷内でも気になる動きがあり、へたをするとわれわれの使者自身も襲われかねません』


 しかし高地人との国交を切るわけにはいかない、というのが神使を含む良識派の判断のようだった。

 おれには政治のことはわからない。できることならみんなが仲良くしているほうが良いだろうという程度の考えしかない。ただ同時になんで高地人(ハイランダー)と王国の仲が悪いほうが、そいつらにとって都合が良いのかについても疑問が浮かんだ。


 そのことについて尋ねると、神使は口を濁した。まるで自分の潔白を疑われているかのような怯えと不安が声からにじみ出ているようだった。


『神使様、説明は変わってわたくしが』


 コウエン団長が口を開く。二、三のやりとりがあったが、団長が押し切る形になった。


『要するに、われわれは二百年前まで高地人(ハイランダー)を奴隷としてこき使っていたのですよ』


 団長は端的にこう応えた。


 それはいわば、王国の黒い歴史そのものだった。

 かつて王国が暗黒の戦乱期を生き延び、開墾(かいこん)と無数の建造物を築くにあたって、あるいは大規模な農場や牧場の経営をするにあたって、深刻な人手不足に悩まされていた。戦後、いくら平和が訪れたとはいえ、戦さに駆り出されるのはたいていが働き盛りの若者だ。それが無数のいのちを散らした当時、まともな働き手を得ようと思えばかなり苦労したのだという。

 そこで、自ら手を動かすことを(きら)った商工ギルドや貴族、庄屋(じぬし)高地人(ハイランダー)という特異な存在に目をつけた。僻地に住みながらも屈強な肉体を持ち、体力にも子孫にも恵まれていたかれら部族に当時の冒険商人たちが取り入ったのである。その特産物や財産を奪うだけ奪い、痺れ毒入りの酒で身を拘束すると、魔術師たちによる呪縛をもとに奴隷契約を結んで大繁盛した。その恩恵を受けて豊かな暮らしをした王国の民もまた罪の片棒をかついだようなものだった。


 もちろんこのやり口は国内でも発覚次第反発を受け、宮廷内でも意見が対立した。特に目立ったのはコウエン団長の祖先でもあるアルデンハイム領と、南側の総代ベッソン領だった。かれらは互いに独自のラインを宮廷に持っていた。アルデンハイムは騎士団を抑え、ベッソンは商工ギルドを味方につけていた。アルデンハイムを擁護しなければ宮廷は軍事力を失い、ベッソンを敵に回せば王は自身の名を刻んだ金貨を認めてもらえなかった。特に時代は戦後の復興期にあたり、民を長く太く食わせていくための施策には繊細の注意が必要だった頃のことである。王族は優柔不断で、その掛かった時間と同じくらいの高地人たちがその不条理を呪って異郷の地で死んだ。


 結果、いまから二百年前になってようやく奴隷の解放が果たされたのだった。


『だから、いまや王国にとって高地人との国交とはその歴史的な贖罪の意味も込められている。われわれの都合で勝手に止めるわけにもいかないし、いまの窮状(きゅうじょう)を正しく伝え、誤解を解かねばならない』


 いまいったようなきれいな理解にはそのときならなかったが、コウエン団長の熱意は伝わった。その役目がおれにしかできないというなら、なおさらだった。


 しかし、それをラナに説明はできない。


『ラナにはわたしから伝えておく』


 コウエン団長はそう言ったが、この様子だとおれが去ったあとにしれっと説明するつもりだろう。まったく、この騎士団長は用意周到に見えて、大事なことが抜けてる。

 おれはラナのほうを見た。


「どうもしてないさ」

「ほんとうか」

「ホントホント」


 ラナの視線は、このときおれの内心を見抜いているみたいでときどき怖い。


「言いたくないなら、べつに構わんが」


 その一言で、おれはほっと息をついた。ただ、言わなきゃいけないことがあるなと思って、おれは口を開く。


「しばらくここを離れようと思うんだ」

「何?」

「いや、ずっとここにお世話になりっぱなしだったからさ。そろそろ自分の足で世界を歩いて、調べ物とかしなきゃ、とか思ってて……」

「…………」


 言ってて自分でもむなしくなるくらいの嘘だった。ほんとのことを言えば、騎士団と行動をともにし、怪物退治に専念できるならどれほどよかったことだろう。

 しかしそうではないのだ。おれはただ自分にくだされた任務のことを思い、そして自分が果たさねばならない使命について漠然とした気持ちでいたのだった。


「まあいいさ」


 ラナは突如、緊張を解いた。


「忘れないでほしい。わたしも、きみも、この王国が崩壊しないように手を尽くす仲間だと思っている。だから、必ず生きて戻ってくることを期待しているよ」


 そう言って、肩に手を置いてくれた。

 思えばすでにいろいろ察知されてしまっていたかもしれないし、コウエン団長から聞かされたうえでおれを試したかもわからない。しかしおれは、ラナから与えられた信頼の気持ちに応えたいと思った。


 おれはラナの手を取る。そのとき一瞬だけ戸惑うような反応があった気がしたが、確かめる前にそれは消えてしまった。


「約束しよう。またこの王都を前に会う、と」


 おれはその夜、王都を人知れず出て行った。



     ※



 騎獣は借り物だった。最初のうちはおれを舐めてうまく走ることができず、苦労したものだった。しかし二三日繰り返しているうちに騎獣のコツを掴んだみたいだった。とくになだめるときに耳の後ろを掻いてやると喜ぶし、走り終わってからしばらくは飯を一緒に食うことで、落ち着く時間が増えていった。そしてついに五日目には、おれは全速力で王族の使者が進む〈木陰の道〉を走っていた。

 追手のようなものはいまのところなかったが、油断は禁物だった。コウエン団長がこの移動の前から念入りに教えてくれたところに拠ると、主要な街道は必ずと行っていいほど商工ギルドの関係者が見張ってて、騎士の通過があればすぐに情報が伝わるという話だ。だから目立った宿場町はすべて迂回しないといけなかった。いまのところその方法は効果があるように思ったが、どうしても各所領をまたぐときに関所を通らないといけないのが難点だった。


 おれはそのとき、あらかじめもらっていた通行許可証を渡す。この手の書類は、たいてい商工ギルドが発行するもので、ギルドと領主、あるいは宮廷とが密接につながっていることを暗に示している。

 だが今回のような任務ではこれが裏目に出る。特におれが持たされたのが王族の特命に用いられる種別の許可証だった。だからほぼ一目で通行を許可してもらえるほどの権力を持つ一方で、見る人が見れば「王の密命が動いている」ことを貴族たちに教える羽目になるのだ。


 コウエン団長いわく、仕方がないとのことだった。


『今回は緊急だから、早さを取る。だから王族の所領を抜け、北方のフェルディナン子爵家領に入ったあたりからは厳重注意をするといい』


 いままさにそのフェルディナン子爵家領に入ったばかりなのだ。


 ここから先は時間との戦いだ。

 おれはそれほど賢いつもりはない。だが、こういうとき、つねに最悪を想定するようにしている。


 まず最初から筒抜けだった場合、だとすれば王都を出るか出ないかのうちから尾行されているはずだからこれはおそらく可能性としては低くなっている。

 次にあるのは、この関所を抜けたとたんに情報が伝わって、おれが追手に追われるような事態だった。これを念頭に置くと、なるべく集落や街を避けつつも、とにかく次の所領へ抜けてしまうことを目指したほうがいい。


 三日間走った。その間何もなかった。


 その先の関所を見つけたとき、おれはホッと胸を撫で下ろした。

 許可証を用いて早々に抜ける。おれはなおも急いで北上を続けた。


 こんな調子で四つの貴族の所領を抜け、十二の庄屋(じぬし)の土地を通過した。さすがに順調すぎて、おれはむしろ警戒した。おかしい。コウエン団長が心配していたような連中だったら、こんな抜けはつくらないはずだ。おれは警戒を怠らなかった。しかしそれが一週間、二週間と続くと疲労が身体に溜まってきた。


 そんなある日のこと──


 ひとつの集落の近くを通ることがあった。その集落はすでに怪物の被害を受けていてひと気がほとんどなかった。あばら家に風車の廃墟が目立ち、むなしく風切音が鳴るばかりの寒々しい場所だった。しかしおれは風が運んでくる悲鳴と怒号のようなものを聞き取った。よく目を凝らすと、凶暴化した四つ足の獣に囲まれた男たちがいた。

 遠目で見ていても劣勢に見える。すでに三人が斃れ、残るはひとり。それを十数の獣が唸り声をあげて囲んでいる。おれは立場上それを無視するのが正しいはずだ。しかしどうしても見放すことができなかった。


 騎獣に叱咤し、襲歩をさせる。身をかがめ、騎獣の疾駆と一体化する。そのさなか、おれは男に「掴まれ」と叫んだ。男はとっさに武器を捨てておれの手を取った。凶暴化した獣たちはおれたちを追いかけたが、騎獣のほうが早かった。けっこう瀬戸際だったが、獣たちの追撃からは免れたのだった。


「ありがとう。助かった」


 安全地帯に逃げ切り、ようやく一息ついて、男はウォーレンと名乗った。北方の領地で猟師をしていたが、怪物騒ぎでこそ泥になっていたらしい。その彼が腰に挟んでいるのはナタだった。

 おれは理由をあかせないが大事な用があると伝え、早いうちにウォーレンとは別の道をたどった。そしてまたしばらく長い旅路になったが、ようやく高地人の集落があるとわかる場所までたどり着くことに成功したのだった。


 そんなときだった。八本腕の巨人が現れたとの報を聞いたのは。

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