表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だってわたしの勇者様  作者: 八雲 辰毘古
第一章:だっておれが勇者だから
10/31

だっておれが勇者だから⑧

 目が覚めたらおれは英雄だった。


 まず知らない天井があった。梁が横たわる木目の天井──おれは生きているんだな、と思った。全身に意識が戻って来るのを実感すると、とりあえず手が握れるか、とか、足の指が動かせるか、などといったことを確認してみる。すごく億劫だったが、できないことはない。

 それから身体を起こそうとする。腹筋から背筋、体幹のあたりがバキバキで、かなり辛い。さすがに断念した。首筋も張っている。うっかりすると金縛りに遭いそうで、おまけにめまいもした。


 そのまましばらく寝ていると、突如ドアが開く音がした。

 別に気まずいことをしていたつもりはないのだけど、おれは目をつぶった。寝たふりをする。ドアに背を向けられたらより良かったが、そうはいかなかった。


 結局おれは仰向けになったままだ。

 そこに歩み寄る靴音。それから水がたっぷり揺れる音。止まった。桶かなにかが重く置かれる音、そこに手が入る……


 そういえば、おれは毛布を被せられたままだった。だが肌触りからすると、おれは半裸だったと思う。


 水が滴る音。何かがぎゅっと絞られて、さらに水が落ちて跳ねる。間違いない。手ぬぐいを絞っているあの音だ。おれの身体を寝てるあいだに世話しているやつがいる。その確信ができたとき、ふとイタズラ心が湧いて、驚かせてやろうと思った。

 何度も何度も絞る。回数を重ねるごとに滴る水の量が減る。ようやく軽く湿ったかなってくらいの分量になったらしく、足音はためらいがちにおれのほうに歩み寄った。それからしばらく間があった。おれでもへんな気を起こしそうなほどの、長い間だ。当の本人は黙っている。しょうじきだれなのかもわからない。第一ここはどこなんだろうか。疑問が無数にあった。だが、おれは頑張ってこらえた。


 少なくとも、怪物相手じゃない。ということはいまはふざけても問題はないはずなのだ。

 ようやく手が毛布にかかり、開いた。上半身に風が吹き込むような感覚と同時におれは目を開く。


「あッ」


 おれが見たのは。


「ラナ……?」


 鎧かたびらを脱ぎ、普段着に身をまとったラナだった。

 裾の長い貫頭衣に身を包み、青みがかった銀色の髪が戸惑いにきらめく。


 おれは驚きで、瞬きした。

 手足はまだ、意のままにできない。


 だから、とても滑稽な感じだった。


「な、なんだ……」

「いや、あの、目が覚めたんだけどさ」

「ならなぜ最初に言わなかった」

「いやあ、あはは」

「……」


 ラナは、しかし笑ってはくれなかった。

 ゆっくり歩み寄る。そして胸ぐらをつかむようにおれを起こした。


「一週間だ」

「……へ?」

「きみが昏睡していた日数を言っている。わたしが無茶をし、きみがそれを引き取ったおかげで、わたしは無辜の平民を殺したことになりかけた!」

「いやでも、いまは生きているから」

「医術師と看護のものが死力を尽くしたからだ!」


 おれはベッドに突き倒された。

 いや、あの動けないし、痛いです。


「せいぜい医術師に感謝するんだな」


 ラナはそのまま後ろ手でドアを閉めた。おれはその間背中に加わった痛みと格闘しながら、医術師の到来を待つしかなかった。


 やがて彼女が戻ってきて、医術師と看護師がふたり組でやってきた。おれの上体を起こし、いくつの触診と診察を経て、医術師はあと三日くらい安静にしてたら手足のリハビリを始めようかと言った。


「長い間寝込んでたからね。いきなりじゃ身体も動かないだろう」

「先生、おれ思ったんですけど、おれどうやって生きてたんですか?」


 ここでラナが割り込む。


「気づいていると思うが。もちろん魔女は斃せた。きみが水面下で待ち伏せし、魔女が潜った瞬間に心肺に当たる箇所に渾身の一撃を加えたことが決定打になったらしい。そのあとめちゃくちゃに暴れてて大変だったが、怪物は時間を掛けて衰弱し、死んだ」

「それじゃあ、やつらの死骸が残ってるのかな?」

「いいや。それが」


 ラナいわく、怪物の目から生気が失われ、事切れたと確信できた瞬間──黒い霧のようなものが死骸を包んで霧散したとのことだった。


「だから結局、やつらの正体については何もわかっていない」


 うつむく。その面持ちは、少し悔しそうでもある。

 そこに騎士団長のコウエンがやってきた。まるで最初から会話を聞いていたかのように、その言葉尻を取ってつなげた。


「だが、おかげで南部の集落は、ほかの地域よりも被害が少なくて済んだんだ。アウルくん」

「え、あ、はい」

「認めざるを得ないだろうな。きみの勇気のおかげで、王国の危機が少し好転した」

「はい」

「騎士団に入れる……というわけにはいかないが、どうもきみは幸運を持っているようだ。志願兵として、少し融通してみようと思うがいかがだろうか」

「……はい!」


 騎士団長コウエンの説明は簡潔でわかりやすかった。つまりおれは戦ってもいいが、基本的には騎士団の依頼で動く兵士のひとりになったってわけだった。


「もちろんこの決定に騎士団が全面的に賛成ってわけじゃない。少々やっかみがあるかもわからないが、まあきみのことだ。なんとかなるだろう」


 正直、この一言についてはなんとも言えなかった。


「おれは……あくまで王国の危機をどうにかしたいだけなんです。そこに地位とか建前とか、よくわからないし、どうでもいいと思ってます」

「いい心がけだ。我が騎士団もそうであってほしいものだが、どうもそういうわけにはいかんのだよ」


 なるほど。騎士には騎士なりの、身分の違いに基づく悩みがあるらしい。

 おれは無関係だ、そう言えたらどんなに楽だろうと思った。しかしおれはそんな世界に足を踏み入れてしまったのだといまさらながら思ったのだった。


「きみのことはすでに市井で話題でね。はやくも早とちりした平民の間で〝勇者〟の再来を口走るむきもある。さすがにそれはまだ、ばかばかしいと言われているが、それでもこれは怪物たちが世に現れて以来の快挙だといってもいい」


 コウエン団長は不敵に微笑む。


「わたしはきみを利用させてもらうことにしている」

「利用、ですか」

「そうだ。もちろん、きみが実力を発揮してもらえばそれに越したことはない。ただ、これまであまりにも不甲斐なかったものでね。平民と貴族の間で不穏な空気が流れていたのも事実なんだ」


 それで、おれを仲間にすることで、平民の不平不満を紛らわせようとしている、と。

 少なくともおれの得意分野でないことはよくわかった。


「好きにしてくれ。どっちにしてもおれにはどうにもならない」

「感謝するよ」


 コウエン団長が部屋を出る。それについていくようにラナも去っていった。

 その背中を医術師と看護師のふたりはにこにこしながら見送った。


「いやあ、いい子だね」

「ほんとにねえ」


 おれはなにかあったのかと尋ねると、ふたりは孫の話をまったり聞いているようなそぶりで、応えた。


「いやね。あの子は貴族の出でありながらわしらのような平民にもお優しい。あの子のお父様は北東のご領主様だと聞いているが、名君だと名高い方です。しかしそんなお方が、きみを連れてきて『なにがなんでも一命を助けてくれ』と叫んだときは、もうねえ」

「そうですねえ」


 医術師と看護師は息がぴったり合ったまま、たがいに目配せした。おれには何がなんだかよくわからないままだった。

 ラナって義理堅い、優しいやつなんだな。それがおれの感想だった。



     ※


 あとから知ったが、ここは王都の城館の一角らしい。騎士団長が保有している個室の区画で、余計な貴族連中やほかのやつらを近づけないための特別措置だったとか。


 三日間の安静期間でおれはたくさんの世間の事情を聞いた。南部に平和が戻ったこと。少なくとも水辺にいて襲われることはなくなったこと。西と東で怪物騒動に見舞われたひとたちが、南の農場や牧場に身を寄せ始めたこと……

 そのうち季節も夏の盛りが近づいて、あの村で寒々しく遺体を埋めた冬の日が遠い彼方にあることを知った。その時間の経過に驚き、慄いた。それだけの時間が経ってなお、なにものでもない自分に。


 続く三週間は、必死に身体を鍛える。まずは歩くことをやり直し、走ったり跳ねたりを繰り返す。コウエンが雇った医術師老夫婦が苦笑するほどの勢いで、おれは自分の身体の回復を測り、ときおり見舞いに来るラナに叱られた。なんでもない日の過ごし方が、妙に懐かしくて涙が浮かぶ日もあった。でも、世界ではまだ不穏な時事が聞こえてきて、おれはラナを通じてそのことを知った。


「翼を持った獅子」


 その話題が出たとき、おれは思わず身を固くする。抑えようと思っても全身の毛が逆立ち、怒りで眼の前の相手を焼き尽くすような気持ちでいっぱいになる。さすがのラナもおれの顔を見て言葉を止めたくらいだった。


「どうかしたのか」

「そいつが、おれの村を滅ぼした」

「そうか」

「やつはいまどこに?」

「わからない。それこそ風のようにやってきて、風とともに去る」


 だが、ラナが目下懸念しているのは八本腕の巨人のほうだった。かの怪物は北方を中心に暴れまわり、その圏内に彼女の父親の所領も含まれているからだった。


「便りでは息災だと豪語しているが……被害を聞けば決して落ち着いているとは思えない。おまけに高地人の連中も殺気だっていて、国境の警備も危ういと聞く」

「そうなのか……」


 高地人(ハイランダー)は文字通り山地の険しい箇所に住まいを持つ少数民族のことだった。獣の毛皮をまとい、入れ墨をすることから「獣人」とあだ名するものもいる。しかし彼らは王国とは表立っては対立していないし、毎年の王都の祭りで見世物をするくらいには友好的な関係だという話だった。

 それが、怪物騒ぎで交流が途絶え、はからずも高地人側の使者も謎の不審死を遂げたという。おかげで辺境の領主の猜疑心が深く、人間同士のいさかいも起きているのだ。


「ばかくさ。こんな非常時に争っている場合じゃないだろ」

「もっともだ。しかし、人の世の常そうも言ってられなくてな」


 ラナの父は、そのなかでも高地人との友好を回復するよう努力しているらしい。

 それでもなかなかうまくいかないうえ、まず怪物に襲われることから交流するための余裕すらつくれないとのことだった。


「おそらく次戦うなら北方の巨人との戦いに騎士団も注力せざるを得ないだろうな」


 ついでにいうと、東に現れる仮面の熾天使については目撃情報のみで、もちろん集落が消失するなどの異変はあるのだが、手のうちようがないのだとか。


「そう簡単に世界は平和にならないか……」

「そうだな」


 そんな話をした翌日、おれは神使のもとに呼ばれた。

 あの長い階段を、今度はひとりで延々と登る羽目になったのは言うまでもない。


 そのはてに、おれはまた薄布越しに神使と話をした。お褒めの言葉、王国は戦士アウルを認めることができないが、世の安寧を導いたことに対して深い感謝をいただく。

 だが本題はそこにはなさそうだった。隣を見ると、コウエン団長が控えている。そのせいか神使の声も、最初に会ったときに比べて硬かった気がする。その感じが気になって、おれは「なにか気がかりなことがあるんですか」と尋ねてみた。


 息を呑んだ。それから、急に微笑むような呼気が聞こえる。


「いいえ。しかしアウル様に重い任務をしていただなくては、と思って」

「大丈夫です。おれ、なんでもします」


 鈴の鳴るような笑い声が、くすくすと聞こえた。


「頼もしいですわね。そうおっしゃっていただけますと、わたしも少しは気が晴れます」


 それから神使はゆっくりと、言葉を選ぶように時間を掛けて、おれに任務を命じた。


「戦士アウル。王族のひとりとして命じます。あなたを、高地人の酋長ヒグマへこの便りを届けること。よいですね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ