無言の返却物
昼休み、時間が間延びしたような雰囲気の教室で、翔と総司はいつも通り、机を挟んで昼食を摂っていた。翔は購買で買って来た唐揚げ弁当、総司は家から持ってきた弁当である。体格の割に小食の総司の弁当は、女子高生の使うような可愛らしい二段の弁当箱である。
その席で、翔は何げなく、昨日鈴音の部屋から持ち帰った疑問を投げかけた。
「高校で一人暮らしってさ、どういう状況だと思う?」
そう訊かれた総司は、具にゃっと顔をゆがめて「は?」と返した。
というのも、そう聞いている翔自身が現在、絶賛一人暮らし中なのだ。
「翔がそれ聞くの? そんなの、翔の方が詳しいと思うけど」
「いや、俺のはさ、長い留守番みたいなもんだし」
総司は曖昧に首を傾げた。
翔の親はこの四月から、仕事で海外に行っている。
「俺からしたら、それだって立派な一人暮らしだと思うんだけど」
「そうじゃなくてさ……」
翔は少し考えてから続けた。
「例えば、1Kに住んでる奴ってさ、どう思う?」
「寮生活みたいなこと?」
「寮じゃなくて、普通に」
総司は首をひねりながら少し考えて、それから言った。
「あんまり聞かないけどね。大学生だったら、俺の姉ちゃんも一人暮らしだし。高校生は――でもまぁ、いてもおかしくはないか」
「それってさ、どういう状況だと思う?」
翔の質問に、総司はまた首をひねって考え、応えた。
「親がいないとか、親と仲悪くて家出してるとか、あとは、そういう教育方針。だとか」
「教育方針?」
「中学出たら一人暮らししろって言う、なんか、そういうの」
「あぁ……」
そういうこともあり得るかと、翔は小さく頷いた。
「それさ、誰か知り合いの話?」
総司が、やっとその質問を翔にぶつけた。
翔は眉を顰め、困ったような顔で腕を組んで応えた。
「全然知らない奴の話」
「なんだよそれ」
総司は小さく笑いながら応え、弁当のシュウマイに箸を伸ばした。
翔はちらりと鈴音の席に目をやった。
相変わらず鈴音の席は、昼間は誰も座っていなかった。近くには女子数名のグループが机を並べて弁当を食べていた。
◇
その日は最後まで、翔は鈴音と目も合わせることも無く、また当然、会話も無く放課後となった。翔の中には、相変わらず鈴音に対する何か、ひっかかるような気持ちを持っていたが、さりとて、自分から話しかけるほどの動機もないので、こんな気持ちは気のせいだろう、ということに決めつけることにしていた。
テニス部の総司は、今日は部活。
翔は一人、昇降口に降りた。この後は、臨時でバイトの招集がかかっている。いわゆる、ヘルプというやつだ。
上履きを脱いで下駄箱を開ける。
そこで翔は、異変に気が付いた。
自分の靴の上に、カードケースが入っていた。丁寧に、首紐まで綺麗に畳まれている。
「え?」
翔はそれを手に取った。
カードケースの中には、見慣れた従業員証。
ショッピングモールのもので、それはまさしく、翔の私物だった。
「なんで……」
翔はきょろきょろと昇降口を見回した。
そうして再び、自分の緊張した顔写真が貼ってある従業員証に視線を落とした。
どうしてこれが、こんな所に――。
本当ならリュックのサイドポケットに入っているはずの物である。
どこかで落として、誰かがここに入れてくれた、としか考えられない。
そうすると、翔の心当たりは一つだった。
昨日、鈴音を運んでいる時に落とした――。あの時はたぶん、リュックではなく上着のポケットに入れっぱなしにしてあったのだ。
ということは、これを、ここに届けてくれたのは、北条鈴音か?
翔はそこまで考えて、再び周辺を見回した。
当然鈴音の姿はあるはずもなく、また翔は、従業員証に視線を落とした。
◇
その日、バイトが終わった後、翔はいつもの通り、ショッピングモールの三階、フードコートの窓際の席に座っていた。タピオカミルクティーの太いストローを吸って、眼下の駐車場と、その奥の、ほとんど暗くて見えない歩道を眺める。
少しすると、由香利が翔を見つけてやってきた。
「あれ、今日もヘルプだったの?」
「あぁ、うん」
由香利は、翔の向かいに腰を下ろした。
「あ、今日牛丼用意してないや」
「あぁ、いいよいいよ。毎日牛丼じゃあ、ねぇ」
「毎日牛丼でも俺はいいけどね」
「えぇ、体に悪いよ。ハッシー、そういうの気にしてなさそうだけど」
「うん、してない」
「しなきゃ。体壊すよ?」
「その時はその時だな、自業自得」
まったく、と、由香利は弟の我が儘に応じる時と同じ笑みを浮かべて笑った。
翔は時計を何となく確認した後、口を開いた。
「由香利さ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「え、何?」
「もし家に、同級生の私物が落ちてたら、どう思う?」
「え、それは、どういう状況で?」
確かにそうだよなと、翔は言葉を付け足した。
「寝てる間に」
「寝てる間に!? え、それ、友達とかじゃなくて」
「うん」
「ストーカーってこと?」
「わからないけど」
由香利はぐにゅっと顔をゆがめて首を傾げ、それから応えた。
「怖いよ。友達が忘れてったとかじゃないんでしょ?」
「うん、とかじゃなく」
「怖い」
「やっぱり、怖いか……」
「それ、誰のどんな私物?」
「例えば……学生証とか」
「女の子の?」
「男」
「怖い怖い怖い!」
由香利は、驚きながら首を振った。
「勝手に入られたってことだよね、家に」
「ま、まぁ、そうなるな」
「えぇ……それホラーだよ。警察モンだよ」
警察、という単語が出てきて、翔は固まった。
冷や汗が、首の後ろから流れる。
「でも、別に何もされなかったとしたら?」
「なんでそれがわかるの?」
「え……あぁ、そっか」
「そうだよ。だって、寝てる間でしょ?」
「うん……」
「じゃあ、何かされてるかもしれないじゃん。考えただけで怖いよ」
「結構、気にする?」
「結構どころじゃないよ! え、それ、誰か知り合いの話?」
「い、いや……」
翔は、由香利から目を逸らせた。
「え、ハッシー、まさかと思うけど、何かしたの?」
「まさか! 俺が何するってんだよ!」
翔は首をぶんぶんと降った。
翔の声が、がらんとしたフードコートに響く。
翔の妙な必死さに、由香利はケラケラと笑った。
「でももしさ、そういう事があったとしたら、ちゃんと何があったか、知りたい、よな?」
「うん。まず、何してたのか、ちゃんと知りたい。怖すぎでしょ」
「やっぱ、そう、だよな……」
翔は上着の従業員証をリュックのサイドポケットにしまった。




