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聖女は地獄で焼かれたい

作者: 葉月双
掲載日:2024/01/11

「あたしたちは子供の頃、お互いを大切にしていた」


 狭くてカビ臭い地下牢で、赤毛の魔女が言った。

 赤毛の魔女は15歳で、美しいが幼さを残した顔立ち。

 囚人用のボロ服を着ていて、魔力を封じる枷が手足のアクセサリー代わり。


「魔女は全部、殺さなきゃいけない」


 同じく15歳の聖女が言った。

 聖女は鴉のような黒い髪に、真っ白な聖衣を着用している。

 冷たい印象を与える美しい顔はどこか悲しそうだった。


「助けてよ……」魔女が言う。「同じ孤児院で、助け合って生きていたじゃない……」


「私が次の聖女として、神殿に引き取られるまでは、ね」


 あの時、聖女は底辺の暮らしから抜け出したのだ。

 でも時々、孤児院のことを、魔女のことを思い出していた。

 聖女にとって、魔女は特別な友達だった。

 もちろん、魔女にとっても聖女は特別だった。

 夜、眠る前にお互いの頬や額にキスを落とすぐらいには、2人は仲良しだった。

 全て過去形。


「あんたを忘れたことなんて、なかったのに……」

「ならば魔女になるべきじゃ、なかった」

「あたしが魔女に弟子入りした時は! まだ魔女狩りなんて始まってなかったじゃない!」


 悲痛な声で、魔女が叫んだ。

 その叫びが、聖女の胸に突き刺さり、酷く痛んだ。

 聖女はヨロッと壁にもたれかかった。

 痛くて倒れそうだったから。

 できるなら、と聖女は思う。

 この赤毛の魔女を救いたい。

 だって、この魔女は。

 聖女の初恋。

 幼く、淡く、そして輝いていた。


「魔女を殺さなければ……」聖女が絞り出すように言う。「世界が地獄に変わる……」


 魔女は神殿が崇拝する女神様の明確な敵である、という方針が最近決まった。

 魔女という存在は世界に破壊と混乱をもたらすと。

 だから全て処刑しなくてはいけない。

 そのように神殿は決定を下した。


「じゃあ、あたしと一緒に地獄に堕ちてよ!」


 それは愛の告白のようだった。

 クソ塗れの地下牢で、痛みと悲しみに彩られた愛の告白。

 少なくとも、聖女はそのように感じた。


「……2度と魔法を使わないと誓って、他の魔女の情報を全て話すなら、命だけは助けられるかも……」


 それは聖女にとって、最大の譲歩だった。

 聖女という立場でも、何も思い通りにはならないのだ。

 神殿の偉い人たちを説得し、魔女の命を救うということは、恐ろしく難しい。

 それでも、赤毛の魔女が頷いてくれたなら、命を懸けてでも。

 けれど。

 赤毛の魔女は首を横に振った。


「できないよ……」


 赤毛の魔女は瞳に涙を溜めた。

 宝石みたいで綺麗だ、と聖女は思った。

 こんな汚れた地下牢で、唯一、輝く宝石。


「……じゃあ、救えない……」


 あるいは、聖女に神殿と敵対するだけの覚悟があれば、話は別だが。

 そんな覚悟は、今の聖女にはない。


「どうして……魔女ってだけで、死ななきゃいけないの……?」


 赤毛の魔女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

 聖女は咄嗟に手を伸ばしそうになった。

 でも我慢した。


「……女神様の、敵だから」


 神殿の偉い人の1人が、啓示を受けたらしい。

 魔女を滅ぼさねば、世界は地獄に変わると。

 赤毛の魔女は泣き続け、聖女はどうしたらいいか分からなかった。

 と、地下牢のドアが開き、枢機卿が入って来た。

 ドアの向こうには、神聖騎士たちもいる。

 ああ、処刑の時間が来たのだ。


「祈りは終わりましたか聖女」と枢機卿。


 聖女はコクンと頷いた。


「ではこちらへ」


 枢機卿に促され、聖女は地下牢を出た。

 その後、神聖騎士たちが中に入り、魔女を処刑台へと連れて行った。

 魔女はもう聖女を見なかった。


「お優しいのは結構ですが」枢機卿が言う。「あまり魔女と言葉を交わしてはいけません」


「祈っただけです」

「今後は控えてください。魔女に慈悲など必要ない」

「分かりました」



 神殿の敷地内の広場に、数え切れないほどの人々が詰めかけた。

 なぜならそこで、女神の敵である魔女が処刑されるから。

 ほとんどの人々にとって、公開処刑は娯楽の一つだった。

 国の重鎮や貴族たち、それに神殿関係者たちは、特等席に座っている。

 もちろん聖女も、その特等席にいた。

 赤毛の魔女は処刑台の上に立っていて、その台にはギロチンが佇んでいる。


 神聖騎士たちが魔女の両脇を抱えていて、魔女は虚空を見ていた。

 偉い人たちが、偉そうな言葉を羅列して、民衆が歓声を上げた。

 聖女はただ見ていた。

 魔女はギロチンに拘束され、あとは刃を落とすだけ。

 聖女は目を逸らしたかったけど、逸らさなかった。

 それが自分の選択だから。

 初恋の幼馴染みを、処刑するという選択。


 最期に。

 赤毛の魔女は聖女を見た。

 その表情は、

 微笑みだった。

 それを見た瞬間に、聖女は涙を流した。

 悲しくて辛くて切なくて、どうしても耐えられなかった。

 声は上げなかったが、涙は止め処なく溢れた。

 2本の柱に吊された刃が、滑るように落ちて。

 赤毛の魔女の首を切断した。



 聖女が処刑を見て泣いたことについて。

 神殿は後日、「優しい聖女の慈悲の心は、世界と女神様の敵である魔女にも向けられたのだ」と発表した。

 斬新な解釈でもなんでもなく、ただ神殿に都合の良い解釈だった。

 それでも、民衆はそれを信じた。

 みんな愚かだ、と聖女は思った。



 その日以降、聖女は積極的に魔女狩りに参加した。

 その有り余る神聖力を用いて、自ら魔女と戦い、手に掛けることもあった。

 魔女を殺して、殺して、殺し続け、やがて聖女は『鉄槌の聖女』と呼ばれるようになった。


「あの子が死んだのに、他の魔女が生きているなんて許せないじゃない」


 聖女は壊れた笑みを浮かべながら、嬉々として魔女を狩った。

 処刑、処刑、処刑。

 聖女の人生は鉄槌と血と怨嗟に彩られた。

 木漏れ日の中でまどろむような、穏やかな時間は聖女には必要ない。

 隠れた魔女も、逃げた魔女も、年老いた魔女も、幼い魔女も、全部見つけて、全部殺した。

 全ての魔女を殺しきった頃、聖女は40歳になっていた。


「聖女様、最後の魔女の処刑が終わりました」


 教皇が聖女の前に跪いた。

 聖女はいつの間にか、大陸でもっとも恐ろしい人間として君臨していたのだ。

 なぜなら聖女は、身内にも容赦なかったから。

 進んで自らの勢力を作り、権力を強化し、対立する者を処分し続けた。

 気付いたら教皇ですら、聖女の操り人形に過ぎない状態になった。


「そう。ではこれで世界は平和になりますね」


 聖女は淡々と言った。

 あの日以降、聖女は泣いたことも笑ったこともない。

 涙は涸れたし、笑顔は息を引き取った。


「はい聖女様。あなた様のおかげでございます」


 まだ若い教皇は、心からそう言った。



 聖女はそれからの5年間、世界をただ観察した。

 徹底的に観察し、隅々まで調査した。

 そして気付いてしまったその日。

 聖女は泣きながら大声で笑った。

 あの日を境に露と消えていた感情が、蘇って溢れたのだ。

「何も変わらないじゃない! 魔女を全部殺したのに! 世界は平和ではないし、秩序は保たれていないし、飢えは消えないし、欲望の犠牲者も減らないじゃない!」


 そこは聖女が1人で女神に祈りを捧げるための祈祷室。

 無駄に高価な装飾が施された壁に、同じく無駄に高価な装飾に彩られた柱。

 その上、聖女しか使わないのに無駄に広い。

 ステンドグラスから差し込む光は淡く幻想的だが、聖女の心には響かない。

 聖女は女神像を見上げる。

 凄まじい金を使って創り上げた虚像。

 芸術的で美しいが、何の意味もない。


「なぜ魔女を殺させたの!? なぜなの!? 世界は何も変わらないのにっ!」


 聖女は半狂乱になって叫んだ。

 自分のやってきたことに、何の意味もなかったのだから。

 初恋を殺してまで、聖女として生きたのに。


(魔女を殺せなど、わたくしは言っていませんよ)


 聖女の頭に直接、涼やかで柔らかな声が響いた。

 それが女神の返信だと、聖女は直感的に理解。

 女神はそれ以上、何も言わなかった。

 だから聖女は自らの権力をふんだんに使い、当時のことを調べ上げた。

 結論として、「魔女を滅ぼせ」という啓示は嘘だった。

 当時は神殿の神聖や権力が没落している最中で、敵が必要だったらしい。

 だから当時の神殿幹部たちが相談し、偽の啓示を受け、偽の敵を作りあげ、それを滅することで民衆に神殿の力を示したのだ。


「私はなんて愚かなんだろう!」


 聖女は祈祷室で泣いた。


「なぜ今の今まで、気付かなかったのか!」


 赤毛の魔女を処刑してから、妄信的に魔女狩りを続けていたから。

 それが正しい道であると、唯一の道であると、信じていたから。

 そう信じなければ、自分の心が保たないと分かっていたから。


「権力のために! 人は残酷になれると! 知っていたのに! この私がそうだったのに!」


 どんな嘘でも、勝てば真実になる。

 陥れようが騙そうが、勝てばいいのだ。

 最悪なのは、聖女がその策謀に最も貢献したことである。

 神殿の地位は今や大陸で最高のものだ。

 全ての国の王や皇帝が、聖女と教皇に頭を下げる。


 神聖騎士団は他に類を見ないほど屈強で、神殿と聖女の戦闘能力は、数日で一国を滅ぼせるレベルにまで昇華していた。

 本当に長いこと、戦い続けたのだ、と聖女は思った。

 魔女は強い。

 本当に、本当に彼女らは強かった。

 まぁ、だからこそ、魔女の力が破壊と混乱をもたらす、なんて戯れ言が通用したのだ。

 そんな連中と戦い続けたのだから、神殿が強くなるのも当たり前の話。


「女神様! 女神様!」聖女が叫ぶ。「私を地獄に落としてください! 私を地獄の業火で焼き尽くしてください! あの子のために! 私が殺した魔女たちのために!」


 全てが虚構。

 もはや生きる気力はなく。

 未だに忘れられない初恋が、聖女を蝕む。

 自分の行いが女神とも世界平和とも関係なく、ただただ、人の欲の成れの果てだったことに、深い絶望と激しい憤怒を覚えた。

 憤怒に関しては、自分自身への憤怒だ。


「お願いです! 私を殺して! 地獄で最も苦しい罰を与え、万年の苦痛を下さい! お願いします!」


(いいでしょう。では地獄を選択してください)


 女神の優しい、鈴のような声が聖女の頭に響き。

 世界が暗転。


「ああ、良かった」と聖女は言った。



 聖女が目を開くと、そこは自分の部屋だった。

 それも、15歳の時の部屋。

 鏡を見て、自分が若返っていることに驚いたが、すぐに冷静になった。


「ここは地獄……のはず……」


 椅子に座り、焼かれるのを待つことにした。

 しばらく待っていると、神殿所属のメイドが入室。

 普通のメイドと違って、彼女らは助祭見習いである。

 見習いの間は、神殿で雑用をこなすことから、メイドと呼ばれている。


「聖女様、地下牢に向かわれる時間です」

「え?」


 聖女が目を丸くすると、メイドがキョトンとした。


「処刑前に、魔女のために祈るのでしょう?」


 その言葉で、今日がいつなのか、聖女は理解した。

 そして立ち上がり、急いで部屋を出た。


「せ、聖女様!? 走ってはなりません!」


 メイドの声が背中越しに聞こえたが、聖女は無視した。


「私は回帰したの!? なぜ!? 地獄に堕ちたのでは!?」

(堕ちなさい、地獄に。望むままに)


 女神の声が聞こえた。

 望む地獄に堕ちられるのなら、私は。



「久しぶり」


 クソ塗れの地下牢で、聖女の姿を見た赤毛の魔女が言った。

 聖女は言葉に詰まった。

 本当に、本当に、彼女だ。


「ねぇ覚えてる?」赤毛の魔女が言う。「あたしたちは子供の頃、お互いを大切にしていた」


 うん、覚えてるよ。

 忘れたことなんて、ないよ。

 聖女は泣き出した。

 どうしようもないほど、涙が溢れる。


「ど、どうしたの!?」赤毛の魔女が狼狽して言う。「あたしだって知ってて、来たのよね!?」


 聖女はしらばく泣いてから、聖衣の裾で涙を拭う。


「魔女を殺さなければ、世界が地獄に変わる」と聖女。


「だったら、あたしと一緒に地獄に堕ちてよ! あたしを見て泣くってことは、あたしを処刑したくないんでしょ!? ねぇ助けてよ!」


 魔女は必死な様子で言った。

 聖女は微笑んだ。

 なるべく優しく、なるべく穏やかに、なるべく温かく。

 その微笑みを見た魔女が、少し驚いたような表情を見せた。


「うん、堕ちよう、地獄」


 聖女は神聖力を使って魔女の枷を破壊した。

 その時に、自分の力が死んだあの時と同等の力だと気付いた。

 つまり、長く戦い続け、大陸最恐と呼ばれた『鉄槌の聖女』の神聖力を持ったまま、回帰したということ。


「あ……え?」


 魔女は酷く驚き、状況をシッカリ理解できないでいた。


「堕ちるよ、どこまでも。地獄の底まで行こう。私はあんたが好き」


 聖女は魔女を抱き締めた。


「す、好き!? 友達として!?」

「それ以上。あなたは違うの?」

「ち、違わないけど、今言うと、助かりたくて言ってるみたいになるから、言わない」


 魔女は照れて頬を染めている。

 可愛いな、と聖女は思った。


「行こう」


 聖女は魔女の手を引いて、地下牢を出る。

 そうすると、枢機卿と神聖騎士たちがいて、聖女と魔女を見て目を丸くした。


「せ、聖女様!? 一体、どうして魔女を!?」


 枢機卿が焦った様子で言った。

 ああ、そういえば、と聖女は思う。

 こいつが啓示を受けたと嘘を吐いた偉い人だ。


「うるさいクソッタレ」


 聖女は淡々と言った。

 その暴言に、枢機卿と神聖騎士たちは放心した。

 聖女が何を言ったのか、よく理解できなかったのだ。


「聖女様は……魔女に操られているのだ!」


 そう言って剣を抜いたのは、神聖騎士の1人。

 その人は未来で、騎士団長になる。

 頭が固くて、聖女にとっては扱いやすかった。

 だって、頭が固いということは、深く考えないという意味だし。

 戦闘能力の高いバカほど、利用しやすい人間はいない。

 赤毛の魔女が、繋いだ手をギュッと握った。

 そこから不安と恐怖が伝わってくる。

 神聖騎士たちがみんな剣を抜く。


「その程度の神聖力で」


 聖女は魔女と繋いでいない方の手を将来の騎士団長に向ける。


「この私に、勝てるとでも?」


 騎士団長の方を向いている掌を、ギュッと握る。

 そうすると、騎士団長がグチャグチャに潰れて息絶えた。

 膨大な神聖力で単純に押し潰したのだ。

 もはや騎士団長は原型を留めていない。

 それを見て、枢機卿と他の騎士たちが「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 赤毛の魔女は驚いた様子だったが、声は上げなかった。


「そ、そんな……」枢機卿が腰を抜かし、床に尻を突く。「歴代の聖女たちも、教皇様ですら……それほどの力は持ってない……」


 でしょうね、と聖女は思った。

 これはだって、長いこと魔女たちと戦い続けて得た力だから。


「嘘の啓示を撤回しなさい」と聖女。


 今後、追撃されないように神殿を滅ぼすという手もあるが、それは避けたいと聖女は思った。

 クソみたいな欲望が渦巻く伏魔殿だとしても、長い年月を過ごした家であることに、変わりはないから。


「う、嘘の啓示など……」


 枢機卿の言葉の途中で、聖女は枢機卿の左手の小指を折った。

 触れることなく神聖力で。

 枢機卿はしばらく悶絶してから言う。


「聖女様! 神殿は今! 求心力が低下しているのです!」

「知るか」


 聖女は枢機卿の、右手の小指も折った。


「単純な話よ」聖女が言う。「魔女が女神様の敵だという嘘を撤回しなさい。もしできないなら、私が神殿を滅ぼす。ちなみに、最初に殺すのはあなた」


 聖女は枢機卿を指さした。

 今の聖女には、神殿を滅ぼすだけの力が備わっている。

 聖女が強すぎるというのもあるが、神殿の戦闘能力は、今はまだそこまで高くない。

 今後、魔女たちとの戦闘で徐々に力を付けていくのだから。

 結局、枢機卿は聖女の命令に服従した。



 聖女は魔女の魔法で空を飛んでいた。

 穏やかで、暖かく、青い空を。


「あんた、めっちゃ強くてビックリした」と赤毛の魔女。

「あなたも、空が飛べるなんて凄いわ」と聖女。


 空を飛べる魔女は、かなり高位の魔女だ。

 つまり、この赤毛の魔女も相当強いはずなのだが。

 まだ幼く、残酷になりきれなくて、捕まったのだ。

 もしこの子が本気で暴れたら、結構な被害が出ただろうな、と聖女は思った。


「これからどうするの?」と魔女。


「一緒に地獄に堕ちるんでしょ?」

「じゃあ、とりあえず、一緒に住もっか」


 ニカッと魔女が笑う。

 聖女と魔女は、繋いだ手をギュッと強く握った。


「そうね。お花畑の近くがいいわ」聖女が言う。「大きな木があって、その下で昼寝をするの。木漏れ日の中でまどろむような、そういう穏やかな地獄に堕ちたい」


 聖女は思う。

 女神様は、私に過ちを正すチャンスをくれたのだ、と。

 だから、これは本当に優しい地獄。


「意外とロマンチックな地獄ね」


 魔女が聖女を抱き寄せる。

 2人はゆっくり飛行を続けた。

 そして、とある山腹に色とりどりの花畑を発見し、そこに降りた。

 甘い香りが、柔らかな風に乗って漂っている。


「ここはどう?」赤毛の魔女が言う。「あそこに、木を植えて、あっちに家を建てるの」


「うん。素敵」


 聖女は魔女の頬にキスをした。

 魔女が照れて、口をパクパクと動かす。

 ここは本当に素敵な場所。

 人里と離れているのもポイントが高い。

 聖女はもう、俗世とあまり関わりたいとは思っていない。


 どうせ、何も変わらないのだから。

 聖女が有り余る能力を使って何かを成したとしても、本当に、世界は微動だにしない。

 だから。

 自分と初恋の幼馴染みさえ守れたら、それでいいと、聖女は心から思った。


「まぁでも、まずはあなたの服からね」


 魔女の着ているボロの囚人服を見て、聖女が言った。

 魔女にはいつも可愛い服を着て欲しい。

 きっと似合うと思うから。


「違うよ、まずは反撃から!」


 そう言って、赤毛の魔女が聖女の頬にキスをした。

 聖女はまるで時間が止まったかのように錯覚し、

 赤毛の魔女の唇の感触に、

 心が震えて泣きそうになった。

 でも泣く前に、聖女は女神に感謝した。

 この愛しく、

 優しい地獄を、

 ありがとう。


end


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― 新着の感想 ―
[良い点]  どうにもならないどん詰まりで啓示を与える女神の悪辣さ、作中最強に描かれる聖女も女神に掛かれば塵芥程度だからとんでもないとこで種明かしして楽しんでんでしょうね正に触れえざる超越的存在。 […
[良い点] 楽しくて読みやすくて、ほろ苦くて落ち着く結末でした [一言] 個人的にはハッピーエンドの前にもっと苦しんでほしかった
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