勉強
「神田ぁ」
ヒットを見届けてネクストバッターズサークルへと向かおうとすると、監督に呼び止められた。
「なんですか?」
「勉強さして貰ってこい」
指示とかじゃないんか。
「ウス」
空返事して、待機場所へ向かう。
軽くストレッチして素振りしてる間に、少し考えた。
さっきの監督の言葉は……敬遠はない、ってことだろうか。勝負してくると読んでいる。
そのうえでバントはするな、とも言っている。まあ最初からする気はない。
つまり、勝負しろ、ということだろう。
あまり考えるのは好きじゃない。けれど気になってしまって、考えている間にバッターボックスではカウントが進んで行く。
キィン、と打球音。レフト方面へ飛んだボールはファールポールを掠めて観客席へ。惜しい。少し内なら今のはホームランだった。
これでフルカウント。
「何球投げたかな」
打たれてるから当然、けっこうなペースで投げている。あれだけ投げるならスタミナ切れも早いだろう。
疲れてくれば球威は落ちる。心もすり減る。
保って六回までだろうか。もっと早いかもしれない。そしておそらく向こうのチームには、あれ以上の投手は望めない。
「元気な内に点取れ、ってことですか」
打球音。ライト方面への流し打ちはファーストの頭上を越えて、走者は一気に三塁を狙う。
ノーアウト一、三塁。
ホントにすぐピンチになるな、あのピッチャー。うちは打線が課題だって言われてるんだけど。
バットを小脇に抱えてバッターボックスへ向かう。
相手の投手は左投げ。球速はそこそこ。制球良し。変化球はわりと良いカーブと、まあまあのシュート。
カーブは投球時、わずかに腕の角度にクセが出る。
「ストライク!」
いや、クセ消せるんかい。
甘いコースのストレートを振ったらガッツリ変化して、ボールはバットの下をすり抜ける。
今まではわざとクセを出して見せていたのだろうか。そして四番を相手に釣ってきた。小手先の技を使ってくるね。
「たしか……なんの資料もないんだっけか」
あの投手、調べても公式試合の記録ゼロだったらしい。それでは対策の立てようもないが、そういう利点も有効活用してくる。
テレビカメラもいるし、今のはバッチリ映像に残った。二回戦からは使えないはず。有効に使えるのは本当に今だけだ。
……というか、本気で勝負してくるんだな。
まだ塁は空いている。自分を敬遠して次で勝負もできるだろう。
しかも、まだ三回。こっちが気づいているかどうかも定かじゃないのに、変化球のクセの仕込みを使うのは気が早い。なのに切り札を切ってきたってことは……それくらいはできるだろと信用したうえで、本気で打ち取るつもりだ。
間違いなく次も切り札を出してくる。
「……勉強さして貰います」
バットを構える。ピッチャーが振りかぶる。
球威はともかく制球はいい。内か、外か。高めか、低めか。カーブかシュートか。勘でしかないが今のカーブで動揺したところを狙ってくるとしたら、おそらく少しでも変化したらボールになる際どいところに直球がくる。
打つ。
次の球は、ストライクゾーンど真ん中だった。
―――は?
遅い。甘い。失投? まさか。けれどこの相手ならあり得るか。何にしろ絶好球。
違和感を拭えぬまま、掬い上げるようにバットを振る。
ボールの軌道が下へ変化する。
「落ちっ……」
んなら、もっと落ちてくれ。
芯を外されて、コ、と気の抜けた音と共にボールは転がって、ピッチャー真正面。
自分が一試合で二度のゲッツーを捕られたのは、いつ以来だろうか。