2.弟
十月半ば、日蔓が退院して少しした頃。
とある噂が日蔓の耳に飛び込んできた。
「全家門集合の合同かいぎぃ?」
耳を疑う噂を突っ込んできたのは天葵守明。日蔓家同様この界館に多大な影響を与えている名家の一つである天葵家の、そこの次男。
「そうそう。俺らも強制出席だと」
「いや合同なら僕主任として出るし。もう縁切ってるもんねー」
「お前家と仲悪いもんなぁ」
守明と日蔓が向かい合って話していると、珍しく白梅課長が出てきて勝手に二人の机に椅子を引っ張って除菌してから座った。
机と、二人も除菌しておく。
「うわっ!」
「ちょっといきなりかけないでよ汚い。空気中の花粉もハウスダストも全部向かってきたんですけど」
「何ッ!?」
白梅は勢いよく立ち上がり、日蔓はそれを鼻で笑った。潔癖すぎる潔癖女の異名で通るほどの潔癖症。ちょっとからかえば過剰反応。
結局ハンカチを引いて座った白梅を、二人は何の用だと睨む。
「なんか用?」
「合同会議の話が聞こえて」
「白梅も聞いてんのか……。どうしよっかなー」
「白梅もって、四家全員聞いてるぞ。四家合同の中で決まったんだから」
「あっそう。僕関係ないもんね」
日蔓は弟に連絡し、日蔓のぶっきらぼうな態度に二人とも溜め息をついた。
「……てかそんな会議してどうすんの?」
「全国的な実力底上げだよ。才能ある奴はここの護衛に回らせて才能ないやつにある奴の穴を埋めさせる。今回の底上げは各県に散らばる四家を使った方法になった」
「今回はって、前回もあったのか」
「前は守明ちっちゃかったからねー」
前は計十八班と十八人の主任、三人の課長、部長十五人に専務三人をフル活用し、各県に一つずつ師範代を送って訓練をさせた。
結果、曄雅達一班が担当した滋賀支部が急成長を遂げた。
「じゃあ今回の有能育ては曄雅だな」
「いや七竈先生だろうよ。教育の腕は! 僕より全然いいからね」
「腕は、な……」
日蔓と白梅は蘇る悪夢に溜め息をつき、守明は首を傾げた。
その夜、本当に合同会議の連絡が来た。主任以上は明明後日の十時に第六会議室で、と。一番大きく席数の多い会議だ。そりゃあんだけ集まるんだから当たり前か。
翌日、日蔓が会議面倒臭いと静璐に愚痴りながら校庭で走り回る未優を眺めていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。
「にーざーん!」
二人の耳を貫き、目を丸くするのも束の間日蔓の首が締まる。
「首ッ!? 息ッ……!」
「わっ!? そっくり!」
「……誰?」
「死ぬ……!」
日蔓は首を絞めてくる腕を剥がし、前に立たせた。ほんとに死にかけた。支配人の時より死にかけた。
「兄さん、それ誰?」
「弟……」
「僕の部下。静璐だよ」
「……へぇ」
「静璐、弟の尊音」
「弟いたんですか!? でも確かに顔そっくり……!」
「姉もいるんだけどね。母親が違うから会ったことない」
静璐は目を丸くし、尊音を頭から足先まで観察した。
本当に、ちょっと身長が低くて髪が短い日蔓みたい。目の青は日蔓の方が少し深いだろうか。日蔓は海のような青だが、尊音は青空のよう。
「……兄弟揃ってイケメンっすね」
「まぁ日本人とは顔の作りが違うからね。でも元日本の血筋だからそこまでだよ」
日蔓は指揮台に立ち上がると、五十メートルシャトルランをしている未優を呼んだ。
まだ機嫌のいい日が続いている未優は全力で走ってきて、台の手前で踏み切ると指揮台に飛び乗った。
日蔓は未優の頭に手を乗せ、未優は尊音を見下ろす。
「……ちっさ」
「君よりマシじゃない?」
「トンカチとの差が」
「傷付くよ」
日蔓は未優を黙らせ、指揮台から降りた。
「じゃ二人とも、尊音と仲良くしててね。僕一走りしてくるから」
「え?」
日蔓が逃げたと思えばどこからか現れた線蓮が猛ダッシュしていき、三人で目を丸くした。
しかし線蓮は日蔓に追いつく前に止まると三人の方へ戻ってくる。
「久しぶりじゃな尊音君」
「凄い息切れしてない」
「息の使い方がある」
「線蓮さんは相変わらず兄に執着してますね。翠狼君が泣きますよ」
「だってあいつ裏切った」
「そもそも信用はされてないと思いますが」
なんだろうこの日蔓にはない毒舌感。
静璐が未優の耳を塞ぎながら、笑顔満点で毒を吐く尊音を見下ろしていると、またどこからか誰かが走ってきた。誰かと言うか、日蔓が。
傷がまだ癒え切らない体で見事に線蓮に飛び蹴りをする。
「尊音に触んな」
「ブラコン!」
「違うよー。線蓮が触ったら僕尊音に触りたくないもん」
「……僕着替えてくる」
「風呂もね。行ってらっしゃい」
変な会話だなぁと聞いていると、何かにハッとした日蔓が尊音に向かって大きく手を振った。
「明明後日に会議あるから出席するなら!」
「聞いてるよー!」
「……僕だけか」
家の嫌がらせか、ついに諦めてくれたか。やったね。
「二人も出るんだよ。支配人の目的なんだから」
「はぁい」
「分かりました」
そして三日後、静璐に引っ張られて時間通りに来た日蔓は二人とともに会議室に入った。
未優は総会の反省を活かしてワンホール持ちで。
既に見知った顔が何人かと、知らない顔も何人か。日蔓の方にも知らない女子が一人いる。
「日蔓さんってほんとにギリシアの血筋なんすね」
「明らか日本人の顔ではないでしょ」
「いやぁ……」
「日蔓、あれ誰?」
「先代当主の配偶者。指ささないの」
明らか一人だけ異質な雰囲気を放っている。なんと言うか、圧らしい圧。
曄乃の圧があるから霖弦たちは曄雅に突っかかれないし皆も黙っている。十二年前、支配人に一班二人が殺され曄雅が重傷を負ったと聞きブチ切れた曄乃がいるから。
「また会議して何するの? 私足痛い」
「痛いの? 筋肉痛?」
「……かも」
「珍しい。動かなくならなくてよかったけど」
日蔓は未優の頭を撫で、静璐はふと扉の外に視線を向けた。視線が刺さると思えば、日蔓ストーカーダブルが揃っている。
「日蔓さん」
「やめて気付かないふりしてんの」
「ようがー!」
「うるさっ!」
線蓮と鬼燈は日蔓に突っ込み、ラムネは未優の膝に飛び乗った。
少しして、技術屋として丁字と大扇、祝陽に、それをまとめる技術統括課長の唐瓜がやってきた。
丁字は未優の元へ、大扇は日蔓の元へ、祝陽は家族の場所へそれぞれ飛んでいく。
「未優さーん! 足見せて足!」
「ラムネいるから無理。それよりなんで丁字が」
「今日は……! だーもう鬱陶しい! 今日は丁字はウェアをどこまで強化できるかと大扇と祝陽は武器担当。主戦力はこの三人になるからね」
「今のままじゃ駄目なの?」
「駄目だよ。少なくとも武器はね」
未優がほけぇとよく分からない顔をしていると、既に手一杯の日蔓の元にさらにもう一人やってきた。違うもう二人。
「兄さんッ!」
「曄雅せんぱーい!」
尊音と翠狼まで飛び付き、ついに日蔓が潰れた。
人の山の中央から負のオーラが漂う。
線蓮は曄雅を愛で、大扇と翠狼で曄雅を心配&歓喜し、鬼燈と尊音で絶賛オタク語りし、日蔓家の周りとは違い大騒ぎ。
「……うっざ」
曄雅は顔を逸らしながら小さく零し、それを耳ざとく聞いた皆が黙った。
「曄雅」
「ウザい気持ち悪い邪魔だしここに何しに来てんだか。帰ろっかな……」
鬼燈は興奮し、それを線蓮が引きずって行った。
大扇は唐瓜に引き取られ、尊音と翠狼は静かに口を押える。
この人の周り相変わらず面白いなぁ。
「……尊音、なんで来たの」
「ほら、暇な時期だから」
「……心臓が冷える」
「兄さんは大丈夫だよ。僕ちゃんと知ってるから」
暇=掃除と言うのを知っている曄雅は胸を押え、表情を固くしたまま顔を逸らした。
大丈夫、兄さんの周りを囲む人はだいたい分かったから。
それから少しして、四家とこちらの役職持ちが全員揃った。




