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鏡界館  作者: 織優幸灔
四章
145/155

5.元嫁

「ねー行き先ぐらい教えてくれてもよくない?」

「良くないかなぁ」



 優羽に手を引かれ、目隠しされたままどこかを歩く日蔓はまるで見えているように障害物をふらふらと避けながら天を仰いだ。



 最近暖かくなってきたし、未優と静璐を花見にでも連れて行くかな。






「はいとーちゃく」

「は?」

「じゃ頑張って」




 優羽の足音が遠ざかっていき、えーと思いながら横からの拳を受け流した。

 誰かと思えば静璐。左から静璐、右から未優、左後ろから希愛海(ののみ)、真後ろから衝羽かな。


 阿菫(あとり)と、たぶんその弟子も周囲にいる。



「これどーゆーやつ? 全員倒したらいいの? 逃げ切れとかそんなん? んなややこしいのじゃねぇか。受け身とってね」




 目隠しを結び直して、片足軸でふらっと避けた。


 まず、右足を刺そうとしてきた希愛海の背を踏み倒すと後ろからの衝羽の拳を避けて掴んだ。

 前に引っ張ると肩を押して横に倒し、静璐と未優も軽くあしらう。



 阿菫はさすがに分かりにくいが、弟子が阿菫に合わせている動きなのでだいたい予測はつく。



 からかってもいいが見えないので反応が分からないよなぁと思いながらも、ふと足を止めてみた。


 三人ともここぞとばかりに刃物を突き立てたが、日蔓が避けないせいか自滅する者一名。

 あと二人の峰を掴み、軽く引っ張るとそのままズデッと転ける音がした。



「はい負け。僕界魔役じゃないの?」

「ずるい……」

「ずるいも何も刺されるわけないでしょー。臆病さは直ってなさそうだね」

「皆こうなりますから!」



 目隠しを取って、足の下に敷かれた阿菫を見下ろした。


 未優なんて仰向けに大の字にあくびしてるし。




「なんでこんな分かるんですか。目隠ししたのに」

「視界なかったら聴力が鋭くなるからねー」

「優羽さん耳栓ッ!」

「大丈夫だよ阿菫君。かつて目隠しと耳栓と両手封じた状態で一ランクに勝った子だから」

「人間やめてます?」




 倒れたままの皆を起こして、未優と静璐に異常がないかを確認した。

 未優はちょっと痛そう。



「よしよし」

「ちょっとは強くなったと思ったんすけど……」

「目隠しされてたからなんにも見えなかったけど。動きはよくなってたよ。特に向き転換と踏み切り。早かった」

「見えてないのに分かんの?」

「うーん音でね」

「優羽さんが日蔓さんの昔の訓練動画送ってくれて。それ見ながら七竈(しちくど)さんに教えてもらったんです」

「豪華だねー……? 未優も?」

「あの人嫌い」

「よく似たことで。じゃあ未優は僕とね」

「日蔓さん俺も」

「緋愴呼んどいで。耐久マッチしよう」




 静璐が界魔の塔に走っていったので未優は日蔓と手を繋ぎ、一度指揮台に戻った。



「あー疲れた」

「曄雅ストレス溜まってるよ?」

「そう?」

「癒しの彼女ちゃんでも作ったら」

「面倒い。僕はそれより優羽の将来の方が心配でならない」

「僕はいーよ別に? 曄雅は跡継ぎどうこう言われてんでしょ」

「ドッペルが子供持ってるからなぁ。最悪そっち取るんじゃない? なんなら尊音にでもやらせるでしょ。プライド高いから僕より尊音使うだろうし」

「それでいいのかお兄ちゃん」

「いいんじゃない? 泣きついて来たら助けるよ」



 日蔓は未優から水を貰い、それをぐいっと飲んだ。


 未優もそれを一口飲むが、やっぱり嫌いなのかすぐに蓋を閉める。



「まず……」

「慣れないねぇ」

「お茶ないの?」

「美味しくないって言ってたじゃん」

「前買ってたやつ」

「あー……れどこやったっけ。そういや買ったな。静璐の方が覚えてるかも」

「もー!」



 不満を表す未優の頭を撫でて落ち着かせていると、静璐が緋愴を連れて戻ってきた。

 ここの並びももうすっかり見慣れた。



「お待たせしました」

「トンカチ、お茶どこ?」

「お茶……?」

「前買ってたやつ。未優が飲めた」

「あぁあれ! 棚の中に入ってますよ。ココアとか入ってる」

「……あったっけ?」

「入れました。あとは知りません」

「あったかも」

「みゆ〜」

「日蔓が覚えてないのが悪い!」

「えー」




 日蔓が未優と静璐とマンションに戻って行ったので優羽は指揮台に座り、足を組んだ。



 日蔓の背中を見送り、溜め息をつく。



「優羽さんもストレス多そうですけど」

結楽(けいらく)がいないから曄雅と喧嘩できない」

「喧嘩がストレス発散ですか」

「絡みが発散というか、ストレスの容量を大きくする唯一の方法だったんだよ。……また髪染めないと」

「白く?」

「かなぁ。白に青と……なんかのメッシュでも入れよっかな」

「真っ白にしたらいいのに」

「やだ。シンプルすぎて飽きる」



 優羽は顔を押えたまま後ろに寝転がり、数秒してまた溜め息をついた。


 ふらっとやってきた線蓮が指揮台に座って優羽の頭を撫でる。



「……線蓮、髪染めない? ハイトーン」

「美容室嫌い」

「セルフでさ」

「面倒臭い」

「僕やってあげる」

「素人に任せるほど怖いことはない」

「……なんで美容室嫌いなの?」

「美容師が嫌いだから。だいたいウザイししつこい」

「分かるなぁ」



 元カノの一人が美容師の線蓮とストーカーの一人が美容師見習いだった優羽は偏見の塊で共感し、衝羽や阿菫は頬を引きつらせた。


 視線を見合わせ、二人して首を横に小さく振る。



「嫌いな職業ランキングは?」

「上から医者、パティシエ、株主、美容師、教師、新聞配達とか郵便配達員」

「えー意外。仕事に混ぜて手紙とか意味分からんもん入れてくるから?」

「そう。医者と株主と教師は地位にすがってあとは職業柄に漬け込んで意味分からんもん突っ込んでくる」



 最近はもう老人語もクソもない線蓮は頭を押えながら盛大な溜め息をついた。



「あー……」

「ストレスの多い世の中ですこと。どったの、曄雅見たら馬鹿みたいに幸せなくせに」

「元嫁がしつこすぎて病みそう。てか病んでる」

「……お前結婚してたの……!?」



 衝撃の事実が聞こえた瞬間、線蓮のスマホに電話がかかってきた。

 完全ノイローゼになっている線蓮はそれを見ようとはせず、しかし優羽が勝手に抜き取った。




「もしもーし」

「あほ……」

『誰? 次聡(じそう)は?』

「いますけど〜。僕部下です〜」


 なんか聞いたことある声に優羽は衝羽を見上げ、衝羽は口を押えた。



『次聡に代わって? あの人逃げ回ってほんま面倒臭いねん』

「……ねぇ元嫁の職業って何?」

『は?』

「前にライブがどうこう言っとったやろ。アイドル」

「マジで言ってる?」

「顔映っとったし」

『次聡!? ねぇ次聡!? ねぇッ!? 離婚した直後に音信不通って何考えてんの!? 子供だっているんよ!?』

「黙れ俺に子供はおらん。お前が五股か六股かして作ったんやろ。離婚の原因思い出せアホ」

『だから浮気じゃないって……!』

「浮気認めたん自分やろうが。今更言い訳すんなや」

『ねぇほんとに違うの……!』



 電話の奥から地団駄を踏む音が聞こえてきて、線蓮が苛立っていると日蔓たちが戻ってきた。



 線蓮は日蔓に一瞬視線を向けたあと、未優を見てからまた視線を落とす。




「んなより戻したいんやったら明日東京の送った住所来い。DNA鑑定だけ協力したる」

『ほ……』



 ブツっと通話を切り、走ってきた未優を抱き上げた。




「線蓮さんラムネは?」

「開けたら来ると思うぞ」

「白玉が玄関に体当たりしてたから連れてきた」

「元気そうで何より」

「未優さぁん……」



 今知った真実を受け入れられない衝羽は未優に手を伸ばし、線蓮は未優を下ろすとスマホを取った。


 優羽に人差し指を立てると、黙ってろと合図してスマホをいじる。





 二月、日蔓が優羽に誕生日プレゼントとしてとあるアーティスト、というかアイドルのライブチケットをプレゼントしていた。


 無事全国公演は終わったのかまだやってんのか知らんけど、今の電話相手はそのアイドル本人。


 だから声で同担拒否のオタク二人が反応したんだろう。




「ねぇ線蓮、僕も行っていい?」

「いや来させる。わざわざ行く意味ないし」

「サイン会!」

「無理」



 線蓮は首を傾げる日蔓に抱き着くと今までのストレスを全て浄化するかのように撫で回したが、しかしそれを良しとしないのが優羽と未優。


 優羽は線蓮を蹴り飛ばし、未優は日蔓の手を引っ張ると線蓮から取り返した。




 なんで緋愴と静璐みたいにおとなしくできないのかな。緋愴はあんまりおとなしくないけど。




「未優、返せ」

「嫌」

「未優さんはこっちですよ」

「嫌。なんか気持ち悪い」



 日蔓が吹き出し、衝羽はその場に胸を押えて倒れ込んだ。



 未優の無意識のストレートパンチに日蔓は声にならないほど笑って、阿菫が衝羽を介抱する。


 線蓮と優羽はそんな曄雅を見て幸せそう。





「……静璐、なんで俺呼ばれたの?」

「一応耐久戦やるってことで……」

「やらないの?」

「……まぁ、もうちょっとしてからでも?」

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