13.完治
「最近静璐と線蓮がずっと一緒にいるんだよね」
「うん」
「どうでもいい線蓮は俺の方に来るのに静璐が線蓮の後ろにいんの」
「……うん」
「呼んだら来るんだよ? 呼んだら来るけど呼ばなかったら来ないんだよ」
「うん」
「おかしくない!? 来ないんだよ!? 俺静璐の上司!」
「おかしくない。上司にすり寄るタイプじゃないだろトンカチ君は。あとちょっと黙れうるさい」
無心で日蔓の話を聞いていた未優は日蔓を睨み、机をバンバン叩く日蔓はムスッとしたまま未優のベッドに座って膝に寝転がった。未優は膝をガタガタと震わせる。
「なんでそんなトンカチ君に執着するのさ」
「執着とか言わないでよ。俺は静璐が線蓮の被害に遭わないか心配で……」
「曄雅! 今わしの名前を連呼しなかったか!?」
「してねぇ! 出てけここ未優の病室だぞ!」
「さっき日蔓がラーメン食べたいって」
「言ってな……」
「よし一緒にわしの部屋に行こう! 好きな味で作ってやる!」
「やめろォ!」
線蓮は日蔓を連れて出ていき、未優はそれを見送った。
やっと病室が静かになり、人気がないのを確認して伏せていたスマホを取った。瞬間、スマホの画面で鏡界が揺れて例の支配人とやらが出てきた。
すぐに動ける体勢を取ろうとしたが、支配人は先ほどまで日蔓が座っていた椅子に座り足を組む。
何故だ、何故界魔の警報が鳴らない。
「何の用だ」
「こんにちは。腕は痛みますか」
「鏡界に帰れ……!」
「治して差し上げようと思って。先日は少々気が立っていましたが、今考えればずいぶん酷いことをしてしまったので」
支配人はそう言うとどこからかりんごを出してポケットから取り出したナイフでりんごを剥き始めた。
「食べます?」
「いらん。出ていけ」
「まぁまぁ。危害を加えるつもりはないんですよ」
慣れた手つきでりんごを剥くと綺麗に八等分して先ほどまでケーキが乗っていた皿にリンゴを入れた。支配人はそれを差し出し、未優は皿ごと受け取るとまた机に置き直す。
「いりませんか」
「マジで帰れ」
「本当に何もする気はないんですよ。……私は貴方の味方ですから」
そう言いながら立ち上がった支配人は警戒する未優の右肩に左手を突いた。未優はそれを払おうとするが、さすがに骨を折るだけの力がある腕。ビクともしない。
「離せ……!」
「我々にも感情はあるんです。……罪悪感というのもね」
右手で未優の怪我した三箇所に触れれば、激痛とともに怪我が治る。また触れれば、その痛みすら消えた。
「それでは」
未優の怪我を治した支配人は姿を消し、未優は唖然としたまま腕に触れた。もう痛みも違和感もない。
本当になんだったんだあいつ。
またスマホに手を伸ばし、一瞬躊躇ってから恐る恐る持ち上げた。今度は何も起こらず普通に画面が点く。
ホッと胸を撫で下ろすと同時にいきなり背筋に悪寒が走り、すぐに日蔓に電話をかけた。
『何』
「ヘルプ」
『どうしたの』
「支配人が来て……」
『はぁ!? センサーは!? いまっ、どう……!?』
「いやもう消えたんだけど。とりあえず戻ってきて!」
『分かってる!』
不機嫌そうな声から一転、心配そうな焦った声に変わった日蔓との電話を切り、気味悪さに布団にくるまった。
「未優!」
「支配人が出たって!?」
「お二人さんここ仮にも病院なんよ」
「知らん!」
「知っとけ」
声を揃えてアホなことを言う日蔓と線蓮に支配人の言動を説明し、りんごのことと腕が治ったことを説明する。
「とりまコールしようか」
「このりんご本物かの」
「触んなよおっさん」
「それはもちろん」
未優がレントゲンに連れていかれ、しばらくして静璐もやってきた。手には紙袋を持っている。
「こんにちはーって……未優さんいないんすね」
「支配人が現れてね。お見舞い?」
「です。ここ数日来れてなかったんで」
「今日で退院になると思うよ」
「マジっすか? 急っすね。……前から決まってたりしました?」
「いやさっき治ったから」
支配人を理解していなかった静璐に順を追って説明する。
「あの界魔が……」
「このりんごって本物だと思う?」
「いや偽物でしょ」
りんごは固いので普通剥いたら面と角ができるはずなのに綺麗な球体だ。しかもなんか紫がかっているし。
「だよねぇ。……ま、いいや」
日蔓は皿をごみ箱の上で引っくり返すと皿を置いた。
「え、な、なんか、検査とかしなくていいんすか……?」
「そんな技術ないよ。誰かが実験に使われるだけ」
「そうなんすね……」
日蔓はベッドに座るとため息をつき、線蓮は後ろから肩を揉む。
「痛い。やめろ」
「曄雅、大会に出るとは本当か? 噂で聞いたぞ」
「そうそう。皇雪専務お願いしますね」
「任せておけ! 何してくれる?」
「じゃあ誕プレなんかあげよう」
「よっしゃ!」
この人が四十近いと考えるとちょっと複雑。見た目二十代だから違和感ないものの、あの課長みたいな老けてる人がこんなんやってたら怖い。
「日蔓さんって外国人なんすか? 目青いですよね」
「日本人の家系だったんだけどねー。ギリシア人の血が濃くなって日本人の色はなくなっちゃった」
「ギリシア人……!」
「だから英語話せないけどギリシア語なら話せるよ。子供の頃はずっとギリシア語だったし」
「日蔓さんの親も鏡界館関係者ですか?」
「まぁそんなところ? あんまり関係ないけどね」
ベッドに座った静璐の頭を撫で、撫でようとしてくる線蓮の手を防いだ。静璐が剥がしてくれる。
「二人って最近何してんの?」
「えーと……」
「まだ秘密じゃ。静璐を曄雅に取られては意味がないからな」
「は?」
「よし静璐! 行くぞー」
「あ、ひ、日蔓さんそれ未優さんに!」
「ちょっと待て!」
「じゃあまた夜に、曄雅!」
線蓮は怒鳴る日蔓に手を振り、静璐は線蓮について行った。
腹の底で何かが切れ、すぐに電話をかけ始めた。
レントゲンとギプスを外し終わり、退院の許可を貰ってから病室に戻るとベッドに日蔓が倒れていた。
頭を突き、場所を空けさせる。
「退院するから準備手伝って」
「はいはーい」
荷物をまとめていると、机に置いてある紙袋に目がいった。
「何この袋」
「あぁ、静璐がお見舞いだって」
「治ったんだけど」
「タイミングが悪かったね」
「あ練り切りだ。やったね」
冷蔵庫付きだったので持ってきてくれたのだろう。退院しても怪我していたことには変わりないので貰っておこう。やったね。
「あ、私の靴直ったかな」
「あー連絡来てたね。未優退院してから見に行くって返しといたし、行こうか」
未優のあの金属入りの靴は界魔の歯を蹴った際に下のゴム加工が破れて金属が剥き出しになっていた。技術屋に修理に出していたのだ。
技術屋、界魔屋、分析屋、教学屋、医療屋、塔界屋。
それぞれ専門技術を持つ人たちを分ける総名称のようなものだ。
未優の靴、インナーウェア、パーカーのような普通はないような特殊な道具やものを作るのが技術屋。
鏡界魔と戦って捕らえるのが界魔屋。
鏡界が揺れた場所を探すのが分析屋。
鏡界館に関わって学校に行けなくなった子達に勉学を教えるのが教学屋。
この専属付属病院の医者や看護師が医療屋。
そして捉えた界魔を塔で管理して生気チェックをするのが塔界屋。一番精神が狂うらしい。実際根暗で鬱持ちだとか精神病患者だとかそういうのをよく聞く。
「塔界屋に対してここは意気揚々としてるよねー」
「自分の好きなことで生きてる人たちだし。塔界で鎖の仕組み理解してこっちに移るって人も結構いるらしいよ」
「その大半がとんぼ返りでしょ」
「この輝かしい世界が辛いんだろうね」
二人で拷問の棟と呼ばれる技術屋が集まる建物に入り、廊下を歩く。
白い木材の床にスイッチやらコードやら、鉄の壁にそう言うのが丸出しの建物。時々爆発音や人の阿鼻叫喚、マッドサイエンティストの雄叫びや笑い声が聞こえるため拷問の塔と呼ばれる。ちなみに男八割女一割無性一割。
「こんちゃー」
日蔓が異常に固い赤いスイッチをガンッと殴るように押し、未優は開いた扉に声をかけた。
中は極寒の地。でもインナーウェアを着てたら問題ない。
「寒っ!」
「だから常に着ろって」
「やだよ面倒臭い!」
「日蔓君インナーウェアの不満の意見を聞こう! どうぞこちらへ!」
いきなり出てきた長い茶髪ポニテに赤眼鏡をした男っぽい女っぽいその人は日蔓を外に連れて行くとインナーウェアの不満を聞き出し、一人残された未優は少し顔を引きつらせた。ここインナーウェアのある体はいいけど顔は寒いんだよ。
フードを被り、皆が忙しなく動くラボの奥に進んだ。
本来なら一番手前にあるべき受け付けが技術者たちの効率重視で一番奥に。そのため奥に大きな倉庫が広がっているのだが。
ここの受け付け嬢は全員インナーウェアにスーツを着てタイトスカート。少し違うことといえば全員インナーウェアと似た機能があるネックウォーマーを付けていることだろうか。
だってここ、この受け付けの温度計、マイナス二十五度近い。パーカー優秀すぎやしないか。
「あ、あの……」
「こんにちは太薰蛇さん」
「靴を受け取りに来たんですけど……」
「かけてお待ちください」
嫌だ。鉄のベンチなんて。なんかちょっと凍ってるし。
パーカーを口元まで上げて寒さを凌いでいると受け付け嬢が戻ってきた。
「こちらでよろしかったですか?」
「はい……」
「少々お待ち下さい。担当者に受け取る際に呼ぶよう言い使っているんです」
まだかかるの。
未優が絶句していると、慌てて担当者がやってきた。
短いハーフアップの黒髪に白衣をした天才技術設計者。
「未優さん! お待たせ……!」
「遅い!」
「ごめんごめん。ちょっとここ出よう」




