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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
11/155

11.支配人

 どこからか短剣を出した日蔓は未優の首を掴んだ腕を切り落とし、未優と静璐を掴んでポストから離れる。




 朝五時の緊急出動。理由が分かった。




「未優、大丈夫?」

「問題ない」

「生気とか吸われたら分かるんですか?」

「感覚掴めばね。静璐は鏡瞳(キョウドウ)使えるしちょっとは分かると思うよ」




 それよりも、今はこっち。


 手のひらサイズの小さな青い赤子が一塊になって数メートルの牛鬼のような姿をした化け物。

 太った容姿は未優の首を掴んだ骨のような腕とはかけ離れている。




「ア……ガ…………ヒ、ト……チ、カラ……ヒ、ト……!」



 牛鬼の大きく口を開けると死んだ目が口から現れ、その巨大な目玉から角が生えた。



「キモい……!」

「二人ともフード被っときな。顔覚えられないで」

「俺ほとんど意味ないっすよ」

「ワンサイズオーバーにしてるから大丈夫。作戦通りにね」

「うす」

「一発入れて向こう渡るから私が足着いたら連八回ね」

「分かりました」



 未優はフードを押さえると、そのままあぜ道を走って飛び上がった。




 牛鬼はそれを見上げ、今度は目玉が裏へ行って大きな口となる。



「キモイ!」

「集中しろ!」

「せーのっ……!」




 上空で頭を抱えながら前方に回ると、そのまま右足を振り落として牛鬼の歯に直撃させた。


 ぶくぶくとした見た目とは違い思ったより硬いようで、未優の靴に入っている金属と歯がぶつかって硬い音が鳴る。





 未優は歯を蹴って後ろ向きで着地すると、そのまま地面を蹴ってバク宙しながら足を前後に開いた。静璐が牛鬼の顎部分というのか顔の下めがけて蹴るので未優は額に当たるであろう部分を狙う。



 前に開いた足で狙いを合わせ、後ろの足を勢いよく振る。と。




「なんっ……! ?」



 青い赤子の塊がバラけて足が空を切り、静璐は回転の勢いで戻れたは言いものの未優はそのまま田んぼに落下しかけた。



 二の腕がガシッと掴まれ、見上げれば先ほど首を掴んだ手と全く同じ手に掴まれている。




「い……痛い……!」



 痛い。筋力がないから体を引っ張れるだけの力もないし、何よりこの手の握力がおかしすぎる。骨が折れそうだ。



「痛い! 離せ……!」

「未優!」

「痛い痛い痛い!」




 さらに力が込められ、たぶんヒビが入ったと思う。何かがバキッと鳴った。



 それと同時に前腕に切り込みが入り、誰かが体を抱き上げる。




「誰だ……」



 日蔓は未優の変形した腕を軽く押え、腕が消えた中を睨む。


 あの手、見覚えがある。

 七つの関節に長い爪、白くくすんだ肌と人の服のような生地。絶対に知っている。





下野(しもの )、未優守っとけ」

「なんで俺が」

「文句あるなら今すぐ終わらせろ」

「……はいはい」



 未優は腕を押え、日蔓は腕を差し出した下野に渡した。


「死んでも戦うなよ。全部未優に響くと思え」

「分かってる」

「悪化したら死んでも呪うからな」




 日蔓の鏡瞳(キョウドウ)で周囲が重くなり、一班の数人は膝を突いた。


 地面が凹み、田んぼが嵐の海のように波立つ。




「お前……!」

「線蓮、鏡瞳でそいつ抑えとけ」

曄雅(ようが)の頼みとあらば殺すまでやろうぞ」

「じゃあ殺すの手伝え。俺が殺す」

「もちろんじゃ……!」




 また地面が凹み、ついには田んぼに渦潮が出来るのではないかと言うほど流れがおかしくなった時。

 二人の鏡瞳が消えた。否、界魔がいなくなったために鏡瞳が使えなくなった。




 丸められた界魔は青い飴玉へと変わり、それは静璐の後ろへ浮遊する。





「子供が五十二に赤子が六十三……。大人は八匹。偏食なことで」




 流暢な人語に、人によく似てかけ離れた容姿の界魔。



 三メートル近くある身長にくすんだ白の肌、面で隠された顔。黒い中折れ帽に紳士的なスーツと綺麗な革靴。


 五本の指と七つの関節。人の言葉を綺麗な声で話す、その界魔。




「支配人……!」

「よくご存知で。……君はあの時いた子ですね。よくも私の腕を切って……話は最後まで聞いなさい」



 界魔に飛び掛かった日蔓の足は空振りに終わり、支配人と呼ばれた界魔は静璐とともに対岸にいる下野の後ろへ移動した。



 下野の肩に手を置き、人差し指で軽く二度叩くと下野は気絶してその場に膝を突き、支配人は落ち掛けた未優を軽々と拾う。



「腕が痛いですか」

「離せ……!」

「人の力加減と言うのは難しい。落ちないように握っただけで折れてしまう。ねぇ?」

「痛い! 痛い痛い! 離して!」



 界魔は未優の右手を握り、軽く力を込める。ほら、すぐ折れた。



「あぁあぁ可哀想に。本当に人の命は脆い。わざわざ自らよりも上に立つ我々に歯向かう必要はないでしょう? 人は無限に生まれるんですから」




 界魔は未優を連れて一歩踏み出すと日蔓の後ろに移動し、日蔓に未優を渡した。


 飛んで日蔓の方へ戻ろうとした静璐は空中に現れた界魔に捕まって先ほどの場所まで戻され両腕を後ろで固定される。




「我々も人を食べずに生きていけるならそうするのですがね。わざわざ戦いの種を生む気はない」

「何が言いたい……!?」

「協定を結びたいのです。我々は人間を殺さない。だから人間も界魔を殺さない」

「断る。界魔は人を殺さずとも生気を吸って生きる」



 支配人は顎に手を当てると、静璐の頭に手を置いた。

 指の背で頬を撫で、首に手をかける。



「……では我々は人に干渉しない。代わりにあなたがたも干渉しないように願いたい」

「何が目的か知らないが無理。お前がそう言っても知能のない界魔は人を襲うし家族や友人を殺された社員だって代々恨みや怨念を募らせる。今の関係が最善だろ。殺し殺されお互いを糧にする」

「……そう上手くはいきませんか。貴方はつくづく面倒臭い人間だ」




 界魔はそう言うとまた静璐の首を人差し指で二度叩き、気絶した静璐を支えて抱き上げた。



「この子頂いても?」

「返せ」

「嫌だと言えば?」

「これかそっちを殺す」

「……本当に面倒臭い」




 今の会話で未優と静璐があいつの弱点だと分かった日蔓は未優の首元に短剣を当て、静璐を線蓮(せんれん)に預けるよう指示する。



「貴方、一番に死ぬと思っておきなさい」

「俺が死ぬ時はこいつらも殺すから」




 界魔は姿を消し、その場が静寂に包まれた。


 数秒後、一班の一人が下野の元へ駆け寄る。




「主任! 下野主任!」

「脈が……! AEDは!?」

「こんな田舎にそんなもんあるか! 心臓マッサージ!」



 皆が下野の元へ駆け寄り、下野に興味がない数人は日蔓の元に寄る。



曄雅(ようが)、今のは……」

「知ってるでしょう。十二年前の大量虐殺。あれの犯人ですよ」

「あれが……支配人……! 界魔のトップか……」

「わしらの鏡瞳が消されたのは何故じゃ」

「あいつのオーラに敵わなかっただけです」



 そんなことよりも何故あいつがこの二人を狙うのかが分からない。

 未優の未来予知か、静璐にはまだ別の何かがあるのか。


 もっと調べないと。




「……うっ……痛っ……!」

「未優、起きちゃった」

「痛い……!」

「すぐ楽になるよ。……行きましょう」

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