月明かり
彼女の薄い髪が月の光を銀色に変換している。いくつかの抗がん剤の数クールをいくつおえても、彼女にはまだ髪が残っている。
病室のカーテン越しに、月光が彼女の寝顔に差し込んでいた。その月光は黄金色であり、銀色であるはずがなかった。その月光さえも色あせさせてしまう。それが今目の前に眠っている彼女だった。
たぶん、今夜、彼女は召されていくだろう。すでに病床での洗礼を終え、彼女の心は定まっていた。そう、今のつかの間の安らぎは、これからも彼女の心を包み込み、召天後の安らぎに繋がっている。
ふと気づくと、彼女は何かを求めるように手を伸ばそうとしていた。
「何か、欲しいの?」
彼女の手をつかんだ僕の手を握って、彼女はかすれ声を上げた。
「う、ううん」
何かが欲しいわけではなかった。ただ、僕が傍にいることを確かめたかったのだろう。
思えば、僕は彼女の傍にどれだけいてあげられたであろうか。僕の数十年の人生の中で、ほんのひと時だけ。それでも彼女は満足だという。
「ほんとなの?」
そう口に出した時、彼女は目を少し開けて祈りを求めた。ともに祈ることを。
再び、彼女は眠りについた。また目覚めたら、僕を求めるように手を伸ばすだろう。では、目覚めなかったらどうなるのか?
そうだった。その時には、再臨の御子が手を取ってくださる。
こうして、何回かの目ざめと祈りの時を経て、彼女は息を引き取り、召されていった。次の目ざめの時は、ともに手を取り合ってまた言葉を交わそう。