転生公爵令嬢は王子様と結婚したい!
おぎゃあ…………あ? あれ? 赤ちゃんみたいな鳴き声で泣いているのって私?
「女神ヴェンドラ様に感謝を!」
「まあ、あなたったら……」
知らない声が聞こえる。
え? 何? 私、どうしちゃったの? どういう事!? 私…………誰だっけ? 名前が思い出せない。え? 何が起こってるの? 怖い……!
ぎゃああ……と赤ちゃんの泣き声が大きくなる。やっぱり泣いているのは私だ!
これってもしかして! 異世界転生じゃない!? やったー! 何の世界かな? 乙女ゲー? 悪役令嬢もの? 私は何の役?
「あなた、名前を」
「そうだな……ドブロミラ……ドブロミラ・バラクエナ・スヴァトンだ」
ちょ、……何その名前! ドブロミラですって!? 全然可愛くないじゃないの! それになんて覚えにくい名前なの!
「ドブロミラ! 王子殿下とは二歳違いだ。そして我が家は公爵家。婚約者にいいんじゃないか?」
なんですって!? 公爵家! やだ、お金持ちの家の子になったの!? 私ったら勝ち組じゃない? それに王子様と婚約!
「でも殿下がお生まれになってから上級貴族家では婚約者の座を狙ってご令嬢が増えておりますもの……」
「今の陛下は妃がお一人しかおらぬが、殿下のこの先は分からぬではないか」
「それはそうですけれど……」
一夫多妻制がOKな世界みたいね。よくある事だよね? 乙女ゲーとかによくある様にきっと真実の愛が、とか話的にそういう感じかしら? 本当に何の世界の中に入っちゃったんだろう?
ドブロミラなんて名前のヒロインなんていないだろうから私は悪役令嬢かしら? それともモブ?
悪役令嬢でもモブでも! 何の世界なのか分かれば先読み出来るよね? そしたら私が王子様の婚約者になれるんじゃない? 早くどこの世界に紛れ込んだのか確定しなくちゃ! 私の知っているゲームの世界だといいんだけど!
名前の響きがありふれていないから登場人物の名前とか聞いたらその内に思い出すかしら? 何となく珍しい響きの名前とかが出てくる何かがあった様な気がするのよね……元の私の個人情報は全く思い出せる気はしないけれど、何の世界に紛れ込んだのか確定出来る名前とか地名とか、聞けば内容も思い出せるかも!
まだ生まれたばかりで話す事も出来ないけれど、歩ける様になって話せるようになったら色々調べてみよう!
楽しみ! 王子様と婚約とか! 憧れる!
◇
「まぁ! ドブロミラはもう字が読めるの? 素晴らしいわねぇ! お父様にもご報告しなくては。きっといっぱい褒めて下さるわよ」
お母様に褒められました!
「私、殿下の婚約者になれるかしら?」
「本当にドブロミラは三歳なのかしら? 言葉をはっきりとお話しする事が出来て文字が読めるなんて! ええ! きっとあなたが婚約者に選ばれるに違いないわ!」
お母様が優しいお顔で笑みを浮かべ私を抱きしめてくれました。
優しい両親に公爵家という身分。
日本に比べたら電気とかの便利用品はないし、食事も味気ないけれど家は公爵家という位でとても立派だし、三歳でもドレスを好きに着られるなんて私はとても恵まれているので、満足です!
そういえば王子様のお名前をまだ聞いていなかったわね。
「お母様、王子様のお名前は何とおっしゃるのですか?」
「本当に私の娘は淑女の見本だわ! 言葉遣いも完璧よ!」
当然だと思います。だって私ただの三歳じゃないのですもの。それで! お母様、お名前ですってば!
「王子殿下のお名前はアルノシュト様ですよ。あなたの未来の旦那様になられるかもしれないわね」
くすくすとお母様が緑色の髪を揺らしながら機嫌良く笑います。
そう! 緑色の髪! あり得ない色ですよね。そういう私も黄緑色の髪なんだけど。違和感だらけです。どうせなら金髪とかだったらよかったのに……。
「アルノシュト、様……」
アルノシュト、ってなんか聞いた事あるかも? やっぱり私の知っているどこかの世界って事ね! 早く思いださないと! お母様から情報を引き出さなきゃ!
「王様のお名前は……?」
「ドブロミラは勉強熱心ね! 我がバラーシュ国はヘルベルト様がお治めになってるのですよ。先代陛下が早くに崩御されてしまったので若くして王位に就かれたの。アルノシュト様は第一王子殿下です。ドブロミラはこんなに聡明なのですもの婚約者に選ばれるわ! きっと!」
バラーシュ国……アルノシュト様……やっぱり何か聞いた事あるような……?
「…………つ、ツィ、ツィブ……?」
「まぁ! 誰に聞いたの? また侍女が噂話でもしていたのかしら? ツィブルカにも確かにあなたと同じお年のご令嬢がいらっしゃるわ。でもお嬢さんは領地からは出てきていないのよ。あちらは侯爵家ですし、あなたとは比べものにはならないわ。ドブロミラは公爵家の娘でこんなに聡明で素敵で素晴らしい娘ですもの!」
ツィブルカ……聞いた事がある。
「あの、その私と同じ年の子のお名前って、お母様は知ってらっしゃる?」
「何だったかしら……リ、リー……リーディア? かしら? はっきりとは覚えていないけれど」
お母様が頬に手を当て首を傾げながら自信なさそうに答えた。
リーディア……アルノシュト王子……ツィブルカ、バラージュ国……女神……魔王!
「あっ!」
「あら? ドブロミラ、どうしたの? 顔色が悪いわ! 大変! ドブロミラをお部屋に! ヤーヒム! 薬師を手配してちょうだい!」
お母様が騒いだので私は侍女に抱っこされ自分の部屋まで連れて行かれるとあっという間にドレスを脱がされ、寝間着に着替えさせられベッドに突っ込まれました。
別に具合が悪いわけではないのだけれど、考え事をするのにちょうどいいので静かに言う事を聞きます。
「お嬢様、どこか痛い所などありますか?」
「ないわ。大丈夫」
侍女が質問してきたが体調はなんともないのよ。
私が顔色が悪くなったのはここがどこの世界か気付いたからなのよ!
誰にも言えないから……。
まさか、国がなくなるかもしれないなんて言えるわけないわ! なんでよりによって……! 普通に乙女ゲーの世界とかでいいじゃない! ここは乙女ゲーなんて呑気な世界じゃないわ!
どうしたらいいの?
「お嬢様? やっぱりどこかお加減が……?」
「なんでもないの。下がっていいわ」
侍女が部屋に控えていたけれど考え事をしたいのに邪魔をしてくる。
「でも……」
「下がってちょうだいっ!」
私は八つ当たりする様に叫び、ようやく侍女は部屋から出ていった。これでゆっくり考える事が出来る。
私は指の爪を噛みながら記憶を呼び戻そうと目を閉じた。
まず、ここは小説の世界だ。元日本人の記憶がそう言っている。日本人の時の自分の名前とか何歳だったかとか個人的な事は何一つ覚えていないのに、色々な記憶があるのだ。……何故か知らないけど。
自分個人の記憶は今はいい。考えても分からないから。問題は私が今いるここの世界の事だ。
小説の中ってどうすればいいんだろう? 乙女ゲーの中なら攻略対象をどうにかすればいいんだろうけど、小説の中なんだもん!
あらすじはどうだったっけ? なんか名前に馴染みがなくて覚えづらくて……。コアな読者がいたという感じで人気作品でもなかったから私の記憶にもあまり残っていない。
それでも覚えていたのは、王子は小さい頃から婚約者がいて、この婚約者が最低最悪。成人した翌年には結婚したが、贅沢三昧。
その前位から病気が流行ったり、魔獣が多く出る様になって国は大変になって、聖女の顕現を王族は求めたが聖女は現れず、ついには聖女ではなく魔王が現れて国がなくなった、という感じだったはず。
胸糞悪くてあんまりきちんと読まなかったのだろうか? 細かい所は覚えていないみたいだけど。
名前も本当に覚えづらくて。ただ、挿絵にあった王子のイラストがカッコよかったからアルノシュト王子の名前は覚えていた。そのアルノシュト王子と結婚したリーディアも。
確かリーディアの父親が神殿と繋がっていて、神殿の大神官長がまだ小さい頃にリーディアを婚約者に推したんじゃなかったっけ? リーディアは銀髪で青い目。見た目は美少女でアルノシュト王子もリーディアの外見の可愛らしさに婚約を了承したんだったはず。
そういえば、あの素敵なイラストにあったアルノシュト王子がいるの? ここに? 私が婚約者になれるかもしれない?
がばっと私は起き上がった。
私はまだ三歳。王子の婚約者が決まったのはいつだったっけ? 覚えていないな……。でも今からどうにかしたら間に合うんじゃない?
リーディアを消せばいいじゃない? どうせ我儘で贅沢三昧するだけだったんだもの。リーディアの所為で国庫が傾いたってアルノシュト王子の台詞があったはず。
国庫が傾く贅沢って! 信じられないわね! まあ、魔獣被害とか流行り病とか色々重なったからなんでしょうけど。
まずリーディアをどうにかしないと。どうしたらいいのかしら……?
あとは魔王の存在よね。問題は。ただ、魔王については最後まで謎だったんだよね……。それに、名前も出てきていないのか覚えていないのか、私の中も記憶も分からないと告げている。
ただ確か黒かったって事は覚えている。
この世界では髪や目が黒に近いと黒持ちと呼ばれて嫌われている。魔に魅入られた者、魔に近い者という迷信が信じられているのよね。
日本人だったらこの世界に住めないよね。幸い私は異世界転移ではなく転生で髪も黒じゃなかったからよかったけど。
とりあえず魔王の事は何も分からないのでどうしようもない。私が今しなきゃいけない事は国庫を潰すだろうリーディアを排除する事! そして私が王子と結婚すればいいよね? 大きくなるまでに魔王についても何か思い出すかもしれないし!
私が王子妃になったらストーリーも変わるから魔王も出てこないかもしれないじゃない?
あ、聖女に私がなればいいんじゃないかしら? 確か聖女って神殿で一〇歳の洗礼式の時に神託が降りるって話だったはず。小説の中では聖女は現れなかったけれど。神託ってどうやって降りるのかしら?
神殿ね……。
何故か神殿の神官で魔王の下についた人もいたはず。王宮の中にも。残念ながら名前も何も覚えていないけど。
魔王関係の事は思い出せない今はどうしようもないから……置いておくしかないわね。
まずはアルノシュト王子の婚約者をリーディアにしない事! これが一番先だわね。
アルノシュト王子は金髪で薄紫の瞳。王子様! って感じですごくカッコよかったんだけど、実際に会ったらどうなんだろう? 楽しみすぎる。
リーディアを排除するにはどうしたらいいかしら? お母様はリーディアは王都にいないみたいな事を言っていたから難しいわね。
あ、確かこの国には忍者みたいな存在があったはず! その中の一人が魔獣を使って扇動を起こした、みたいな事があった! その人をどうにか味方に出来ないかしら?
名前……なんだっけ……ああ! もう! 覚えている事が中途半端すぎるわ!
魔獣を扇動して捕まったのは確か小説の中では初期の初期だったはず。初期の方だったから私の記憶もいくらか覚えているみたい。話が進むにつれて胸糞展開、鬱展開になってきたから読み込まなかったらしく記憶も曖昧になっていくし覚えていないみたい。
こんな事になるなら隅々まで小説を読んでおくべきだったわね。まさか本の世界の中に入っちゃうなんて思ってもみなかったから……。
今更憂いても仕方ないわね。思い出せる範囲で私がどうにかしないと! 私だけがきっとこの国をどうにか出来るのよ! 私が転生した使命ってこの国を救う事なんじゃないかしら!?
まず、リーディアを排除。排除の為に忍者みたいな魔獣を操る事が出来る、いずれ捕まる人を捕まる前に確保して、リーディアを排除する為に手伝ってもらう。
その際出来れば私との関係は悟られない様にする、に限るよね。リーディアは将来悪妃になるとしても今はただの子供だろうし、私が裏で手を回したなんて知られて捕まる様な事はあってはならないもの。
私が国を救って、きっと王子と結婚出来るようになるのじゃないかしら?
リーディアがアルノシュト王子の婚約者にならなかったら私が婚約者になれる様に努力する事!
あとは出来れば神殿の神官の誰かと懇意になって洗礼式で私が聖女と神託が降りた、って言ってもらえればこの国の命運も変わるんじゃない?
聖女なんてどうせ名前だけなんでしょう? どうなんだろう? 色々調べてみなきゃ!
◇
ドブロミラ、七歳になりました。ただ今、魔獣使いに接触する為に王都の街の花屋さんにやってきました。
思い出したのよ! 仮の生業とはいえ花屋をする位に心優しい者がなぜ……と誰かの台詞があった事を! なので街の花屋さんを片っ端から突撃中です。
侍女と護衛の騎士がついてきているのであまり自由に動けないのがもどかしいですが。
それと洗礼式辺りに王子の婚約者が決まるという事も思い出したので! 洗礼式は一〇歳。まだ少し時間はあるけれど、お父様が洗礼式の前に殿下と年の近い子達と顔合わせをするかもしれない、と聞いたので急がなければならない案件なのです。
その顔合わせにリーディアが来たらきっと小説の様になってしまう! それは阻止しないと!
なので、私はとても焦っていました。領地から出てこないというリーディアと私は接触しようがないですし、私が他領に行きたいなんて言うのも変ですし。
なので、私の代わりに動いてくれる魔獣使いが欲しいのですよ。花屋をしていると思い出したので、花を売っている店がある街に行きたいと言ったらお母様には嫌な顔をされましたが、私の我儘で強行です!
なんか……すっかり私が我儘娘みたいに家の者に思われているみたいなのよね。だって色々調べたりしなきゃないんですもの! 誰にも言えないし! もう! でも私が我儘だって思われてもいいからリーディアの事はとにかくどうにかしないと!
「いらっしゃいませ、お嬢様。どんな花をお探しですか?」
王都は広いのでお花屋さんも何軒かあります。使用人に調べてもらって大きいお花屋さんから回ってきましたが、やっと! 当たりがきたみたいです! 小さな花屋の店主ですが、挿絵にちょこっとあった顔とよく似ています! やった! 私、よく挿絵を覚えてたね!
「あの……」
店主に内緒話がしたいと告げると、店主は穏やかな笑みを浮かべて屈んでくれました。まだ三〇代前半ってとこかしら? 優しそうに見えるのにね……魔獣を使って町を襲わせたりする様な人に見えないわね。
「あなた、魔獣を従える事が出来るのでしょう? それと影でもあるのでしょう? 私はドブロミラ・バラクエナ・スヴァトン。夜に私の部屋まで忍んで来る事は出来て? 一応窓の鍵は開けておくわ」
店主の顔は笑顔を浮かべたままですが、視線が私の事を刺す位に険しくなったのが分かりました。でも私は後には引けないのです。
「お母様に持って帰るのに珍しいお花は何かある?」
「用意させていただきます」
魔獣使いの返事はもらえなかったけれど絶対来るはず。魔獣を使役出来る能力なんて人に知られたくないはずだものね。魔に近い能力を持っているだなんて可哀相な人。
さあ、今日の夜が楽しみだわ! うまくいくとよいのだけれど。
花屋から帰ってきて花をお母様にプレゼントしたらお母様はとても喜んでくれました! 街に行く前は嫌な顔をしていたけれど、自分でお花を選びたかったのと表向きの言い訳をすれば感動してくれていたわ。
やっと夜になって部屋で魔獣使いを待つ。本当に来るかしら……と少しドキドキしちゃった。
中々現れなくて来ないのかしら、と半分諦めてうとうとと眠くなってきた頃にそれは来た。
「どこで俺の情報を知った?」
眠くなってベッドで横になっていた私の喉元にナイフが向けられていた。私は生唾を飲み込もうとしたが我慢し、毅然とした目を魔獣使いに向けた。
夜だから勿論部屋は暗い。だが、窓の鍵を開けていたので魔獣使いが窓から入ってきたのか半分開いており、月明かりが入って仄かに部屋は明るく魔獣使いの顔も判別がついた。
「どこで、じゃないのよ。私は知っていたの」
「……知っていた……?」
魔獣使いの格好は昼に見た時とほぼ変わらない。忍者みたいに黒装束ってわけでもないのね。でもそれでどうやって屋敷の中まで入って来られるのか不思議ね。
「そうよ。私は知っていたの。……あなたにお願いがあって探していたのよ」
「願い?」
魔獣使いは私の喉元からナイフを離した。ちょっとほっとした事は内緒。
「ツィブルカのリーディアを排除して欲しいの。信じられないかもしれないけれど……」
私は魔獣使いにこれから先に起こるだろう事を告げた。リーディアがいかに我儘か、王子と結婚した後の国の行き先も。
「魔獣を使って町を襲わせ様としているあなたからしたらどうでもいい事かもしれないけれど、それをしたらあなたは捕まってしまう。それなら私の為に働かない? あなたの能力を無くしてしまうのは惜しいもの。国を潰す為ではなく救うために能力を使わない?」
「俺が……国を、救う……だと……?」
「そうよ」
魔獣使いが目を大きく瞠った。
「私の事を信用ならないかもしれないけれど……」
「いや。俺が魔獣を使役出来る事を知っているものは誰もいないからな……全部を鵜呑みにする事は出来ないが信じられる部分はある」
「……本当なのよ?」
「魔獣使いである事を知る以上に俺がどこかの町でも襲わせたらこの国の者達はどうするんだろう? なんて考えていた事など俺以外知りようがないだろうから。だから信じられる部分はあると言った」
あ、やっぱりそういう事考えていたんだ? よかった! 早めに探し出して正解だね!
「魔に近いであろう魔獣使いの俺が国を救うだと?」
ふははは、と魔獣使いが笑いだした。
「いいだろう。だが俺はここの国の影ではない。表立ってはあまり動くことは出来ないぞ?」
「いいわよ。私なんて領地から出てこないリーディアに会う事さえ難しいのだから。あなたの事を頼りにしているわ! 私と一緒に国を救いましょう!」
◇
お父様が今度王太子殿下主催でお茶会を開くと聞いてきた。そこで婚約者に相応しいご令嬢を見定めるらしいと。
いよいよね!
魔獣使いを早々に捕まえておいて本当に! 正解だったわ!
魔獣使いにはちょこちょことツィブルカに行ってもらっている。ツィブルカの領主館で働く侍女長と懇意になって、いい様に操っているらしいの! 頼りになるわ! 本当に!
あまり多くの人と接触すると怪しまれるから侍女長と、もしもの時の為にと金が欲しいと酒場で酔っ払って叫んでいた下男と接触を持っているみたい。これで何かの時には使える、とそう報告を受けていた。
王太子のお茶会という事でブラダ・ツィブルカは手紙を領地に出すだろう。でも魔獣使いが調べたけれど、ブラダ・ツィブルカは魔法具を使う事がほとんどないそうで、それだったら手紙を届けさせないのも簡単だ。本当に! 魔獣使いは影の能力も持っているし便利ね!
ツィブルカの館に手紙を届けたその後に王太子の招待状の手紙だけを魔獣使いが抜いたそうだ。
領主が領地にさっぱり行かないせいで書類が山となっていたそうで、簡単な仕事すぎであっけなかったそうだ。これでリーディアはお茶会に出られないわよね? あとはリーディア本人をどうにかしないと。
排除する方法も全部魔獣使いに任せたわ。だって私は土地勘もないし分からないから指示の出しようもないんだもの。とにかくリーディアを排除してくれればそれでいい。
私はすっかり安心して王太子殿下主催のお茶会に向けてお母さまと一緒に胸を躍らせていました。
ドレスはどういうのがいいかしら? やっぱり私に似合うのが一番よね? もう! 髪の色が黄緑色だから中々色のチョイスが難しいのよ! あ、王家の方々は金髪だというし金色とかどうかしら? 金色なら私の髪の色でも合わなくはない。でも派手すぎる? あまり派手なのも殿下に敬遠されたら嫌だし。清楚に見えるようにした方がいいかしら?
お母様や侍女と一緒に何着か頼んであったドレスを並べてあれこれと悩みます。髪のセットもお茶会ではお母様の一番の侍女が私の髪を結ってくれるとの事。
「うちのドブロミラが選ばれるかしら? だって本当に聡明なんですもの!」
「そうですよね! お嬢様は本当に聡明でいらっしゃいますもの!」
あと私がしなくてはいけない事ってあるかしら? あ、魔獣使いが噂も出るようにしておくとか言ってましたっけ? 婚約前のご令嬢が誘拐されたとか……排除といっても魔獣使いが直接手は下さない、との事で万が一リーディアが助かった場合の事を考えて噂も流しておくと言っていたはず。
婚約前のご令嬢が誘拐されたなんて噂が出ればそれだけで上級貴族であれば婚約は難しくなるとの事。
だったら万が一リーディアを排除出来なかったとしても問題はないわね!
私も聞いた話ですけれど……みたいに言った方がいいかしら? でも私から言ったら私に繋げられても困るから誰かがそれらしい事を言ったら、でいいかな?
リーディアの事よりも私の事と殿下の事よ!
もしかしたらリーディアは来ないし私が婚約者候補として選ばれるかもしれないじゃない? 魔獣使いに神殿に誰か知り合いはいないか、使えそうな人はいないか聞いたけれど神官はあまり出歩かないし今は無理だ、と言われた。いつかきっと使える神官も確保するようにしよう、とは言ってくれたので私が一〇歳の洗礼式までにはお願いね! と頼んでおいたわ。
◇
さぁ、王子殿下のお茶会の日です。リーディアは来ていないでしょうね? と少しドキドキです。魔獣使いが帰って来るかと思いましたがやっぱりツィブルカとは距離があるので難しかったみたい……。
電話もないから連絡もとれなくて不便よね! 魔法具の手紙という魔法陣と魔法を使って相手の所に直接届く便利用品もあるみたいだけれど、結構高額らしくお父様でも緊急時以外ではあまり使わないらしいのよね。
私なんて子供ですし、勿論使えるわけがないもの。
そういえばこの世界の魔法って変わっているのよ! 私から言わせたら全然魔法じゃないと思うの! 攻撃魔法はないみたいだし、そんなの使ったら女神様から罰が与えられるとか。お母様もお父様も真面目な顔でそんな事をおっしゃるなんておかしいよね!
どっちにしろ魔法は私はまだ勉強もしていないし使えないので仕方ないわ。
侍女に着替えをしてもらって玄関ホールに向かうとすでにお母様もお父様も待ってらっしゃったの!
「遅くなりました」
「おお! ドブロミラ! 可愛いではないか!」
髪はゆるくふわっとくせをつけてもらって編み込みからのハーフアップにしてもらいました。リボンと花を飾ってもらい、ドレスは結局薄いクリーム色にしました。ただ金糸で刺繍も施してあって中々いい感じになっていると思います。クリーム色なら私の黄緑色の髪でも違和感がないわよね? 髪は黄緑色で瞳の色が濃い緑色だから、合わせられる色が少なすぎると思うの!
「さぁ、では向かおうか。手を。我が家のお姫様」
お父様がおどけながら私に手を差し出してきたので私は淑女らしくそっと手を乗せた。
「エスコートをよろしくお願いしますわ。素敵な方」
まぁまぁ、とお母様は笑い、お父様は喜んだ。
本当に! お父様もお母様も優しくて大好きよ! お父様とお母様の為にも私はがんばらないと! 国を亡くしてたまるもんですか!
リーディアは本当に今日現れない? 大丈夫? あー! もう! 連絡が取れないって本当に不便すぎよ!
「今日は何人位参加のご予定なのかしら?」
馬車に乗って動き出すとお母様がお父様に聞いていた。お母様! ナイスな質問よ!
「上級貴族のご令嬢が二〇人位じゃないか……? 側近候補で男の子も呼ばれているからお茶会に参加する子供の数はもっといるが」
「結構いらっしゃるのね……」
「ああ。そりゃあなぁ……あ、そういえばブラダ・ツィブルカがなんか騒いでいたらしいな。どうやら領地にいるご令嬢が、呼んだのに王都に来ないとか……」
きた! お父様! やった! 成功かしら!? 魔獣使い! やってくれたのね!
私は声を出したいのを我慢して拳を作りぎゅっと力を込めた。
そうそう、ブラダというのは侯爵という意味らしい。うちは公爵なのでバラク。バラク・スヴァトンでスヴァトン公爵。私の名前のドブロミラ・バラクエナ・スヴァトンは、バラクエナで公爵令嬢という意味らしいのよね。本当に! 覚えにくい名前よ!
「まぁ! 王子殿下主催のお茶会にお呼ばれしたのに来ないなんて」
「……ブラダ・ツィブルカは少しばかり問題があるからなぁ」
あら? リーディアに問題があるのではなくその父であるツィブルカ侯爵に問題があるのかしら? そこら辺は私は知らないわね。あ、でも神殿と繋がっていて殿下の婚約者にしようとしていたのはツィブルカ侯爵だからやっぱり父親に問題があるのかしら? 父親に問題があったとしても、小説の中では王妃になってから我儘放題贅沢し放題していたのはリーディアだから親子で問題ありって事ね。
「他所の家の事はどうでもよろしい。うちの自慢のドブロミラに殿下はどう反応してくれるかな?」
「そうですわね!」
ああ! もっとツィブルカの、リーディアの情報が欲しかったのに! でもここで私がもっと聞きたいと言い出しても何故? と問われれば話す事も出来ないのでやっぱり我慢よ!
結局お父様の口からそれ以上ツィブルカやリーディアの情報は何も出ないまま王宮に到着。初めての王宮よ! うちもお父様が公爵ですごく家というかお屋敷? も立派だけれど王宮は格別ね! 煌びやかで、豪華だわ。お城というより宮殿って感じね。シェーンブルン宮殿とかそういう感じかしら?
「ドブロミラ、こっちだよ」
「はい」
お父様とお母様と一緒に馬車から降り、王宮の中に入った。素敵。私が王子と結婚したらここに住めるのね! どうやら魔獣使いはリーディアの排除に成功したみたいだし、私が殿下と結婚出来る確率は上がったわね!
「バラク・スヴァトン、奥様、ご息女様、ご案内致します」
王宮の使用人が私達を先導してくれるらしい。前にも後ろにも子供を連れた貴族がいた。皆お茶会に出席する為に来たのね。
使用人の後ろについていくと外に連れて行かれた。どうやら庭でお茶会が開かれるらしい。お花が綺麗に咲いているガーデン……ここの世界だと何て言うのかしら? ガーデンじゃ通じないかも? お庭? のテーブル席に案内された。
少しだけ周りを見てみると王子殿下はまだ姿を現してはいないらしい。
すでにテーブルの半数は埋まっていて、落ち着きなく動こうとする子、親に怒られている子、大人しく座っている子、と色々だ。
私は綺麗に見えるように背筋を伸ばしてぴしっと座っている事にした。その方が目立ちそうよね?
「本当に私達の娘は出来すぎじゃないか?」
「そうなのです」
両親が親ばか発言をしているわ。嬉しいけれど。本当は中身が子供じゃないからなんです! 勿論秘密ですけれど。
庭には色々な種類の花がカラフルに咲き乱れている。ただ、この世界のいただけないのは葉っぱまでもがカラフルという所よね……。葉っぱまでカラフルで花が目立たないというか。どうしてこんなに葉っぱまで色々色がついているんでしょうね? 人の髪もカラフルですし、色が氾濫しているみたいよ!
そのカラフル過ぎるお庭にテーブルがみっしりと並べられ、一家族ごとに席に着いている。両親と子供。年の近い子が二人いる所もあるのね。ずっとお屋敷にばかりいて子供同士で交流なんて持った事がなかったから子供の存在が新鮮だわ。幼稚園とか学校がないから家庭教師から一人で教わるだけなんだもの。
貴族は学園にいずれ行く事になるとは聞いたけれど一三歳からだというし。まだ先ね。ここでお友達になれそうな子を探してもいいのかしら? そうはいっても私は中身まで子供じゃないから話が合わないかもしれないわね。
「王子殿下が入場されます」
声が聞こえてきてさすがに騒いでいた子達もぴたっと静かになった。そこら辺は貴族の教育が行き届いているみたいね。上級貴族だけを集めただけはあるって事かしら?
殿下が姿を現した。うちは公爵家で最上位の方なのでひな壇の様に前に用意されていた殿下と陛下、王妃様のテーブルから近くの席で殿下の顔も見る事が出来た。
生のアルノシュト殿下よ! わー! まだ一〇歳だけど! やっぱり王子様って感じ! 髪は陛下のように豪奢な金髪、瞳の薄紫色は王妃様に似たのね! あら? 隣のテーブル席の少し年上の男の子とすごく似ているような気がするのだけれど? 王妃様の身内? 隣の男の子もお父様も王妃様と同じ淡い金髪に薄紫色の目だわ。
するとその隣の家の方々が立って王族の席に向かって行った。殿下と男の子は顔見知りなのか笑いながら話をしているみたい。やっぱり王妃様の身内みたいね。私はまだ貴族関係の勉強はしていなかったから、これからはそういう勉強もしなくてはいけないのではないかしら?
「うちはあと四家ほど後だ」
お父様が私にそっと告げました。なるほど。同じ公爵家でも序列があるって事ね。そもそも公爵家っていくつあるのかしら? 私知らないわ。今聞く様な事ではないので聞きもしませんけど。
そして我が家の挨拶の番になった。お母様監修の元カーテシーの練習を何度もしてきましたし、家庭教師の先生にも綺麗に出来ていますと褒められたので大丈夫なはず。
「アルノシュト・クラウルティ・バラーシュです」
「ドブロミラ・バラクエナ・スヴァトンと申します」
殿下の目の前でカーテシーを披露し、顔を上げてと言われたので顔を上げれば可愛らしい殿下がいました! わー! 大人になったらやっぱりすごくカッコよくなると思う! 是非私を選んで! そういえば確認していなかったけれどリーディアは本当にいないのよね!?
「バラクエナ・スヴァトンは私の二歳下の八歳ですよね? とても聡明そうだ」
「そ、そんな事は……」
「そうなんです。うちの娘は三歳で文字を覚えたのですよ!」
「それはすごい」
殿下が薄紫色の瞳を丸くしていました。可愛い! じゃなくて! お父様! そんな事は言わなくていいのに!
その後もお父様とお母様が私を褒めるのでやめてください、と私から止めましたよ! 王子殿下は苦笑しながら私をじっとその薄紫色の瞳で見た。私は意識を引きしめすっと背筋を正す。
殿下に何か聞こうかしら? と思ったらでは次は……とうちの時間終了を告げられ、次の家を促されてしまって殿下とは挨拶位しか出来なかった! もう! お父様とお母様ばっかり話して! 肝心の私が話せていないじゃない! 私を褒めてくれるのは嬉しいのですけれども。
「どうだろうか? 好印象は与えられたか?」
「どうでしょう?」
お父様とお母様が二人でこそこそと話しています。あんな短時間で好印象も何もないと思うんですけど! 私はお話もほぼしていないし!
「あら?」
私はふと端の方にでっぷりとした貴族の装いとは違う服装の方が目に入った。あれ、もしかして神殿関係の方じゃない? 貴族はチュニックというのかしら? なんかRPGのゲームに出てくるような裾の長い服をベルトで止めて、豪華な刺繍があるのにあの方は襟や袖口にだけで、ベルトはなくずるずるとした衣装だ。帽子というか、なんていうのかしら? 変な形の帽子みたいなのを被っている。
「ねぇ、お父様、あの方は?」
「ん? ああ、神殿の大神官長だ」
あ! やっぱり神殿関係だった!
「神殿の! 私、ご挨拶したいわ」
「おお、ドブロミラは敬虔だな……そういえばいつだったか神殿に行ってみたいと言っていたものな」
おいで、とお父様は私を連れて大神官長の所に連れて行ってくれました。
「こんにちは、私はドブロミラ・バラクエナ・スヴァトンと申します」
大神官長に向かってカーテシーを披露した。
……ん? あれ? なんか大神官長からの反応がないんだけど?
「?」
「あ、ああ……失礼した。あまりにも綺麗なカーテシーで小さな子供が素晴らしいと思いまして呆けてしまいました」
にこりと大神官長は私を見て笑みを浮かべて褒めて下さいました。
「お久しぶりです。うちの娘が神殿に行ってみたいと言っていた事がありましてな。今も大神官長にご挨拶がしたいとねだられまして」
「おお! それはそれは! 是非神殿にいらっしゃってください。ドブロミラ様は私が案内をさせていただきますよ?」
「え? 大神官長自らですか? お忙しいのでは?」
「お嬢様の案内位なんてことなどないですぞ?」
優しそうな方でよかった! これは神殿と仲良くなれるチャンスじゃない?
「お父様! 今度連れて行ってね!」
「バラク・スヴァトン。是非お嬢様と一緒にどうぞ」
「そうか? ではそのうちにドブロミラを連れて行ってみようか」
「はい。楽しみです!」
確かこの大神官長が本当はリーディアを王子殿下に勧めるはずだったんだよね? それ位権限があるという事? それなら今日はリーディアが来ていないのだから代わりに私を推薦してくれてもいいんじゃない?
では、日を改めましてお伺いしますと大神官長と挨拶し、席に戻るとお母様はどこかの貴婦人とお話をしてました。顔見知り? お友達? 私達が戻り、それに気づいてお母様が戻ってきます。
「あなた、なんでもブラダ・ツィブルカのお嬢様が誘拐されたとか、すでに儚くなられた、とか……あちこちで言われているようです」
「誘拐だと? 子供を狙った犯罪が増えているようだが、それに巻き込まれたのだろうか……?」
「そうなのですか? まぁ怖い! ドブロミラも気を付けないと。いつも侍女と騎士はつけるようにはしておりましたが……」
「そうしてくれ」
おお! お父様とお母様が真面目な顔をしてお話していますが! ついに! 来た。魔獣使いは完全に成功したような感じかしら? それとも予め仕込んでいたから噂だけ?
「誘拐……万が一助かっても婚約は難しいでしょうね」
「ああ、そうだな」
よし! これでリーディアが王妃になるルートは潰したんじゃない!? 私すごい! 私というか魔獣使いが、だけど! あの魔獣使いをどうにかして私の近くに置けないかしら?
今度街に出かけた時に攫われそうになったところを助けてもらって恩義に思って近くに置く、とかどうかしら? 今度魔獣使いに聞いてみよう!
これでリーディアが王妃になる事はなくなった。あとは私が王妃になって国を救う事が出来れば! 何が起きるか細かくは覚えてはいないけれどなんとなくは覚えているもの! 私が先読みして色々したら殿下もきっと私を選んでくれるわよね!?
神殿とのつながりも出来るようだし! これからもっともっとがんばらないとね!