牛の首
「みてみて、ここの牛さんなんか可愛いの付けてる~」
牧場の牛たちが歩くたびに、シャラランと鈴が鳴る。
「ああ、あれはカウベルっていうんだよ」
「カウベル?」
「うん、紀元前の遺跡からも見つかっているくらい歴史は古いんだけど、害獣避けや魔除けの意味もあったらしいね」
「さすがたっくん博識~!!」
「まあ、それほどでもあるかな、ははは」
久しぶりのみーちゃんとのドライブデート。実は途中で道に迷ってしまったんだけど、結果オーライ。
良さそうな牧場があって良かったよ。
楽しそうな彼女の姿を見ていると癒されるなあ……。
「ねえ、たっくん、あの牛さんだけカウベル付けていないね?」
みーちゃんの指さす方を見ると、たしかに一頭だけカウベルを付けていない黒い牛がいる。
「あれ? なんか近寄って来たよ、カワイイ!!」
……ちょっと待て。牛は一歩も動いていないんだが!?
首だ、首だけが伸びているんだっ!?
「みーちゃん!! 下がれ!! 早く!!」
柵に乗り出している彼女を後ろから抱きかかえて引き離す。
「痛っ!? 痛いよたっくん」
「ご、ごめん……う、うわあああああ!?」
みーちゃんの右手首から先が……無い。
「きゃあああああああ!? て、手が、手があああああ」
見ればさっきの黒い牛がモグモグと口を動かしている。
口から赤いものを垂らしながら。
「と、とにかく、ここを離れるんだ」
みーちゃんをお姫様抱っこして走り出す。恐怖で膝がガクガクするけどそれどころじゃあない。
どさっ。
「いったあーい……。大丈夫? たっくん」
突然大地に投げ出されてしまった。幸い柔らかい草の上だったので、怪我は無いけれど、右手が焼けるように痛む。
「…………」
「ねえ、たっくん? 大丈夫……いやああああああああ!?」
ごろんと大地に投げ出されていたのは、首のない、たっくんだったはずの肉の塊。
どくどくと流れ出るどす黒い血が、水たまりのようになっている。
なんで……? こんなに離れているのにどうして?
ちらりと見えたのは、モグモグと肉を食む黒い牛の長い首。
逃げないと。
転がるように走りだす。痛みなんて気にしていられない。
足を止めたら……喰われる。
「はあはあ……」
逃げ切った……? 追ってくる気配はない。
でも出血が酷くてめまいが……。
嫌……死にたくない。
こんなところで……誰か……助けて。
「勝手に駐車されると困るんだよな……」
なんとか車を停めた場所まで戻ってくると、麦わら帽子のオジサンが車を見ながらぶつぶつ言っている。
良かった……助かった。
「あの……助けてください、牛に手を噛まれて」
「ん? あらら、お嬢ちゃん、酷い怪我じゃねえか!!」
「ひっ……ぎゃああああああ!!?」
振りかえったオジサンの顔は紛うことなき牛だった。
「ありゃあ、驚かせちゃったなあ。こりゃあ被り物なんだけども」
気絶しているお嬢ちゃんを抱きかかえて牧場へ戻る。
「……あちゃあ……やっぱり封印が外れていたんか」
おそらくこのお嬢ちゃんの連れ合いであろう男を喰らっている黒い牛の首。
「ほれ、コレも残さずに喰え」
さあてと、コイツがお嬢ちゃんを喰っている間にとっとと封印し直さないと、な。
牛おじさん 絵/ウバ クロネさま