表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

物忘れが激しい魔術師の話

作者: 鳥の三足

あるところに、忘却が大得意な魔術師がいました。

残念なことに相手に忘却させるのじゃありません。自分が忘れるんです。

そう、彼は忘れます。どうでもよい小事からヤベえ大事まで、とにかく忘れまくります。


え、そんなんで魔術師やってけんのかって?これが幸い、何とかやっていけているようなんです、不思議なことに。ご都合主義ですね、ええ。

何故か本職である「魔術」のことと、己の稼ぎである仕事内容のことだけは、ほとんど忘れないのです。ところが残りの、日常の諸々がポーン……とどこぞに吹っ飛ぶみたいですね。


仕事は上手い事できています。ところが如何せん、普段の生活がてんてこ舞い。

若いくせに老人よりも危なっかしい。なんせ自宅の隠し金庫の番号どころか、金庫の隠し場所すらおぼつきませんから。メモ帳と、最近雇った住み込みのお弟子の記憶力を頼りに、何とか日常を送っています。


「おーい、あの大鍋どこやったっけ」

「あなたが昨日、実験で焦がして穴をあけたと言って捨ててましたが」

「嘘だろ何やってんだ昨日のオレ!しかもそれを記録し忘れてるとか、どうしろってんだ」

「知りませんよ全くもう。それより師匠、この書類、ここにサインお願いします」

「ん。ところで、あー、……スマン、お前の苗字…正確にはなんだっけ」

「師匠!またですか!ストランダーです。カルロ・ストランダーです。ほら、カレンダーにメモってあるでしょう。この指摘、今年に入って三度目!」

「スマンスマン。……あっ」

「今度は何です」

「オレの苗字……の綴りが出てこん。正式なのは普段使わん上に無駄に長ったらしいからな…」

「ししょぉぉ―!!しっかり!」

 こんな感じに尋常じゃなく忘れっぽい魔術師のお話です。

さて、彼の記憶はどこに零れ落ちているのでしょうね…。


魔術さえ覚えていれば仕事はできます。

仕事って魔術関係?はい、魔術を使う作業をあちこちから委託する便利屋稼業です。魔術で解決できることなら何でもござれ、生活のお困り事よろず相談受け付けます。


お得意様は主にこの町の商業組合で、市場や商店街からの外注を承っております。客層も個人から商会まで幅広く。魔術師としては宮仕えよりは地味なものですが、地元密着のアットホームな職場です(因みに従業員は魔術師と弟子の二人だけ)。

顧客情報も書類で事細かに管理しているから、たとえ社員が忘れても大丈夫。もっとも、魔術と、魔術に関する仕事に関しては忘れない、それがこの魔術師。

これがどうして私生活となると極度に忘れっぽいのかは謎ですが、予想だにしないものを忘れてはお弟子を仰天させるのです。


「師匠、ご自分のお名前くらいはどうにか憶えといてください。というか、普段忘れようのないことまで忘れてませんか」

「それがなァ……いつ何を忘れるか、まったく予測ができん。ランダムなんだよな。重要なことはだいたいメモってあるから良いものの。たまに突拍子もない事を唐突に忘れているからなぁ」

「それ、メモ帳をどこかに忘れたら処置なしですね」

「それな。いつでもどこでも記憶を取り出せる、外付け記憶装置みたいなのが欲しいわ、切実に」

「そうですね。いつまでも僕の記憶に頼っていただいてちゃ困りますからね。主にあなたが」

「いやー、ハハッ、すまんな毎度………ハァ」

ものっそ気まずそうな魔術師が、苦し紛れに笑います。途中でがっくり項垂れました。お弟子のカルロくんは悟りを開いたかのような微笑で師匠の肩を叩きます。

「師匠。ドンマイです」

お弟子に励まされて、アアうんまあ、と曖昧に頷く師匠。

「でも、僕が魔術を教えていただいている期間は、何とかお答えしましょう。元々、そういうお約束ですし」

何とも頼りになるお弟子ですね。


「ところで師匠、その記憶障害、魔術で何とかならないのですか?」

「記憶障害っていっちゃったよ」

「解消するまでいかなくても、軽減するとか」

いや、できるならやってるっつーの、とぼやく魔術師。

それもそうかと頷くお弟子。

「…あ、でも、以前の教練中にちらっと、記憶情報作用系の魔術が存在するって仰ってましたでしょう。あれは転用できないのですか?僕、それまで他に記憶に関する魔術なんて聞いたことがなかったので、印象に残っているんですけど」

「え?あれか?あれなあ、………ダメダメ。流れで紹介したけどさあ…最近発見されたばかりでな。かな―り危険な技術だから。あんなの使ったら死んじゃうよ。下手に改造でもしようもんなら記憶どころか脳みそが壊れちまう」

魔術師がぞっとしない様子で肩を竦めました。

「そ、そうなんですか…実は僕、ちょっとだけ興味があったんですが」

残念そうなお弟子。すると師匠が、何とも言えない顔をしました。

「…………試すなよ?一応釘差しとくけど、禁術指定だからそれ。開発時に結構死人が出てるんだ」

お弟子がぎょっと眼を剥きました。

「…………」

「だから術の仕組みを調べるくらいはまだいいが、使用はなァ」

「いや、命令されたってやりませんよそんなの!怖っ!……そんな危険なもの、授業でついでのように教えないでください……」

お弟子がしなしなと萎れました。

「あれ、禁忌魔術だってのは言ったよな?うううーん。こりゃスマン。だが安心しろ、この程度の禁術なら、内容を知ったくらいで呪われたりはしないからさ」

蒼褪める弟子に反して師匠ときたら、気楽に言い放ったものです。

むしろ知っただけで呪われる禁呪とか、何それ魔術怖い。

「まあ使ったら最悪死ぬか、死ぬよりえぐい目に合うか、後はおっかない連中がすっ飛んでくるけどな!はははっ」

ろくでもないことを並べ立てて笑う愉快な魔術師に、カルロ君ドン引き。

「どうしようこの人…記憶以外にも問題があるんじゃ」

「ん、何だって」

「どうしようこの術…記憶してても問題があるんじゃ、と言いました」

しれっと真顔で首をすくめるカルロ君。

事実この業界、知らないほうが安全な知識もたくさんあるのです。


「心配性だなァ。<生命秘術>みたいな最高禁忌の類を犯そうってんじゃあるまいし」

「比較対象が酷すぎません? <生命秘術>関連の事件と言えば、軒並み魔術史に残る大惨劇ばかりじゃないですか。一番悲惨なのが例の…禁忌魔術に触れたがため町がひとつ消滅したという人型憑代実験……僕、あの事件の話を初めて幼少学校で教わって以来、人形恐怖症なんです」

いったい何があったのやら、おっかないですね魔術の世界。

「うわあ、よりにもよってあの魔術師業界最高にぐろいのを、一般の学校でも教えているのか。ありゃ相当教育に悪いぞ?…と言っても最高禁忌関連の歴史はそんなんばっかだけどな。もしかして、他にも教わったのか?」

「有名どころだけですが。あの授業、確かに子供心には衝撃でしたけど、その分、それなりの抑止効果はあったんじゃないですかね。禁忌魔術へのトラウマ必須ですから」

「そりゃ結構なことだな。……言うまでもなさそうだが、お前も、戒めだけは忘れんじゃねーぞ。まったくいつの世も、神秘に中途半端に手をだして失敗こく莫迦がいるせいで、魔術師全体が白い目で見られるんだ……。でもそうさな、確かに安全性でいうなら、禁忌魔術はそもそもが知らぬ触れぬに限る。だが今言った記憶魔術はそこまでキツイ禁忌じゃないから、参考に勉強するくらいは大丈夫だぞ」


いや、絶対に記憶から抹消するぞとばかりに首を振る弟子カルロ。よほどのトラウマがあるようです。残念ながらカルロ君は記憶力が人並み以上に良いので、過去の教訓を忘れられないのでしょう。


(まてよ、もしや……師匠の記憶障害って……)

ふと、お弟子にはいらぬ考えが浮かんだようです。

「おいどうした考えこんで」

「いえ何でもありません」

突かぬ藪に、蛇はなし。いくら子弟関係といえど、魔術師とは厄介な者。無用の詮索はろくなことになりません。カルロ君は、黙っていることを選択しました。もしかしたら師匠の記憶障害は、なんか実験でやらかしちゃった代償、のせいかもしれない、と疑いつつ……。



※とにかく書きたかったので書いたのですが細かい設定は生やし中

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [一言] 連載したらもっと面白そうです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ