君が笑っていられますように
そういえば、とルミナスは思い出す。
かつての生で結婚するはずだった、リーズ伯爵。
結婚式の目前で花嫁が死んでしまう(殺されてしまう)という多大なる迷惑をかけてしまった上に、それの犯人がまさかの妹だなんて、どれだけ謝っても謝り足りない。
あの時、自分を突き落とした妹は、どんな顔をしていたのだろうかと考えても思い出せない。とはいえ、自分が死んだ瞬間など思い返したくないというのもあってか、そちらはすぐに考えることと思い出すことをやめた。
穏やかながらも、芯の通った意見を持っていた彼に、ふと会いたいなと思ってしまう。
あの時死んでしまった自分は、きっと彼とならうまくやっていけたのではないだろうかと根拠の無い自信がある。
社交も、夫人としても、己が努力できるところは必死に頑張って、家庭教師の先生や通っていた学園の教師陣、両親や祖父母にも褒めてもらえていた。
13歳の時に初めて会って、お互いに顔をじっと見て、はしたない!と注意されないよう、こっそりはにかみ笑い合った記憶がふわりと蘇る。
今思えば、あれはきっと自分の初恋だったのだろう。それに加えて、婚約して結婚までいけそうだったのはどれだけ思い返してもリーズ伯爵しかいなかった。
かつては13歳の時に顔合わせをしたのだが、今の自分はまだようやく7歳。
そして、リーズ伯爵家とは縁を結ぼうにも、妹から離れるために隣国へとやって来ているので、会えるかどうかも分からない。
更に言うと、こんな風に己自身で運命をねじ曲げてきているのだから、そもそも出会いの機会があるのかどうか。
一応、家を出る期限を設けてはいるが、正直なところ今はまったくと言っていいほど実家に戻りたいと思えない。
どうせ、また同じようになってしまうのならば、もうこのまま祖父母と一緒に居た方が間違いなく自分自身の為になる。
きゅ、ときつく唇を噛み締めた。
来たばかりだけれど、もういっそのこと養子縁組なりを提案してしまおうか、とも思ってしまう。
マリアが泣きわめいて言うことをきかせることに、(無意識ながらも)味をしめているとしか思えないし、厳しく躾をしようとしたところで『こうなったのも姉のせい』だと思い込んでしまい、本当にどうしようもないところまでいってしまうに違いない。
ならば、もうこのまま離れていた方が自分の身のためだ。
「どうしようかなぁ…」
滅多にもらえない休みを悩んで過ごすことも勿体ない。
まぁいいか、と考えることは一旦後回しにしてみることにした。
思考が行き詰まってしまったのなら、いっそのこと何もしないに限る!とルミナスはごろりとベッドに横になる。
侯爵家にいた頃は、こんなことをすれば『お行儀が悪いですよ、お嬢様!』とすぐ叱られたが、何せ今日は祖母が大々的に『ルミナスは一日休みなのだから自由にさせてあげて!』とメイドや執事に伝えてくれている。
自分つきのメイドもいるのだが、呼ばなければ来ないようにしてくれている。
「とりあえず…二度寝しよう。考えるのは起きてから!嫌なことがあったら寝るに限る!」
ふかふかで寝心地の良いベッドに寝転んで、そのまま目を閉じる。
ここ最近、必死に頑張り続けてきていたせいか、睡魔は思ったよりすぐにやってきた。
あぁ、子供でも疲れる時は疲れるんだなぁ…と頭の隅で考えて、ルミナスはそのまま眠りについたのだった。
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ルミナスが部屋でごろごろして眠りにつき、絶賛夢の中にいる中、応接室では本邸から別邸にやってきた、現ローズベリー伯爵家当主と夫人が、アレクシスとミーシャの話を聞いていた。
「ルミナスちゃんが…そのようなことになっておりましたの…?」
ローズベリー伯爵夫人、レノオーラは困惑したような表情で問い掛ける。嘘であってほしい知らせだったが、ミーシャはため息混じりに頷いて肯定してみせた。
「残念ながら、事実よ。まったく……マリアが泣き喚いて人に言うことをきかせるような子に育ってしまっていたなんて」
「ルミナスが常に我慢して、マリアが泣いたら『姉なのだから』と言い聞かせ、譲ってやることを繰り返して、いい子であり続けてしまった結果だろう。本来ならばそのようなことを言わず、窘めなければならないのに…。育てかたを間違えたことに、ルミナスがここまで行動して初めて気が付いたようだ」
アレクシスの言葉に、ローズベリー伯爵家現当主・ライルは呆れたように天井を仰ぎ見た。
「何をやっているんだ兄上は…。いや、義姉上も、か…」
「幼子だからと、何でもかんでも言うことを聞いてやれば、いずれはこうなると予想できなかったのかしら…」
「していなかったのでしょうね」
その場にいる四人の大人達は、思いきりため息をついてしまう。
少しの間そうして脱力し、ふとレノオーラが体勢を元に戻した。
「あの…ルミナスちゃんは、ヴィアトール学院に通うのですよね?」
「ええ、この家からね」
「…ラクティ家は名乗らないのでしょう?」
「そうよ。だから、貴方達を呼んだの」
ミーシャの言葉に首を傾げるレノオーラに、アレクシスとミーシャは揃って頭を下げた。
「父上?!母上?!」
「お、お顔を上げてくださいませ!」
「わたくしとアレクシスがこちらに戻って来た時にもそう、貴方達には迷惑をかけます。ですが…ルミナスの為、どうか学院に通う間だけでも親子として振舞っていただけないかしら」
今にも泣きそうな母の声にライルは戸惑いもしたが、可愛い姪のため。そして、自分達には子供がいない。
無理に親子関係を築くのは難しいとは思うが、せめて居心地の良い場所を提供してあげたいと、その思いはアレクシスやミーシャと同じだ。
ライルの妻のレノオーラも同じ。
幼い頃にかかった病のせいで、子が成せないと分かっていても自分を娶ってくれたライルの優しさ。それを告げた時に離縁を言わなかった優しい義父母のためにも。何より、自分とは血の繋がりはないが、可愛い姪のためならばと、迷うことなく現当主夫妻は笑みを浮かべる。
「子育てはしたことはありませんが、少しずつ関係を育んでいければと思いますわ、お義母様!」
きっぱりはっきりと告げた妻に対し、力になりたいと思いつつも慎重にいかねばなるまいとライルは表情を引き締めた。
「ルミナスが気負わなければ良いのだが…まずは、皆できちんと話そう。…ところでルミナスは今どうしているんだ?」
言われてみれば。
アレクシスとミーシャを見ても、二人とも知らないと緩く首を振る。
今日は一日休みにしているようだが、別邸がそこそこ広いとはいえあまりに静かすぎる。
控えていたメイドに、ルミナスの様子を見てくるよう頼んでからどうしたものかとライルは考え込む、が。
「ルミナスお嬢様は、大層気持ち良さそうにお眠りになっておられました」
早々に戻ったメイドの一言で、その場にいた全員の毒気が抜かれ、思わず声を揃えて笑ってしまった。
ならば無理に起こすこともないだろう、と判断した大人達は、昼くらいに再度集合することにしてそれぞれ仕事に戻ったのである。
なお、ルミナスが起きたのはきっかり一時間後。
お昼ご飯のほんの少し前、時間にして約11時半くらいであった。




