そんなの聞いてないし知りたくなかった
朝食の席で、アレクシスの放った一言が原因で、ルミナスは手にしていたフォークとナイフをつるり、と落としてしまった。
かしゃん!とよく響く音と、呆然とするルミナス。
そして不思議そうにするアレクシスとミーシャ。
そばに控えている使用人たちは更に不思議そうな表情を浮かべている。
「おう…たい、し…?」
「ん?あぁ、この国は魔道具の流通や生産が盛んじゃろう?王太子も魔道具の基本を学ぶために一度ヴィアトール学院に入学するんじゃよ」
――――聞いてない!!!!!!
ぱくぱくと口を開閉させるルミナスを、ミーシャは訝しげに見つめ、口元を軽くナプキンで拭ってから言葉を紡ぐ。
「ルミナス、お行儀が悪いですよ」
「ルミナス…どうした?具合でも悪いのか?」
真っ青になり、仕舞いにはガタガタと震え始めるおかしすぎる様子に、ミーシャが慌てて立ち上がり、ルミナスの元に駆け寄って額に手をやる。
「熱は、ないわね……。ルミナス、しっかりなさいルミナス!」
「………あ、え、と…………す、すみませんおばあさま…」
は、と浅めの息を吐いてからゆっくりと深呼吸をして、慎重に慎重に呼吸を整えていく。
「(自国の王太子をかわしたと思ったのに今度はこっち…!)」
取り落としてしまったナイフとフォークを持ち、残りのオムレツを食べるため切り分け、少しずつ食べ進めていく。
頭の中をぐるぐると回るのは、今回の生が始まる前の、一度目の嫌すぎる思い出。
パールディア王国の王太子であったレンディス第一王子と、その婚約者であるフィン公爵家令嬢ナディア。
国が決めた婚約者同士であったが、互いに助け合い、支え合い、良き伴侶となっていくだろうと貴族の間のみならず、平民の間でも、似合いの二人だと言われていた。
そんな二人が婚約をしたのは双方5歳の頃。
幼い頃からしっかりと互いを支え合っていたからこそ築けた素晴らしき関係だった。
貴族の子女ならば、誰しも入学するパールディア王国の貴族学院。
ナディアもレンディスも、優秀であったためにクラス分けは勿論最優のAクラス。
他にもAクラスに所属となった生徒は幾人かおり、当時のルミナスもその内の一人だった。
仲の良い伯爵家令嬢と、『憧れの王太子殿下と麗しき公爵令嬢』を陰ながら応援していた。更に、二人の事はAクラスだけではなく、他のクラスでも応援していた生徒は多かった。
学園中の憧れの二人であることから、所謂アイドルのような扱いもされていたし、ナディア、レンディス、双方のファンクラブのようなものも密やかにあったらしい。
憧れの王太子殿下と同じ学び舎で学べる、学園にいる間は分け隔てなく(といってもある程度の節度は勿論あったのだが)、接してもらえるという事実に伯爵家よりも下の令嬢たちは色めきたってしまったため、レンディスに近寄ろうとする女子生徒が相当増えてしまったのだ。
レンディスは誰に対しても分け隔てなく接する優しい物腰や性格であったことが、更なる災いを呼んでしまった。
勘違いをした令嬢が暴走し、己の家柄よりも下の令嬢を牽制すべく陰ながらの嫌がらせを開始してしまったのだ。
だが、ナディアに言われたなどと言ってはレンディスからの印象が最悪となってしまうし、どうにかして他に責任を背負わせねば、と。
そうした結果、矛先が向いたのはAクラス在籍の、家柄の高い女子生徒。
それが、ルミナスだったのだ。
運が悪いとしか言いようが無かったが、あれよあれよという間に噂は広がってしまい、友であった令嬢も離れてしまった。
憧れのナディアからは『どうしてそのようなことを…!』と詰め寄られてしまうし、レンディスからも『品行方正だと信じていたのに、裏切ってくれたな!』と罵られてしまった。
『何がどうして、どこをどうすれば裏切りに?!』とうっかり出そうになったが、後々言ったところでもう既に時は遅かった。
狡猾な手段に長けていた名も知らぬ令嬢のせいで、ルミナスが王太子に色目を使う生徒をいじめていたという噂が駆け巡り、そして広がり、父も母も責任を問われた。
侯爵家令嬢ともあろうものが、どうしてそのようなことを!と言われても、そもそもやってないのにどうしてそれを説明しろというのか教えてほしい。
ここまでをついうっかり食事中に思い返して、ルミナスは一瞬で体調が悪くなってしまったのだ。
だからこそ、王太子という生き物に期待などしないし、関わりたくもなかったのだが。
「(こっちの国のことあまり調べてなかったもんなぁ……まずいことになりそう…)」
少しずつ本調子を取り戻して、朝食を食べ進めているルミナスを見て祖父母は安心したのか、ほっと息を吐いた。
ここ最近は少し緩いペースで勉強を進めてはいたが、今日の授業は丸一日休みにしてあげようとミーシャは決めたのだった。
そして、普段よりも少しして朝食が終わり、ミーシャから休みを告げられたルミナスは自室へと戻る。
ぽふ、と柔らかな音をたててベッドに倒れ込むと、思い切り深呼吸をした。
「関わりになんかなるもんですか…。入学試験、人並みちょっと以下の成績で合格しなきゃ…!」
目立たないようにと心に誓ったルミナスだが、後々それを聞いたミーシャは内心こっそりと思った。確か最近やってきたメイドが何か言っていたけれど、そう、確かこう言っていなかっただろうか。思い出して、ルミナスが見ていないところでこっそりうんうん、と思いつつ頷いた。『それが、所謂フラグというものではなくって?』と。
おばあちゃまに『フラグ』という単語と意味合いを教えてしまったメイドさん、後々『貴女から聞いた言葉、孫に言ったら使い方も意味も合っていたらしいわ』と報告を受けたそうな。




