厳しい、辛い、でも楽しい
スパルタおばあちゃん
祖母の授業はハードというか何というか。
そう、あえて表現するならば「つらい」、これに尽きる。
貴族令嬢として学んできた下地があっても、基本的な物質の構造やら材料学、物理学、そして貴族では学ぶことの無い『雑学』混じりの様々な勉強まで。
一先ずは入学試験に備えての勉強をしなければ、と始めたこれが、大変つらい。いや、弱音を吐いている場合ではない。
祖母から出された課題をこなしておかないと雷というか、雷以上のものが落とされる。主にゲンコツという形で。ちなみにだいぶ痛い。
だが、それでも必死に食らいつき、涙を零しながらも手はとめない。歯を食いしばって問題集にかじりつき、問題を必死で解いている。そんな孫の様子を見ていた祖母は、扇の向こう側で口端を上げ笑みを浮かべた。
生半可な覚悟で色々手を出されても困るから、相当キツめの授業をしている自覚は勿論ながらある。ついでに言うと、ルミナスならば入学試験くらいならあっさり合格できる頭を持っている。けれど、それだけではいけないと感じていた。
貴族の娘が興味本位で魔道学に手を出しているのではないかと侮られては困るし、加えて隣国から来た貴族令嬢というだけで偏った見方をされる。そういう時に最も力になるのは得た知識なのだから。
現状、ルミナスがやっている勉強内容は実はとっくに初等科の範囲が終わって中等科の内容に踏み込んでいた。というのも、ある程度勉強の下地もあったおかげで、すいすいと進んで行ってしまったのだ。
ならば、と。ミーシャは座学のレベルを一気に跳ね上げた。ここで脱落するようならそこまでだと、知らしめようとしたのだが、思いがけずルミナスは食らいついてきていた。
分からないところは分からないと口に出す、自分が納得するまで折れないし諦めない。
今まで解けなかった問題が解けると心の底から嬉しそうに笑う。
どうしてあの馬鹿息子達は、あんな妹にかまけてばかりで、この子がしてきた努力を、更に伸ばしてやることをしなかったのか、褒めてやらなかったのか。こんなにも喜ぶ姿は可愛らしく、そして愛おしいというのに。
喜ぶルミナスをたっぷり、これでもかというほど褒めちぎり、しっかり抱き締めて自分も嬉しいのだと伝えた。
「頑張ったわルミナス!!よくやりました!」
「おばあ、さま?」
きょとん、と目を丸くする。
真実を知らないルミナスは、『入学試験用の問題が解けたくらいでどうして』と思っている。
そうではない。
初等科に入って行う勉強を既に終え、中等科の内容の問題をもうじき7歳の幼子が必死に解いてみせたのだから、それはそれは喜ばしいことなのだから。
「まさか貴女がこんなにも頑張るなんて!あぁ、あんな所から連れ出せてよかった…!」
「え?えあ、ええ、…え?」
「ルミナス、貴女が今やっているのは、入学を目指しているヴィアトール学院の中等科の問題なの!」
「なんて?」
貴族らしい言葉遣いは秒で家出をした。
この祖母、やりおったな?と。内心ギリギリと歯ぎしりしながらも、ここまで喜んでくれた理由が分かったのだ。
確かにそうだろうな、と思う。
この屋敷に来て、まったり過ごすのを止めて早4ヶ月。入学試験まではあと1ヶ月というところまで来て、初めて祖母がこんなにも褒めてくれた。
だが、嬉しいやら悲しいやら、己がやってきた内容が入学してからやる内容を見事に終わらせてしまっているというのはいかがなものなのか。
孫の表情から読み取ったミーシャはころころと笑いながら、ついでに遠慮なくルミナスの髪を撫でつつ言葉を続けた。
「散々厳しくしてごめんなさいね。でも、貴女のためなの」
「私の?」
「隣国から来た貴族令嬢、というだけで偏見を持って嫌な見方をする人も少なからずいるわ」
「あ…」
そこまではさすがに考えていなかった。
ルミナスはミーシャの言葉に神妙な顔つきになってしまう。
「だから、貴女にこれでもかという程に知識を付けさせたの。厳しくしすぎた自覚は勿論ありますとも」
「あったんだ」
「えぇ、ごめんなさい」
微笑む祖母に対してジト目を返してしまったのはこの際見逃してほしい。ついでに家出している言葉遣いも。
やってもやっても足りないと叱られ、必死こいて勉強して、ただ詰め込むだけならすぐ忘れてしまうから原理まで色々と理解しながらだから、時間はかかってしまった。正直、今までの何よりも心がへし折れかけたのだが、改めて言われると祖母の言うことも尤もである。
自分の国の学院に行けば良いのに、わざわざ魔道学を隣国に学びに来る理由を邪推する人もいるだろう。
自国での身分を明かせば、『婿探しか』と思う人もいるかもしれない。
「知識は、貴女を必ず助けてくれるわ。学院に入ってから学ぶよりも先々のことを身に付けていれば、本気度も分かってもらえるでしょう」
「そう、でしょうか」
「バカにされたら見返してやれば良いのよ。ルミナス、貴女とんでもなく頭良いんだから。あぁ、無論顔立ちもとても可愛らしくてよ?」
「………へ?」
何言ってんだ?と言わんばかりにきょとん、と更に目を丸くしたルミナスの鼻をむんず、とミーシャは掴んだ。
「んむー?!?!ほばあひゃま!!ひたひ!!」
「頭も顔も良いの、貴女。しかも礼儀作法も完璧、加えて人見知りもあまりしないんだから、人として下地が整っているとでも言いましょうか」
「むー!!」
「あら失礼」
鼻から手を離し、ルミナスの頭を改めてよしよしと撫でてやる。勉強を教わっている時とは違い、限りなく優しい、慈愛に満ちた眼差し。
むぅ、と膨れながらも鼻をさすってから、今まで勉強してきたのが分かる参考書の山をじっと見つめる。
これまで自分が頭に詰め込んだ証でもあり、基礎を学ぶための参考書達はページの隅が少しボロボロになっているものもある。
「おばあさま、ひどいー」
「うふふ、ごめんなさい。でもわたくしの言ったことは紛れもない事実よ」
「えぇ…?」
「貴女の勉強をここまで付きっきりで見てきたわたくしが言うのよ、自信をお持ちなさいな」
言われても、イマイチ分からない。
侯爵家にいる頃は『できて当たり前』と言われていたし、家庭教師達から一切褒められたことがなかったのだから。
もしかしたら、父や母に対しては何かしら報告されていたのかもしれないが、生前の7歳になる頃はマリアの癇癪にひたすら根気よく付き合っていた記憶しかないから分からない。
それでも、今こうして褒められているのは事実なのだ。
他人にも自分にも厳しい祖母が、嘘偽りなく、心の底から褒めてくれていることが、本当に嬉しい。
じわりじわりと胸が温かくなり、侯爵家令嬢らしからぬと言われようとも、色々なものを理解して、そうしてすとん、と胸の奥に落ちたその瞬間、ルミナスはにへ、と笑った。
その笑顔は、これまでの人生で一番の年相応の笑顔だった。




