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不思議な出来事

「おじいさま、おばあさま、ご無沙汰しております」

「いい、久しぶりなのだからそのかしこまった挨拶はやめんか!」

「あなた様」

「痛い!」


 アレクシスとミーシャは、大変に仲が良い。

 そう、例えばツッコミをするときに、ミーシャが思いきりアレクシスの頬を引っ張ったりするくらいには。

 家族の前でしか見せないけれど、初めて見ると思わず『貴族がこんなことするんだ!?』と驚くくらいには珍しいものだろう。アリアは未だにこの夫妻のこういった距離の近さには慣れていなかった。


「ルミナスのおじいさんとおばあさん、仲良しよね……」

「そうね。貴族らしくお見合いというか……婚約者同士からの結婚らしいけど、ものすごくウマがあったんですって」

「へぇ……。何かでも、うん。良いなー」

「そう?」

「うん。ルミナスはきっと、こういう家族の触れ合いっていうか、えーっと、こういう中にいた方がのびのび過ごせるんだと思う」

「アリア……」


 へぇ、と思わずディルは声には出さないけれど感心した。

 ルミナスという子の本質をきちんと見た上で、不快な思いをさせていないかにも気を配りながら発言している。

 グレイスフォード商会の娘、ということは応接間に来るまでに紹介をされたけれど、とても思慮深い子なんだな、と改めて感じられたのだ。


 加えて、アリア、アリューズ、ルミナスのバランスが、とても良い。


 この子たちが一緒にいてくれたから、ルミナスは実家への思いを早めに振り切ることもできているんだろうな、とも推測できた。


「過ごす環境、というのはとても大切だ。ルミナスは今まで邪魔ばかりしてくる妹をどうにかしないと、自分の幸せを掴み取れなかったというのに、一番身近で助けてくれるはずの親が更なる障害にしかなっていなかったからね。あのとき、小さかったのにもかかわらず、本当によくぞ決断したよ」

「お兄様……」


 本当のことは、兄はまだ知らない。

 ミーシャやレノオーラから目配せされるが、小さく首を横に振った。


「……ルミナス?」

「えぇと……」


 言ってもいいのだろうか。

 兄は、とことんまでに現実主義な一面もある人だ。この先、ラクティ侯爵家当主になろうともいう人に対してこんな話をしてもいいのだろうか、とルミナスは言うことを躊躇ってしまう。


「ルミナス、ディルくんなら大丈夫じゃないかしら。きっと彼は聞いて判断したうえで、ルミナスの力になってくれるわ」

「母様……」


 何やら妹が抱え込んでいるようだ、とすぐ察したディルだが、この場にいる自分以外は知っているらしいこともすぐに察した。

 恐らく、それはルミナスがあの家を出ると決断した理由なのだろう。

 だが、執事から聞いている理由だけでも、それは十分に家を出る理由になるというのに、それ以上の何かがあるのだろうか、と不思議に思った。


「ルミナス、何かあるのか」


 既にどこか確信めいた口調のディルに、ルミナスは思わずぐっと黙りかけてしまうが、続いた言葉に目を丸くした。


「普通なら、十歳にもならない女の子が、離れた所に住んでいるおじいさまに連絡して迎えに来てもらったり、自分の口から両親や妹に対して絶縁に近いことしないんだよ。お前が学院に入学して、色々と知識も増やして、世界の広さも少しずつ知ってきたところで、何となく……話があるんじゃないのかな、と予感はしていたんだ」

「お兄様……」


 話しても良いのだろうか。

 あまりに荒唐無稽で、信じられるような話ではないのだが、と思っているとアリアやアリューズも、ルミナスに頷きかけてくれている。


 大丈夫だよ、そう言ってくれている気がした。


「……お伽噺のようですけれど、聞いてくださいますか?」


 大きく深呼吸をして、ルミナスはディルに問いかける。


「当たり前だ」

「本当に大丈夫ですね?」

「……あ、ああ」

「本当に」

「くどい!」

「あいた!!」


 あまりに繰り返して確認するルミナスにしびれを切らしたディルは、思わず立ち上がってルミナスに容赦なく拳骨を落とした。

 ごん!と結構な音がしてルミナスは頭を押さえ、『おおおおおおおお……』と令嬢らしからぬ悲鳴のようなうめき声をあげている。


「痛そう……」

「あれは……痛いよな……」


 友人コンビもうわぁ、と痛そうな顔をしているし、祖父母、父母も『あらぁ……』という複雑そうな顔をしている。


「良いから話せ! 早く!」

「……あい……」


 頭を押さえたままなものの、ルミナスはぽつりぽつりと自分の身に起こった出来事を話していく。


 最初は興味深そうに聞いていたディルだが、ルミナスが死を繰り返してやり直しをしている、と聞けば眉間にしわが寄った。


「まさか……」

「……事実、です」


 ぎゅ、とルミナスは自分のスカートを握りしめる。

 いくら優秀な兄といえど、妹が死に戻りをしているだなんて思わなかっただろう。しかも回数は一度などではない。


「…………合点が、いったよ」


 とさ、とディルはソファーの背に深くもたれかかった。まさか妹がこんな運命にがんじがらめにされているだなんて、更には、事の発端がもう一人の妹にあるだなんて。


「……だから、お前はアレ(マリア)から離れたかった……」

「はい」

「マリアを、改心させようと思わなかったのか?」

「もう、今までの人生で試しました」


 既にやった。

 それを想像しなかったディルではない。だが、いくらなんでも……とディルの顔色は悪くなっていく。

 ミーシャやレノオーラ、アレクシスにライルも聞いていたから、苦笑いを浮かべている。


「繰り返すたび、まず取り掛かったのはマリアの性格矯正です。でも、何故だか無理だった。あの子は、()()()()()()()()()()()()()

「…………は…………?」


 何度も、向き合おうと努力したのだ。

 ルミナスは、死にたくないから必死に抗った。マリアの性格を直して、少しでも生き延びようとルミナスは努力に努力を重ねた。


 だが、マリアは何かにプログラムでもされているかのように我儘放題な性格から、どうやっても直らなかったのだ。加えて、ルミナスへの執着も凄まじかった。


 その結果、アリューズだって何度も泣いた。

 ディルも、両親も泣いたけれど、マリアは――。


「私が死んだ後のことは、知りません。ですが……」

「…………執着している相手がいなくなって……あの馬鹿は、ルミナスの死後、どうしたんだろうな」


 ぽつりと呟いたディルの言葉に、その場はしん、と静まり返る。

 執着の対象がいなくなれば、一体、マリアは何をどうやってその後を過ごしたというのだろうか。


「考えても仕方がない。……が、ルミナスはあの家もろとも捨てて正解だ。いずれ、いつかどこかの社交界でマリアに会った時は、お前はローズベリー伯爵令嬢として、普通に挨拶すればいい。それだけだよ」

「お兄様……」


『私……頑張ったよね……、お兄様……? ねぇ……、私が何をしたとおっしゃいますの……? どうしていつも、あの子に振り回されて……!』


 また、だ。


 ざざ、とノイズが走ったような感覚に襲われ、今、目の前にいるルミナスに、成長したルミナスの姿が重なって見えた。

 一瞬のことで、すぐにそれは見えなくなったし違和感もなくなったのだが、ディルは思わず目を擦った。


「……お兄様?」

「いや…………何でもない」

「でも、顔色が何だか悪いです。移動の疲れも出てきていらっしゃるのでは……?」


 心配そうにしているルミナスは、慌ててディルの元へと駆け寄る。

 ディルに寄り添うようにちょこんと座り、じっと見上げてくる妹の頭を優しく撫でれば、猫のように嬉しそうにルミナスは目を細めた。

 ああきっと、こういうところをミリィに見られたりしているから、溺愛していると勘違いもされているのだな、とディルは頭の片隅で考えたが、言いたければ好きに言わせておこうと今は放置することを選んだ。


「なら、少し休もうかな。ああそうだ、リーズ伯爵子息、少し二人で話せるだろうか」

「え……っ、は、はい!」

「お兄様、アリューズのこといじめたら私怒りますから!」

「いじめたりなんかしないよ」


 撫でていた手の形を少し変えて、ごす、とルミナスの頭に手刀を落としてから立ち上がる。


「すみません、ルミナスのおすすめ通りに少し休憩してきます。でも、少しだけリーズ伯爵子息をお借りしますね」

「ディルの部屋は、客間を用意しているから、そちらに行きなさい。メイド長、案内して差し上げて」

「かしこまりました」


 頬を膨らませてディルを恨めしそうに見ているルミナスに視線をやり、そして頷いた。


「……良かった」


 ここでなら、きっと自分の妹はのびのびと、将来に向かって思う存分翼を広げられる。

 さっき聞いた話は、信じたいけれどあまり信じられるような話ではない。だが、皆の様子から察するに事実なのだろう。


 ――だが。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「わたしに、何の用事でしょうか」

「単刀直入に聞きたかったんだ。明日、僕の婚約者と合流して、ルミナスたちにも改めて挨拶し直すんだけど……。彼女はとっても現実主義者でね」

「はぁ……」


 アリューズとディルは、それぞれソファーに座って対峙する。


「さっきのルミナスの話だけどね」


 先ほどまでのにこやかな雰囲気は、消え去っていた。どうしてこんなにも読めない表情なのだろうか、とアリューズはぐっと身構えた。


「皆の様子から、真実なのだろうとは思う。けれど……」

「けれど?」

「君が信じるに至った理由を聞かせてもらえるかな。こういうのは協力者が多ければ多いほどいいだろう。だから、ルミナスの婚約者たる君が、どうしてあんな摩訶不思議な話を信じる気になったのかを、僕に教えてほしいんだ」


 ディルは足を組んで、口元だけに微笑みをたたえて言う。

 あまりに静かに、だが冷静に。先ほどの温和な雰囲気はとっくに家出してしまっているが、アリューズがルミナスのことをどうして信じられるか、は簡単に言える。


「……うわごとで、こう、言っていたんです」


 さぁ続けて、と言わんばかりにディルは促す。


「ルミナスが、『もう』死にたくない、って」

「え……?」


 あの様子を見て、アリューズはルミナス自身に何かあるんだ、と確信した。そして根掘り葉掘り聞いて出てきたのが死に戻りの話なのだから。


「何だ……それは……」


 さっきの話で、それは聞いていない。ルミナスが意図的に隠したのか、わざわざそんなことを言う必要はないと思ったのか、理由は定かではない。


「そんなこと……さっきは……」

「ルミナスは、隠そうとしたわけじゃないと思います。ただ、意識が朦朧としていたから、彼女自身がはっきり覚えていないだけで」

「……そうか」


 はぁ、とディルは深くため息を吐いてぐしゃぐしゃと頭を掻いた。


「ただの悪夢を見ただけなら、そういううわごとにはならない。いや、そもそも()()を経験していないと口から出てはこない……か……」


 頷いたアリューズを見て、ディルもようやく心から納得したようだった。

 先ほどまでは半信半疑だったのを必死に隠していたが、ここまで聞けば信じるしかない。


 得体のしれない力が働かないと、この現象に関しては説明ができない。


「(……これはまた、とんでもない巡り合わせになるな……)」


 明日合流してくれる婚約者には、もっとしっかり話さなければいけないな、と思い、ディルはがっくりと項垂れた。

 アリューズもきっと、ルミナスのあのうわごとと、彼女自身に何があったのかという詳細を聞かなければ、きっと心のどこかで疑ったままだったかもしれない。


「すみません。でも、ルミナスだって必死で」

「分かってるよ。あの子が冗談であんな話をするとは思えない。だが、魔法でもなければ成り立たない話だから、どうにも……ね」

「……ですよね」


 はは、と二人揃って力なく笑うが、ディルはすっとアリューズに手を出した。


「改めてよろしく頼むよ、リーズ伯爵子息。明日、僕の婚約者がここで合流するけれど……何のめぐりあわせだろうね。いや、これもきっと『ご縁』なんだろう」

「え……?」


 苦笑いをしているディルを見て、アリューズはぽかんとする。

 同時に、『ああ、きっと何かが進む』という直感も、同時に覚えたのだ。

信じてはいるけれども、なんかこう……もやっとしていたお兄様なのです

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