手紙の内容をまとめるならば簡潔に
「ん……?」
明日から学院に復帰しようと準備をしていた、とある日の昼下がり。
アリアとアリューズが来てくれることに嬉しさを感じていたルミナスだったが、自分宛だ、という手紙をミリィが持ってきてくれて、ちょっとだけ顔を曇らせた。
「私宛?」
はて、一体誰だと思ってみても、差出人になりそうな人は今の所思い当たらない。
クラスメイトだっだとしても名前を予め家族や使用人たちには周知徹底させているから、分からないはずはない。
「誰だろ」
くるりと封筒をひっくり返して見てみれば、『兄より』と書かれた文字。
これを渡してきたのはミリィだし、彼女自身もよく知ってる人なのでまぁいいとして。せめて兄だと教えてくれー!と思いながら封を切った。
見慣れた、とても綺麗な文字がつらつらと並んでいるのをじっくり読んでいく。
「えーと……何なに……?」
『ルミナスへ
元気にしているだろうか。いや、お前のことだから間違いなく元気だね。学院にはもう馴染んだかい?友達はできた?
こちらで癇癪を起こしまくりな馬鹿のことは思い出さなくていいよ、ちょっと締め上げたから大人しくなったので。
それはそうと、お前に婚約者ができた、ということのお祝いをしてあげられていなかったので、是非お祝いさせてほしい。それから、婚約者だという令息にも会わせてもらえないか?
何日か、泊まりでそちらに行こうと思うので、おばあさまたちのご予定も聞いた上で連絡してほしい。返事を待っているよ、兄より』
「……簡潔すぎる」
簡潔だが、それでいて母のような手紙にルミナスは思わず笑ってしまう。
そんなルミナスをミリィがひょっこりと覗き込んでくる。
「お嬢様、ディル様からのお手紙には何と?」
「マリアを締めたって」
「お嬢様、多分それはピンポイントの内容かと推測いたしますが、他には何と?」
「会いに来るって」
「まぁ!」
ルミナスからの簡潔な答えに、ミリィの顔がぱっと明るくなる。
あの家で、ルミナスの絶対的味方であった、貴重な常識人の一人であるルミナスの兄・ディル。
執事長も常識人ではあったのだが、如何せん注意が遅かった。どうしてルミナスが出て行こうとしたあのタイミングまで雷を落とせなかったのか、理解に苦しむ。
「では、奥様や大奥様にご予定を伺わねばなりませんね。それから旦那様と大旦那様も!」
「もう一人いるわ」
「はて?」
「アリューズにも会いたいんですって、お兄様は」
「あら……」
まぁまぁ、とミリィは呟き、そして続けた。
「婚約者のことを値踏み……?」
「人のお兄様をなんだと思ってんの」
「ディル様って結構なシスコンでいらっしゃいますので、つい」
「……どこが?」
「……お嬢様、お気づきでいらっしゃらない……?」
えぇ……?と、二人揃って訝しげな顔になる。
ルミナス相手なら、とんでもないシスコンっぷりをディルは遠慮なく発揮しているのだが、まさか本人が気付いていないだなんて!とミリィは思わず頭を抱えた。
「まって、そんなにお兄様ってわかりやすい!?」
「お嬢様が鈍感なのか、そもそも普段からのディル様がお嬢様超溺愛だから、お嬢様がそれを当たり前の事として受け入れているからお気づきでないのか……!」
「ねぇ、もしもし、ミリィ」
うんうんと唸り始めてしまったミリィだが、ラクティ侯爵家ではディルの溺愛はルミナスだけに注がれていたのは周知の事実。
本人のみ知らないだけ、が実の所正しい。
ディルが留学などをしていて家にあまりいなかったから、というのもあるが、自分が愛される、もしくは大切にされる、ということに関してルミナスは大変に、鈍かった。せめて、兄である自分が妹を大切にしなければ、というディルの思いもあったのだろう。加えてルミナスが色々と頑張っていたからこそ、ディルはマリアとルミナスをきちんと区別していた。
あの家で、マリアがいつも最優先にされてきた結果なのだから、今は勿論状況が異なっているので問題なく甘やかされるようにもなってくれたし、周りに助けて、とも言えるようにはなってきた。
そんなことを考えていたミリィだが、ルミナスからの『もーしもーし!』という声でようやく我に返った。
「はっ、失礼いたしましたお嬢様。つい」
「いや、良いんだけど……私って、お兄様にそんなに大切にされて、た?」
「されておりますよ。マリア様の件に関しては特に、でしょうか」
「……そっか」
そうなんだ、と嬉しそうにはにかんでいる今のルミナスが可愛くて、この光景をどうにかして切り取れないかと、また別の意味で頭を抱えてしまったミリィだが、ディルがやって来るのであればラクティ侯爵家の近況も聞けるのでは、と思い付いた。
「お嬢様、ディル様がいらっしゃるのであれば今の侯爵家の色々なことを聞いてみてはいかがでしょう?」
「お父様やお母様のこと?」
「はい、それから」
「ミリィ、一応言っておくわね。私、マリアは頭数にそもそも入れていないから、聞く必要などないわ」
「……」
途端に冷えた眼差しになってしまったルミナスに、ミリィはしまった、と思う。
まだどうにか両親のことなら聞いても良いだろうが、マリアのことはよろしくない話題だったようだ。
「っ、申し訳ありません、お嬢様……!」
「え、あ、ち、違うのよ? マリアはそもそもお兄様がしっかり躾………間違えた、教育し直してくれているわけだし、そこはお兄様を信じているから」
「は、はい……」
「うっかり聞いてしまって私がイラつきたくなかっただけ、なのよ。せっかくお兄様に会えるんだから、楽しいお話をしたいじゃない。思い出も、楽しいものを積み重ねたいわ」
「……っ、はい!」
それもそうだ。
数年単位で会っていなかった身内にようやく会えるのだったら、わざわざ不快になってしまうような話は嫌だろう。
「それに、お兄様からもう実家のことは考えなくて大丈夫だ、ってお手紙を少し前にいただいているから、色んな意味でもう大丈夫なの。私には……支えてくれる大切な人たちが、いるんだから」
「お嬢様……」
一人であれこれ抱え込んでいたルミナスが、ようやく人に頼れるようになったのだから、もう無理に考えたくないことを考えさせる必要もない。
むしろ、このままこの国で魔道具の研究を重ね、祖母や義母の開発したもの以上の魔道具を開発したり、改良したり、それ以外にもやりたいと思えることは目一杯チャレンジしてもらいたい。
これまでルミナスに付き添ってきた身としては、今のようにくるくると表情を変えながら、明るく元気で笑っていてくれているルミナスの方が、よっぽど素敵で魅力的なのだから。
「では、ディル様にお返事をするためにも奥様たちのご予定を早々に確認いたしませんとね!」
「そうね。今日の夕飯のときにでも聞いてみようかしら」
「それがよろしいかと思われます。それから、アリューズ様にもご連絡する必要があるかと」
「お兄様とアリューズ……何か話が合いそうなんだよね……」
兄もアリューズも、根っこの部分が似ている。
とても、似ている。
主に、ルミナスに対しての溺愛という部分ではあるが、恐らく会ったらすごい勢いで意気投合するのでは、と予測ができる。
「ではお嬢様、お夕飯の時にでもご提案してみては」
「そうね、そうする。……アリアにもお兄様紹介した方が良いかな?」
「アリア様……そうですねぇ、お嬢様の大切なお友だちですし、良い機会ではありませんか?」
「よし、アリアとアリューズには学校で聞いてみよっと」
翌日から復帰する学院の準備を先に済ませ、そういえばこれも見てほしいんだった、と兄に見せるための自分が作成したレポートなんかも探しておこうとルミナスは思い立つ。
兄も兄で、魔道具だけではない色んな意味で専門バカである。
今は侯爵家の当主として立つべく父から色々と教えてもらっているだろうが、過去に勉強を教えてもらったこともあるから、おねだりすればきっと見てくれるだろうと思う。
楽しみがあると思うと、学校の授業も頑張れる。
休んでしまった期間は一週間ほどだが、ミーシャにもレノオーラにも『ルミナスならすぐに追いつけるから大丈夫』と太鼓判を押されているから問題ないとは思いたいが、不安は残る。
アリアやアリューズがノートを取ってくれていることは本人たちから聞いているし、そこそこ長期間休んでしまったこともあり、クラスメイトが不審がっていないか、と聞いてみたが『ルミナスの倒れた時の顔色を皆知っているから、短期間のお休みで学校に来たら間違いなく全員から帰れ、って怒られるレベルよ』とアリアには真顔で言われてしまった。
そんなに顔色が悪かったのか、とアリアに聞いたところ真顔でこう返ってきた。
「なんていうか、死んだ人みたいだった」
「……死……?」
思いもよらない答えにルミナスは唖然としたし、アリューズもアリアの言葉に頷いていた。
そんなにマズいことになったのか、と改めて考えているとレノオーラからは『トラウマの原因にいきなり会って心の準備もないまま話しかけられたりしたら、顔色も悪くなるわよ。でも元気になって良かったわ』とあっけらかんと返された。
色んな人に心配をかけてしまったなぁ……とは思いつつ、もしもこれがラクティ家だったとしたらマリアに絡まれまくって、別の意味で今回の生を終えてしまっていたかもしれない。
そう思えば、今は何て幸せなのだろうと、ルミナスは『今』の生活の精神的な豊かさをぎゅっと噛み締める。
今日、夕飯を食べて、あたたかなお風呂に入って、ふかふかのベッドでゆっくり眠って、起きたら学校に行くんだ。
「お嬢様、行きましょう」
「ええ」
ミリィが微笑みかけてくれて、ルミナスもつられるように微笑み返すと、二人揃って皆が集まっている居間へと向かって歩いて行ったのだった。




