迷惑なんかじゃないよ
「う、うそ」
ひく、とルミナスの頬が引き攣る。
あのお泊まり会の後、祖母と母が揃って王宮に殴り込んだ……といっては語弊があるのかもしれない、いや、あれはどちらかといえば『乗り込んだ』になるだろうなあ、と祖父から聞かされ、ルミナスは真っ青になった。
公爵令嬢の一件もあるし、ちょっと体調整えなさい、とミーシャやレノオーラから言われ、ちょっとだけ学院をお休みしていたルミナスに走った衝撃。
「と、ととと、とうさま!!!! おばあさまが!!」
「うん、とりあえず落ち着こうねルミナス。大丈夫だよ、ちょっとだけ抗議に行っただけだから」
「ちょっとだけ!? 王家に!? ちょっと!?」
のほほんとしているライルだが、ルミナスはそれどころではない。
何でこんなにライルがのほほんとしているのか、もうそこが意味が分からない。王家に抗議、だなんて貴族として生きてきたルミナスからすれば反逆なのか!?というとんでもない事態である。
ルミナスは諸々落ち着くまで休んだ方が良い、とアリアやアリューズに言われたので、まぁそれならと珍しく言うことを聞いて休んでいたらこれである。
一体何やってるんだー!と叫びたくなるのを必死に堪え、ルミナスは頭を抱えていた。
本当に何がどうなってどうしたらそんなえらいことになるのか、と考えてみてもうまいこと結論なんか出やしない。
「お、おばあさまが、おばあさまに何かあったら!」
――いや、ないなそれ。何もない。
思わずライルとこっそり会話を聞いていたアレクシス、メイドのミリィは心の中でツッコミを入れた。
ミリィに関してはルミナスにくっついてきたメイドではあるものの、日常を報告しているうちにいかにミーシャが愛情深く、レノオーラだって血が繋がっていないにも関わらずルミナスを慈しんでくれているのがよく分かる人たちだ。
だから、そんな人たちが本気でキレればどうなってしまうのかなんて、推して知るべしである。
「お、お嬢様、ちょっと落ち着いてくださいな」
「ミリィ、落ち着けると思うの!? だっておばあさまが!」
あわあわ、おろおろとしているルミナスを見て、ミリィは『ラクティ家ではあんなに自分を押し殺していたお嬢様が、こんなにも感情豊かに……!』という別方向に感動していた。あの家ではルミナスは感情をここまで出すことなんて基本的に皆無だった。
とはいえ、あまりこのまま慌てふためくルミナスを放置するわけにもいかない。
ミリィはルミナスのところに駆け寄って、よしよしと頭を撫でつつ、優しく言い聞かせる。
「お嬢様、よーく考えてください。ミーシャ様に、レノオーラ様ですよ?」
「でも!」
「大丈夫です。それに、王城からは普通にご帰宅されていますし、今はお二人ともお出かけをしているだけですから」
「そのお出かけが改めての呼び出しだったりしない!?」
「しませんよ。お二人と仲良しの男爵夫人のところにお茶会に行っているだけですから。ねっ?」
「う、うぅ……」
「そうだよ、ルミナス。大丈夫だから気にしないで」
ライルもミリィもフォローしてくれているのだが、ルミナスはそれどころではなかった。
自分が人生を繰り返している、だなんて余計なことを言ってしまったばかりに、とルミナスはひたすらに焦りまくっているが、実際は本当にミリィの言う通り。
たまたまルミナスが不在の時に揃って出かけてしまっただけであって、王城への呼び出しなんてないし、逆に王城が慌てふためきリリィベールにあれこれ指導したり、彼女が元いた学校に戻る手続きをしたり、そうかと思えばヴィアトール学院の学院長を呼び出して特例の編入試験のことについて謝罪したり、学院を振り回したお詫びをしていたりとてんてこ舞いなのであるが、別にルミナスが気にすることではない。
通常をねじ曲げて、特例を一度作ってしまえばもう終わり。
『あの時は良かったのにどうして今回は駄目なのか』という貴族が出てこないわけもないし、そうなった時にどう対応するというのか。
王家からの特別要請だったから、と仮に伝えたところで、『では王家を通じての要請ならば受け入れるのだな』と揚げ足を取られる。
王家が乗るとは思えないけれど、『そういった事例があるのだがどうしてそのようなことをしたのか』と問われて正直に話してしまえば、今度は王家の評判にもどんな影響が出るのやら、と連鎖的に悲劇が起こっていく。
単なる悲劇、で済んでしまえば良いけれど、それだけでは済まなかった場合にどうしたらいいのか。
一時の特例など認めてはいけなかった、と今頃激しく公爵も王家も、張本人のリリィベールも後悔しているのだろうが、やってしまった以上後戻りはできないので、ミーシャもレノオーラも心の底から『ざまぁみろ、バーカ』としか思ってないあたり、強い。
ライルは『うちの奥さん、娘馬鹿だなぁ』とのんびりしているが、ルミナスは顔面蒼白だし、どうやってフォローしたものかと悩んでいれば、ミーシャとレノオーラが帰宅してきた。
「あ、レノオーラと母上」
「かーさま!! おばあさま!!」
帰宅、という言葉にルミナスは急いで二人のところに走っていこうとしたが、それより前にミーシャとレノオーラが部屋にやって来たおかげで、走っていこうとしていたルミナスは見事にミーシャの正面から突っ込んでしまった。
「うぐ」
「あ、おばあさま!! 何もなかった!? 王家に抗議したって、おばあさまたちは大丈夫なの!?」
「とりあえず落ち着きなさい、ルミナス」
半べそをかいているルミナスを見て、こういうところは年相応の子供なのに、とミーシャは苦笑した。人生を繰り返しているという話を聞いた時には、どこか大人びた目で、今ではないどこかを見ていたような雰囲気もあったものだが、今は全く見られない。
「大丈夫だから、ね?」
ゆっくりと言い聞かせれば、ルミナスは落ち着いてきたのかぎゅうとミーシャに改めて抱きついて離れようとしない。あらぁ、とレノオーラが微笑まし気に見ているが、何となく部屋にいた人たちの顔を見て、色々察してくれたらしく、苦笑いを浮かべてミーシャに抱きついているルミナスの頭を撫でてやる。
「ルミナス、わたくしたちはちゃんと無事よ?」
「……」
「これ、ルミナス。お返事は?」
ミーシャに促されてルミナスはのそりと体を離すが、目にはうっすらと涙がたまっている。
「……王家と、何話したんですか?」
「例の公爵令嬢、あの子をあなたから遠ざけようとしただけよ」
「そんな!」
「こう見えて、わたくしもレノオーラも強いから。だから、大丈夫。わたくしたちの宝物を守っただけなんですからね」
にっこりと微笑んでいるミーシャとレノオーラ。
そんな二人が頼もしくて、皆のあたたかな気持ちも嬉しくて、ルミナスは我慢していた涙をぼろぼろと零してしまう。
あらあら、と笑ってルミナスを抱き締めてくれる優しいレノオーラと、ぽんぽんと背中をあやすように叩いてくれているミーシャの温かさが本当に嬉しくて。
「二人に、何かあったら、どうしよう、て……おも、って……」
「勝算の無い勝負はね、挑まないの」
迷うことなく言い切ったミーシャを見て、というかふと見上げた先のミーシャの顔を見て思わずルミナスは硬直する。
「あら、お義母様、お悪い顔をされていますわ~」
「…………」
「当り前でしょう。勝算があるからこそ、ちょっと乗り込んできただけよ」
「ちょっと、乗り込んだ、って」
ちょっとじゃねええええ!!と内心絶叫するルミナスだが、でも一体どうやって、と考える。
王家相手に勝算……?と考えてみても思い当たるわけがない。
「あの、おばあさま」
「なぁに?」
「一体どうやって……」
「そうね、当事者だし知っておきなさい」
レノオーラもミーシャも、一度ルミナスから体を離した。
ルミナスも少しは落ち着いてきたようで、体が離れても大人しくしており、促されるままにソファーへと腰を下ろす。
それにミリィもほっと一息ついて、落ち着いて話せるようにとお茶の用意をすべく一旦部屋からは退出した。
「でも、あの……一体どうやって?」
「そうねぇ……簡単に言うと、普段ならば認めていない特例を認めてしまったところを、ちょっとついたというか」
「え?」
ミーシャの言葉にルミナスはきょとんとする。
はて、と首を傾げていると、ミーシャとレノオーラは顔を見合わせて苦笑いを浮かべているのだが、ルミナスはよく状況が呑み込めていなかった。
「あのう……特例、って」
「あなたが避けたい公爵令嬢、いきなり現れたと思わない?」
「あー……そういえば」
「どうやって入学してきたと思う?」
「へ?」
どうやって入学したか、なんて考えたことはなかった。
向こうがルミナスを見つけてきたことが原因で、いつしか彼女――リリィベールが絡んでくるようになったのだが、そういえば最初からあの学院にはいなかった。
「……あれ?」
言われて初めて、ルミナスは奇妙な感覚になる。
「そういえば、どうして……」
「…………特例の編入試験を行い、合格させたそうよ」
「何、で」
ヴィアトール学院の編入試験は、基本的に年一回行われる。
だが、その編入試験はとてつもなく難しい上に、こんな時期に行われるものではなかったはずだ、というところまで考えて、ルミナスは口元をおさえた。
「まさか、無理矢理編入試験を開催したんですか……?」
「そうよ」
「どうして!?」
「リリィベール嬢を合格させて、王太子殿下と一緒の学院に通わせたかった、んですって。リリィベール嬢のたってのご希望で、あなたに会いたかったそうよ、ルミナス」
会いたくなんかねぇよ!!と内心で絶叫したルミナスだが、それはそうだろう。
何を好き好んで死因に会いたいとか思うのか、天地がひっくり返ろうともそんなこと思うわけがないというのに。
「安心なさい、普段やらないことを無理矢理やったことをちょっと精一杯、思いっきりツッコんだだけだから」
ほほほ、と笑うミーシャがやけに迫力満点なのは、もうこの問題を解決したからだろうか。
何というか迫力があってめっちゃ怖い。
「は、はは……」
引きつり笑いを返すルミナスだったが、ちょうどいいところでミリィが来てくれてみんなでティータイムを過ごすことになった。
夕食の席で諸々を聞いたルミナスが思わず倒れそうになったのは言うまでもないのだが、それを上回ったのは安心感。
あの時、行動したおかげで今までにいなかった味方を得られた安心感は、何よりも勝るものだった。




