学ぶ意思と思惑と
ミーシャとレノオーラが王宮を訪れて数日後、リリィベールが王太子妃教育のために登城した。いつも通りに王太子妃教育を受けるための部屋へと足取り軽く向かい、教科書を準備し、背筋を伸ばして椅子に座っていれば、何故だか教育係の夫人と王妃が一緒に部屋に入ってきた。
教育係の夫人の顔色は、とても悪くこまったような表情を浮かべている。いつもならば、『感情が手に取るように分かってはいけないから、微笑みを意識してくださいませ』と口酸っぱく言うのに何故だろう、とリリィベールは夫人を見ていたが、挨拶をしなければと椅子から立ち上がり、礼をした。
「本日も、どうぞよろしくお願いいたします」
「お座りなさい」
答えたのは、王妃。
どうして?と思ったリリィベールを、じっと王妃は見下ろしている。
何があったのですか、どうされたのですか、と問い掛けたいけれど、許しがないと口を開けない。こまった、と思っていれば冷たい声で、王妃から問いかけられた。
「リリィベール嬢、何故、そなたはイシュタリアと同じ学院に通いたがったのですか」
「え……?」
「問われた内容にのみ、的確にお答えなさい。どうして、ですか?」
「……殿下の学んでいることを、わたくしも学び、共に歩む者として知識を得たいと思いました」
「では何故、それが今だったのですか」
「え……」
答えを間違ったか、とリリィベールは冷や汗を流す。
この答えならば問題ないはずだと、思っていた。
「……わたくしたちが、浅慮でした。その言葉を、もしも学院入学時に聞けていれば」
「ま、待ってください、王妃様」
「リリィベール嬢、もう一度問います。何故、今でしたか? どうして、編入をしたいと思ったのですか」
「あ、あの……」
イシュタリアから、常日頃聞いていた『ローズベリー伯爵家』の令嬢の話。
婚約者がいるとは聞いていたけれど、王族たるイシュタリアに気に入られ、もしかしたら王太子妃の座を狙っているのかもしれないと思ってしまった。
かつてのイシュタリアは癇癪をよく起こしていたし、正直言えば性格がかなり悪い方ではあったものの、ここ最近は性格がものすごく丸くなった。人のことをきちんと思いやれるようになっていたけれど、やはりその令嬢のことは話題に出てくるから、気になった。
王太子妃教育をこれまで受けていた自分の努力を、絶対に無駄になんかしたくなかったし、ライバルならば蹴落とさねばならないと思ったから、公爵家当主である父に願ってどうにか学院にねじ込んでもらった、というのが本当のところ。
「追いつきたかったのです!」
「誰に?」
「王族の皆様は、最初からヴィアトール学院に入学されるではありませんか。イシュタリア様の隣に立つ者として、わたくしは判断を見誤りました。だから」
「隣に立ちたいなら、これまで通っていた学校でも問題がないのではありませんか?」
淡々と、王妃は詰めてくる。
そうだ、これまでの学校でも何ら問題はない。ヴィアトール学院に通うよりも、これまで通っていたところの方が、レベルも高いのにどうして、と問われれば理由なんて出てこない。
自分の嫉妬によるものだから、なんて正直に言えるわけがないのだから。
「……っ」
ぐ、と拳を握るその姿に、王妃は残念そうに息を吐いた。
これ以上取り繕えない、と判断したリリィベールはさすがに観念したのか、ぐぐ、と頭を下げた。
「平凡なわたくしが……王太子妃候補として、いいえ、将来の王太子妃となるには、ライバルは蹴落としたかったのです。そして、ローズベリー伯爵令嬢に会い、彼女の振る舞いを見て、……嫉妬しました」
「……はぁ」
分かるように溜息を吐かれ、恥ずかしいやらどうしたら良いのか分からない気持ちになってしまうリリィベールだが、己の撒いた種だ。
「リリィベール嬢、まず、あなたは既に王太子妃候補筆頭であるという事実をお忘れですか? それなのに嫉妬などという無駄なことで一人の令嬢に対して迷惑になるような行動をとっているという事実を恥じるべきです」
「……はい」
「そして、公爵と国王の話し合いの元とはいえ、明確な目的がないにも関わらず、貴女の思いのままヴィアトール学院に編入をした。結果として、一人の技術者を生み出せるという未来を奪ってしまったことになります。理解なさい」
「……っ」
まぁ、全部ミーシャに言われて図星を突かれたから今こうして言っているわけだが。
王妃は言いながら自分にも突き刺さるものを感じたし、これを言われているリリィベールだってかなり堪えているだろう。
権力の使い所を間違っているので、早々に修正しておかねばならないので、わざわざ王太子妃教育のあるこの日にこうして説教をしてしまったのだが。
「申し訳ございません……」
「わたくしたちにも責任はあります。リリィベール嬢、貴女は胸をはってイシュタリアの隣に立てるよう、これからも精進なさいませ。わざわざヴィアトール学院に入学してまでは、やる必要がなかったでしょう」
「はい……。ローズベリー伯爵令嬢に、申し訳がございません……。謝ろうにも、先日……彼女が早退して以降、会えておりませんので……」
でしょうね、と思う。
きっと、リリィベールに会わないように意識しているだろうし、そもそもルミナスが学院を休んでいる可能性だってある。
基本的にはリリィベールはとてもいい子だし、勉強熱心なのだけれど周りが見えなくなる性格をこの機会に少しでも矯正できればという思いでいっぱいだ。
しっかりと反省してくれているだろうから、あとは公爵と国王と王妃の三人で話をしてからリリィベールの通っている学院を元に戻せば恐らく問題は解消されるだろう。無理矢理編入試験を行ってしまったから、特例措置として再度編入試験を行えるように学院長と話さなければいけない、と王妃は思う。
どうしてこうも周りが見えなくなる性格なのだ、とため息を吐きたくなるが、やらかしてから指摘されて気付く。いや、気付けるだけ、指摘してくれる人がいるだけ、ありがたいのかもしれないから無駄にしてはいけない。
――ああ駄目だ、やらなければいけないと思うことが次から次へ出てくる。
「リリィベール嬢、心を入れ替えるつもりで励みなさい」
「……はい!」
「よろしい」
確りと頷いてくれたのを見て、王妃は微笑み、王太子妃教育にかかるように伝えて部屋を退出した。
リリィベールはこれで良いとして、問題なのはミーシャを罵ったというあの家臣だ。
「失礼極まりないことを……!」
早歩きになりながら、王妃は小さな声で怒りをたっぷり乗せて呟いた。
国王の側近とはいえ、言っていいことと悪いことがある。
何とか事態を収拾すべく、王妃もこうして動いたし、国王も動いている。
結果として、あの側近は職を失った。
まず第一に、自分の言葉が国王の言葉であるというとんでもない発言。
これについて、緊急会議が開かれ、宰相から国王は『まともに会話ができないというのであれば、陛下は退位されてはいかがでしょうか。イシュタリア様に後見をつけた上で国王代理として分かっているものが相応の政治を行えば、国はどうにか回っていきますが』と、とてつもなく冷ややかに詰められてしまった。
しかも暴言を吐いた先の相手はあの、ミーシャ。
国民の生活レベルを格段に向上させた各種魔道具の開発や、女性ならではの開発品も多数ある。そのような人を、前伯爵夫人風情が、と罵ったなどとはとんでもない暴言である。
処刑すべきではないか、という声も出たが、国王が取った手段は、ある意味処刑よりも辛いものだった。
「彼のもの、次の仕事への紹介を許さぬ」
それだけ、静かに告げた。
王宮で、政務官としてエリート街道をまい進してきた彼が、次の仕事の世話をしてもらえないだけではなく、そもそも紹介することすら許さないという重い処分。
仕事を探すなら自分でどうぞ、というやつだが、街の紹介所へ行って探したところで、給金が今の仕事と比較したらがくりと下がる。
爵位はあるものの、領地を持たないタイプの貴族だったから、給金が収入の全てとなる。その額があり得ないくらいに下がってしまうとあれば、どうするのだろうか。
「詫びても、詫びきれん」
はぁ、とため息を吐いた国王だが、諸々の報告をミーシャにしたところで『何ですか、人に報告するということは、これで良いですよ、と許してほしいだけのあさましい行為ですわよ陛下』と一蹴されるだろう。
ご丁寧に、アレクシスから抗議文が届いたので、王家として謝罪をする旨伝えたところ『そんなものはいらない、貸しだ(要約)』という返答が届いたのみ。
ローズベリー家を怒らせてしまわないように、気を付けろ。注意しすぎて悪いことはない。そうやって言い伝えが、また一つ増えたのだった。




