しばしのお別れを
応接間に入った面々は、それぞれソファに腰を下ろした。ルミナスは遠慮なく祖父母の間に腰を下ろしたのだが、両親はそれが意外だったようで目を丸くしていた。
更に妹のマリアも『どうして』と言わんばかりに目を丸くする。
「ええ、と。ルミナス、こちらではないのかい?」
「え?」
問われ、ルミナスは不思議そうに首を傾げる。
「どうして?」
普段ならば座る位置が違うだけで癇癪を起こすマリアだが、今はどうやらできないらしい。
祖父母は礼儀作法に容赦ないし、今ここで騒ごうものなら恐らく怒鳴られるだけでは済まない。
「普段、ルミナスはこちら側に座るだろう?マリアの隣に…その」
「あら、いやですわお父様。ここ最近の出来事から考えてもわたくしがマリアの隣に行かないのなんて分かりきっておりますでしょう?」
のほほんとした口調で言われてしまい、父も母もぐっと押し黙ってしまう。マリアに至ってはわなわなと震えているが両隣の祖父母がいるから普段のように文句は言えないのだろう、こちらを睨みつけているにとどまっている。
「……で、わしらが来た理由、そなたらは承知しておるな」
祖父母がこちらに来るという手紙は、ルミナスだけでなく両親宛てにも届いていた。
ルミナスへの内容は簡単なものだったが、両親への内容はどうだったのだろうか。
「マリアの癇癪に従っていたことは、確かに事実だ。けれど、幼い子ならばそんなのは当たり前に…!」
「ルーク、ルミナスも幼いけれど?」
祖母のミーシャがピシャリと言い放つと、父であるルークはぐっと言葉につまる。
ルミナスは6歳。マリアは5歳。
双方幼子であることには変わりない。
「ルミナスが年上だからといって、あなた…区別しているのではないでしょうね」
「母上、違う!その…マリアは他の子よりも癇癪がひどくて、だな…」
「だから、ルミナスに我慢を強いていると?」
冷ややかな空気がじわりと場を満たしていく。
「お義母さま、わたくしたちだって辛いのです…!ですが、ルミナスは侯爵家長女で…」
「マリアも侯爵家令嬢です。長女と次女である以外に、何か違いは?この子達が入れ替わったら同じようにするのね?」
「あ、あ、あの…」
「話にならんな」
はぁ、と盛大にため息をついた祖父のアレクシスは呆れ顔で息子夫妻に視線をやった。
「思ったより、状況は酷い。ルミナスからの手紙の通りであったか……困った親だ」
アレクシスがわしわしとルミナスの頭を撫でていると、ミーシャが手にしていた扇でぺちん、と手を叩く。髪が乱れるでしょう、と軽く諌めて乱れた髪を優しく直してやれば、ルミナスは嬉しそうに微笑んだ。
そんな顔を、ここ数年、両親は見ていなかった。
ルミナスは決して、親が嫌いなのではない。むしろ好きだ、妹が絡みさえしなければ。愛情たっぷりに育ててもらっているし、マリアと区別されることもなく育てられていたのだが、マリアが絡んでしまうと驚く程に冷遇されてしまう。親は無自覚だからタチが悪い。
なので、第三者でもある祖父母を呼び寄せた。このままではルミナスにもマリアにも悪影響が出てしまうから。
ルミナスがこのままマリアのために我慢をし続けると、死んでしまったあの頃と同じようになってしまう。まずはそれを回避しなければならなかった。
「マリアの癇癪をおさめるために、言うことを聞き続けていれば…『癇癪を起こしさえすれば周りが言うことを聞いてくれる』という思考になるであろう。それが分からんか?」
「そ、れは」
「ルミナスに我慢をさせ続け、それが当たり前になればいずれ、マリアは姉を下に見るだろう」
「………」
「現に今、そうなっておるじゃろうが」
祖父に注意されてようやく両親は、ちらりとマリアに視線をやる。普段と違う行動を取る姉を、ギリギリと睨みつける姿にさすがの両親も小さくため息が出てしまった。
はっと気が付いて慌てて両親を見上げたマリアだが、時は遥か既に遅かった。両親にも祖父母にも、姉にも確りと見られた。
「ルミナスや、荷造りはどのくらいで完了する」
「あまり物もありませんし……余裕を見て二週間かと」
「では、早々に取り掛かりなさい。わたくしとアレクシスもその間ここに滞在いたしましょう。否とは申しませんね?」
「は、はい…お義母様」
頷いた両親。マリアは真っ青な顔のまま、両親はたかがこの一時間にも満たない時間でゲッソリとしてしまい、力なく項垂れた。だが、ルークはばっと顔を上げ、アレクシスへと視線を移した。
「いつまで、ですか」
「ん?」
「ルミナスを、いつまで父さんのところに!」
「何故、問う」
「そ、それは…」
「貴様、ルミナスをマリアの世話係にでもするつもりか」
「ち、ちが…、………っ」
父も母も、既に察しているし、ようやっと理解もした。
ルミナスがいるからこそ、マリアの癇癪は自分たちに向かないのだと。
「えぇ…?戻らなければならないのですか?わたくし、マリアから『いらない』だの『嫌』だの散々朝食の席で言われましたのに。いらないというならばその願いを叶えて差しあげなければなりません、姉として」
ニッコリと微笑んだまま言われた娘からの言葉に、両親の顔色は青から土色に。そして蒼白へとくるくると変わってしまう。果たして自分は間違ったことを言っただろうか?
マリアの望むとおりになるというのに、何が不満なのか?と、視線だけで問えば母の目には涙が滲んでいた。『だが許してやらんし、そこの癇癪娘の姉とかもう嫌なんだわ。コイツら、妹さえまともなら本当に良い親なのになぁ、ばーか』と内心盛大に罵倒してから追撃をかけた。
「あぁでも、6年で性格矯正できれば戻るやもしれませんわ。ほら、私その頃には王立学園に入らなければなりませんし、……直らないと判断したら進学先の変更をするだけですので悪しからず、お母様、お父様」
さすがにマリアに対して嫌味を言えば、単なる弱い者いじめになると判断したのか、そこで口を閉じたルミナス。その覚悟を相当なものだと察した両親は今度こそ本当に項垂れた。
「言いすぎてしまったかしら」
「構わんじゃろう」
「ルミナス、あとでわたくしとアレクシスとお茶にいたしましょう」
「はぁい!」
にこにこと笑うルミナスを、祖父母はこれまでの分たっぷり愛そうと心に誓った。娘の教育は親の務め。マリアに関しては嘗てのルミナスにしたように、確りとやればいい。ただそれだけなのに。
「そうだ、お父様にお母様。一つだけ」
「……?」
「その子が泣きわめいたら、耳を塞ぐことをお勧め致します。鼓膜が破れかねませんので」
にっこり、と擬音がつきそうな程良い笑顔を浮かべたルミナスの言葉の真意を悟るのは、二週間と数日後のことであった。
念の為に。
ルミナスは父も母も大好きなのは本当です。
ただ、妹が絡んでしまうととんだポンコツになる父母に今世では見切りを早々につけた&『はよこいつの性格やら矯正しろや、今ならまだ間に合うから』と思い行動した、と。
お姉ちゃんだから、を言われ続けすぎてしまえば(ループもあるし)爆発もする。人間だもの。




