親、あれこれ企む
「さて、ルミナスの繰り返しの原因を探りに行く日だけれど」
「……早いうちが良いでしょうね」
「なので、今日にしたわけだけれど」
うん、とレノオーラとミーシャは双方顔を合わせて頷き合う。
レノオーラは近々締切が迫ってきている論文の参考文献を探すために、王宮図書館を利用するというていで。ミーシャは、ルミナスを怖がらせてトラウマを植え付けてくれた王太子の件についての抗議、という名目でそれぞれ王宮へ向かう段取りをつけていた。
ミーシャだけでなく、レノオーラも魔道具の世界ではかなりの有名人。
ミーシャのように生活魔道具に関しての開発、というよりは『これ欲しかった!』というニッチなものの開発をすることが多く、隠れファンが多いことで有名なのだ。
「レノオーラ、君も後で母さんに合流するのかい?」
「えぇ。あくまでもわたくしは今日、調べものということで王宮に行くことになっているの。でもお義母さまの方が先に行くから、わたくしが図書室にいるときに遭遇するかもしれない、お義母様のファンでもあるお節介な誰かさんが必ず『ミーシャ様のところへどうぞ!』って言うはずだもの」
確信は、ある。
現王妃は二人が制作している魔道具のファンでもあり、実際に作っているところを見せてもらう、あるいはイシュタリアの家庭教師に是非!と懇願してきたくらいには二人に対しての熱量は高いのだから。
特に現王妃はミーシャのファン、と言っても良いほどに入れあげているのは知っている。家庭教師の件の時に、断っても断ってもしつこくて、『気持ち悪い』とさっくり拒絶レベルの暴言を吐いて、尚且つ国王が止めてくれたからようやく冷静になった、という黒歴史もちなのだ。
「そうでしょうね。なので、わたくしはわたくしで、ルミナスの件をきちんと謝罪いただけるまでちくちくと陛下を虐めてくるわ」
「ほどほどにしてやれよ?お前のちくちくは、他の人にとっては剣での串刺しだ。あと不敬罪にならないようにしてくれ」
「ほほほ、ルミナスに理解不能な理由で突っかかりまくったおバカな王太子殿下が悪いのですよ。そうならないようにすべく教育するのは周りの大人の役目ですもの」
愉快そうに告げるミーシャの瞳の奥にあるのは、純然たる怒り。
うちの孫をよくも、という思いと、王族たるものが一体何をしてくれているのか、という思い。守るべきはずの国民をいびり倒すだなんて、あってはならないことのはずなのに。
「子のコントロールが出来ないのであれば、他のものの助けも借りて良いのです。それをしなかったから、結果的に我が孫に対してトラウマをしっかり根付かせるという、最悪極まりない嫌な結果を招いてしまったのですからね」
それもそうだな、とアレクシスとライルは頷き合う。
「王族の行動としても如何なものか、とも言えるからな。よしミーシャ、遠慮不要だ」
「誰が遠慮なんかするものですか。そもそも国王に対して貸しがあるんですから、その貸しを返していただくまでの話。王太子殿下の婚約者殿がヴィアトール学院に編入したと聞きましたが、権力を行使しまくって無理やりの編入となったようですし。……不敬罪にならない程度に、少しばかり痛い目を見ていただきましょ」
ミーシャはほぼノンブレスで言い切ってから、胸元に録音型魔道具を仕込んだブローチを装着した。ついでに居場所探知機能も追加で仕込んでいるが、提案したのはライルである。
「母さん、無理はしないで。それから、あんまりやりすぎると不敬罪になりかねないから、そこそこにね」
「とりあえず、公爵家令嬢を普通クラスに遠ざけることを目標に行ってまいりますわ。興味のないものを魔道具科に置いておくこと自体おかしな話よ。どうせ王太子殿下と共に学校に行きたいとかいう理由でしょうからね」
頷きつつも、目が本気のミーシャ。
恐らく遠慮なくやるだろうなぁ、とライルは冷や汗をかきつつも、何か手を出されては遅いのだ。
ルミナスがあそこまで怯えているのに、守らない親はいない。
しかし、とんでもないことを考える輩もいたものだ、とライルは思う。
相手がいるにも関わらず、他の人へ嫁げ、というなんていう人の気が知れないが、もしかしたら高位貴族になればなるほどそういう考えなのかもしれないな、とぼんやり考える。
「では、行ってまいります。レノオーラ、貴女も時間を少し置いてから行くのでしょう?」
「はい。ちょうどわたくしが到着した頃に、王妃様がいつも図書館付近までお散歩に来られますから」
「よろしい」
に、と女性陣は笑いあって、まずは先手必勝と言わんばかりに出掛けていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
「…………」
一国の国王を容赦なく睨みつけるミーシャと、睨まれている理由が分かっているからこそ冷や汗を流している国王。
何たる不敬!と怒鳴りつけた側近も併せて睨んで、ミーシャは嫌みなほど笑顔を浮かべ、ゆっくりと話し始めた。
「まあぁ……不敬、だなんて。では、守るべき国民を虐め倒そうとした王太子殿下は何様のおつもりなのでしょうかしら……」
「たかが伯爵家ごときが!!」
「その伯爵家ごときが、この国において魔道具事業を拡大したり、いいえ、第一線となって開発・改良に取り組んでおりますが」
「調子に乗るな!!」
「陛下、こちらの側近の方の仰ることが陛下のお考えの全てである、と認識してよろしいのですね?」
「当たり前だ!」
国王に問うているにもかかわらず、側近は鼻息荒く、そして自信満々に頷いた。
ならば、とミーシャは手にしていた扇を、閉じた状態でぱしん!と己の掌に打ち付けた。
「では、わたくしの持っている魔道具事業に関して、すべての魔道具の設計図をひとつ残らず当家に引き上げさせましょう」
「は…………?」
ご機嫌な様子で、ミーシャは更に話を続けていく。
「陛下のもと、わたくしはこの国のためになればこそ、と皆の生活がより豊かになれば、とも思い、事業に取組んでまいりました。ところが、陛下の御子であらせられる王太子殿下はどういう理由か不明ではございますが、我が孫がとてつもなく気に入らないご様子。謝罪に関しては文書に残しておいでですが、謝罪をきちんとされたのは側近の令息だというではありませんか」
はぁ、ととてつもなく大きな溜息に、側近は顔を真っ赤にしていく。
たかが伯爵夫人、いいや、前伯爵夫人が何を偉そうに!と叫んだときだった。
「その、『たかが前伯爵夫人』が、魔道具事業に関しての第一人者と呼ばれる存在ではございますが、ようく分かりました。わたくしが持っている全ての権利を持ち、この国を去りましょう」
「な、なぜそうなる!」
「今、仰ったでしょう? たかが伯爵夫人、いいや、前伯爵夫人が何を偉そうに、と。こと、魔道具事業に関してはえらいんですの」
優雅に微笑んで言うミーシャをどうにかしたいと国王に視線をやった側近は、顔面蒼白な国王を見て、あれ?と思う。
自分の発言のどこが悪いのか理解していない側近は、慌てて国王に駆け寄った。
「陛下! あんなことを言っております!」
「事実だ」
「え?」
「ミーシャ・フォン・ローズベリーの活躍無くして、我が国の魔道具事業は、成り立っておらん」
「………………え?」
一応、と椅子を出されて座っていたミーシャだが、ちょっとここでとどめを刺してやろうと、椅子から立ち上がった。
「それでは陛下、今後魔道具事業の予算は……そうですわねぇ、わたくし、諸々の権利の使用料というものはいただいておりませんでしたが、それら全てに利用料を設定いたしましょう」
「ま、まってくれ!」
「嫌です。だって陛下、その者をお止めにならなかったわけですし、つまりはその者の言葉がすべて、ということでございますでしょ? ご遠慮なさらないでくださいませ、陛下」
おほほ、と笑うミーシャはとんでもなく怒っている。
その怒りはどうやればおさまるというのか、ミーシャと対峙している二人には想像もできなかった。
「ま、まってほしい! その、あれだ! イシュタリアには正式に謝罪を!」
「いりませんよ。そのような子にお育てになった己をお恨みなさいませ。しかも婚約者の公爵家令嬢もなんともまあとんでもないご令嬢ですこと」
「関係ないだろう!?」
「あります。彼女が無理矢理に編入したことで、来年度の入学者の枠が一つ減ってしまったではありませんか! 学ぶ者を押し退けてでも婚約者と共にありたいのか何なのか分かりませんけれど、学びたい者にもとんでもなく失礼だとお思いにならないのかしら!」
そう、リリィベールが入学したのは、あのルミナスとの一件後、心を入れ替えて勉学に励み、日々精進しているイシュタリアと共に学園生活を送りたいと、公爵家の力を以ておねだりされたから。
それを叶えた張本人は、国王。
公爵家との繋がりを最優先した結果、また学校内で問題が発生するかもしれないという可能性を考えたりはしなかったらしい。
「その、それは」
言い淀んでいると、国王の執務室の扉が乱暴にノックされた。
「ええい、誰だ!」
「陛下、今ミーシャ様がおいでになっていると伺いましたわ!」
「王妃……!?」
よっしゃかかった、こっちの思い通りと内心ガッツポーズをしているミーシャなど想像できないうえに、この後にやってくる修羅場など、国王は想像もできるはずがなかった。




