要因は、
「念の為に用意しておいて正解だったわね」
子供たちが眠ったあと、大人たちは再び集まっていた。
ミーシャはドレスのポケット部分に忍ばせていた録音魔道具を取り出し、魔石の下にある小さなボタンをかち、と押した。
そうすると、先程のルミナスたちとの会話が再生されていく。
「…まさか、とは思っていたが…」
「ルミナスがあんな小さい頃から手を回していた、だなんて向こうの親が勘づくわけはないだろうけれど…」
「知られたら、大騒ぎどころじゃないぞ」
「…マリアちゃんに知られていなくて、本当に良かったわ…」
それぞれが、思い思いの言葉を発し、そしてすぐにまた沈黙が場を支配した。
「……人生を、繰り返す、なんて」
ぽつ、と零したレノオーラの言葉に、溜め息を吐いたミーシャ。
「原因が分かれば、取り除けば良いわね」
「でも…どうやってですか…?」
ミーシャの言葉に疑問で返すレノオーラ。
恐らく原因が分かれば取り除いていた、というのはルミナスだって同じ思い。
まるで呪いのようにルミナスをがんじがらめに縛り、無理やり望んだ方向へと持っていかせているようなら強制力。
しかし、これを叶えるための魔道具なんて存在しない。
「…まるで」
「アレクシス?」
眉間に皺を寄せ、アレクシスがぽつり、と呟いた。
それは、可能性のひとつとしていたけれど、すでにそんなものは『ない』とされているから、誰も口にすることはなかったもの。
「魔法の、ようじゃな」
「……!」
ガタ、とライルが立ち上がりかけるが、それ以外に説明がつかないような気もしてしまっていた。
「けれど…魔法は、もう既に使えるものがいないと、聞きます。それに」
「それに?」
アレクシスに続きを促されたレノオーラは、困ったような顔になりながらも、ゆっくり続けた。
「人の生を何度も巻き戻し、まるで命までやり直しをさせるようなもの、魔法などではありません。たとえ魔法であったのならば、禁呪に等しいもので、仮に使えるものがいたなら今ごろ国の重役どころか下手をすれば、国に保護されている最重要人扱いです!」
「落ち着けレノオーラ!あくまでも、『例えば』の話じゃ」
「は、はい…」
アレクシスの言葉にレノオーラは深呼吸をしながら、ぎゅ、と己の手を握る。
その手の上からライルが自分の手を重ねて、もう片方の手で優しくレノオーラの背を撫でてやる。ありがとう、と小さな声でお礼を言う妻の顔色は、とても悪かった。
「…本人が無自覚で使っているのか…いいえ、でも魔力があるとはいえ、魔法を使うにはとてつもない魔力量が必要だとはいうけれど…」
魔法使いの知り合いは、さすがのミーシャにもいない。もしかして王宮の図書館に何か役立つような資料があるかもしれない、とは思うが果たしてどの程度資料があるのだろうか。
魔法など、そもそも存在しているのかどうか、というくらいに存在が稀有なものであり、魔法使いもおとぎ話の中に存在している、という認識でしかない。
「…あまり頼りたくはないけれど、国王陛下を頼りましょうか」
「ミーシャ、だが…」
「えぇ、借りを作るのが嫌で助けを求めたくはなかったけど…」
「お義母さま、それなら良い案が!」
「レノオーラ?」
「王太子殿下の一件は、王家にとってどの程度のやらかし具合なのか、分かりますか?」
「あ…」
そうだった、とライルもアレクシスも、そしてミーシャもはっとした。
既に王家は、やらかしている。
王太子たるイシュタリアが、学園で引き起こしてしまった問題行為は、貴族平民問わず様々な人が目撃している上に、王妃からこっぴどく叱られ、王太子の座まで危ぶまれてしまったレベルだ。
「こちらは被害者側ですが、王太子殿下から正式に謝罪があったわけではありませんでしょう。ルミナス達への謝罪のようなものはあったと聞いておりますが…」
「確かに、王家から我が家への謝罪はないわね」
「公式に王家が頭を下げるようなことは、今の国王陛下の性格上、とても嫌がるでしょう」
レノオーラの言葉に、現国王エリックの性格を思い出すミーシャやアレクシス、ライル。
結構な気難しさを持ち合わせている上に、今回のような醜聞は彼が最も嫌っている部類のものだ。それを逆手に取ってしまえば良いのでは、とレノオーラは考えた。
しかし、一貴族が国王を相手にそのようなことを仕掛けては、王族に対しての侮辱罪になってしまう可能性だってある。
だからこそ、ミーシャの出番だ。
魔道具事業において、女性ながらに結果を残している上に論文も書いている。
彼女の論文のおかげで、誰しもが魔道具の設計書を手に入れることが出来て、国民中に魔道具が広まったとっても過言ではない。
特許を取っているから、使用料がミーシャに入って来ており、そこから研究費を捻出して更に現在普及している分については改良も加えている。改良されたものは使い勝手も良く、魔石の消費も抑えられているから、少し値段が高くても皆購入する、という流れも作り出せている。
ここまでをミーシャが作り上げたからこそ、ダリス王国の魔道具事業はどんどんと栄えて行ったのだから、その立役者たるミーシャが王宮の図書館で調べ物をしたり、何なら国王に対して謁見を申し込んで色々と『お話』をしても一度くらい良いのでは、と考えた。
「…そんなにうまくいくかしら」
「でも、王太子殿下だってお義母さまのファンだって聞きますよ?」
「だからって…」
「レノオーラも一緒に行ったら効果倍増しないか?」
え、とレノオーラはライルの言葉にきょとんとするが、アレクシスはうんうんと頷いているし、ミーシャも一緒になって頷いている。
「わ、わたくし?!」
レノオーラが自分を指させば、全員がうん、と頷いた。
「別に、わたくしはお義母様と比べたら」
「レノオーラ、比べる対象がおかしい」
ライルにさっくりと言われ、ミーシャがうんうん、と頷いている。
レノオーラだって、魔道具に関しては論文も提出しているし、何だかんだで特許を取得している魔道具があるのだから、ミーシャに引けを取らない研究者でもある。
「おぬしら二人で行ってこい」
トドメと言わんばかりにアレクシスに再び言われてから、レノオーラとミーシャは揃って溜息を吐いた。
そして、ライルは何かあった時用にとレノオーラに小さな赤い石のついたイヤリングを『はい』と渡した。
「あら、ライル。これってなぁに?」
「万が一の時の録音ができて、位置情報を教えてくれる魔道具。つける前に自分の血をこの石に垂らして本人登録と認証をお願いするよ」
「分かったわ。ねぇライル、これどうやって回路を組んだのか教えてもらえる?」
「良いよ、王宮から戻って来てからで良いかな」
「もちろん!」
「はいはい、二人とも。レノオーラも改良型に興味津々なのは良いけど、今はまずルミナスの繰り返しの原因を探ることに注力しましょうね」
「あ」
「はい」
ついうっかり、と照れるレノオーラを微笑ましそうに見つめるライル。
この二人はちょうど良い距離感で、良い夫婦だ。それがミーシャとアレクシスの誇りでもある。そして、この二人がルミナスの一番の味方であってくれるから、あの子はきっと巻き戻りのことも話してくれたに違いない。
大丈夫、きっとうまくいく。
今度こそ、ルミナスがまっとうに人生を終えられるようにしなければ。
取り除ける障害は、大人に任せてもらいたい。
あの子がもっともっと幼い頃に出したヘルプサインを受け取って、こちらに招き入れて大切にすると決めた時から、大人は大人でできることを精一杯やろうと、決めたのだから。
使えるものはなんだって使ってやる。
子供を守るために使わないで、何が力か。それが物理的な力であることもそうだが、権力という意味でも同じこと。




