ひとまず、おやすみなさい
はいはい子供たちはおやすみなさいね、と大人たちにぽーい、と三人揃って客間に放り込まれた。
あれこれ話していると、思ったより疲れている。
女子は女子で入浴を済ませようとまとめて入浴開始したものの、湯遊びをする暇も時間もなく、浴槽でぼーっとしていた。
ルミナスもアリアも、顎の下までまったりお湯に浸かり、温かさにほう、と息を吐いた。
「…話し合いって疲れるねぇ」
「…母様とおばあさまがあんなにヒートアップするなんて、思ってなかったわ…」
「ねぇ、ルミナス」
「んー?」
「…ほんとのお母さんには会いたくない?」
「本当の…」
実の母親を思い出してみるが、こちらに来た時とどうしても比較してしまって、あまり良い思い出が出てこない。
「…会いたい、ような…会いたくないような」
「妹のマリアちゃん?だっけ。そんな凄いんだ」
「そうねー…マリアが絡むと本当にダメなお母様だったわ」
あ、とここでアリアが気付いた。
ルミナスは、『母様』と『お母様』を使い分けている。
そうしていた方が良い、とルミナス自身が勝手に決めてそうしているのだが、改めてこうしておいて良かった、と思う。
実際、ルミナスの助けになってくれていて、何かあったとしても寄り添って支えてくれているのはレノオーラなのだ。
何回も人生を繰り返している分、ルミナスはあれこれと我慢して呑み込んでしまう癖があるが、レノオーラはそれに気付いて程よい距離でいてくれている。
そして、アリアとアリューズにも精神的にも助けられている。
ルミナス自身は、死に戻りをしている事実は絶対に話さないと思っていたけれど、口からぽろっと無意識に出てしまったうえに、それをミーシャに報告されていると思っていなかった。
「アリアはさぁ…」
「んぇー?」
「何で信じてくれたの?」
「んーとねー…」
ルミナスの問いかけに対して、アリアははて、と首を傾げて、こう断言した。
「友達だから、かな」
「……え」
思いがけない答えに、ルミナスはきょとんと目を丸くした。
例えば、『話に信ぴょう性があるから』という答えが返ってくるのか、と思っていたけれど、そもそも信ぴょう性とは?という話でもある。
むず痒いような感覚になって、ルミナスは一度思い切り頭のてっぺんまでお湯にざぶん、と浸かる。
「えーーー!!!」
アリアは慌ててルミナスを引き上げるが、顔を真っ赤にしているのを見てオロオロと困惑している。
「ルミナス何してんの!どうしたの!疲れておかしくなった?!」
「思ったより酷いこと言われた!何なのもう!」
「だっていきなりルミナス頭までお湯入るから!」
「は、恥ずかしかったの!」
「だから何が!」
「~~っ、えいっ!!!」
さらに顔を真っ赤しにして、ルミナスはアリアに思い切り抱きついた。
浴室も浴槽も広いから問題ないけれど、アリアと二人して勢いよくお湯の中に倒れ込んで、見事にぐちゃぐちゃになってしまった。
「何すんのさルミナスのお馬鹿!」
「仕方ないでしょ、友達できたの初めてなんだから!」
恥ずかしいついでに色々暴露してしまえ!と言わんばかりの勢いのままにルミナスは滅多に聞けないくらいのボリュームで叫ばれ、アリアはきょとんと目を丸くした。
目の前のルミナスは真っ赤になっていて、これは湯あたりでも何でもなく、単に照れているだけ。
「……初めて?」
「なんか悪い?」
ぶすー、と頬を膨らませて再びお湯に二人して浸かる。
まさかの初めての友達、という単語にアリアはルミナスにつられてむず痒くなるような、不思議な感覚になってしまった。
「何で初めて?」
「貴族には色々あるのよ…」
「面倒だね」
「……そうね」
ルミナスがアリアの肩にもたれかかり、アリアはこつん、と頭を乗せた。
「私ね、貴族って大っ嫌いだったの。でもね、家の商会の力になりたかったから…ヴィアトール学院に入学したんだけど……周りは貴族ばっかで、どうしよう、って思ってた」
ぽつり、ぽつり、とアリアは話し始める。
「何か、ルミナスは違ったんだよね。アリューズと一緒にいる時の雰囲気がすごく好きだった、っていうのもあるんだけど、他の子よりも大人びてて、でも…何ていうの、ちょびっと危うさみたいなのもあって」
ルミナスが身動ぎすると、ぱちゃり、と水音がやけに大きく聞こえたような気がした。
アリアがそんな事を思っていたなんて、全く知らなかったから。
「アリア……」
「でもね、話してるうちに、ルミナスはルミナスなんだ、って。貴族だけど、でも何か違うって、直感だけど、そう思った。……うーん、我ながら言いたいことハチャメチャだね!」
「……アリア」
「ん?」
顔を上げて、ルミナスはアリアに微笑みかける。
「ありがとう。あなたが友達で、良かった」
今までにないくらい、とてつもなく綺麗な微笑み。けれど、ただ綺麗なのではなく、心を許しきった、ふにゃりとした笑顔に、思わずアリアは『ん?!』と変な声を出してしまった、
「美少女のそういう笑顔はほんっっっと、心臓に悪いのよ、ルミナス…」
「え?何言ってんのアリア」
先程の微笑みはどこへやら。
いきなりジト目になったルミナスを見たアリアは『さっきの可憐な美少女を返せ!』と叫んでいるが、ルミナス自身は自分が綺麗だとか美少女だとか、そういう自覚がほぼ、ない。何なら皆無である。
だからタチが悪いんだよー!と叫んでいるアリアだが、さすがに騒ぎすぎてドタバタとミリィを始めとしたメイドたちが浴室に駆け込んできた。
「お嬢様、騒ぎすぎですよ!」
「げ、ミリィ」
「ルミナスのお付のメイドさん!」
「アリア様も!……って、何なんですかお二人とも、床までびちゃびちゃにしてー!」
──あ、やばい。
そう呟いた二人だが、お風呂でまったりしていたから、そのまま逃げるわけにはいかないし、もうしっかりと温まっていたから後は出るだけ、だったのに、メイドさん複数にこっぴどく叱られてしまった。
「……ルミィ、それからアリア、何してたの……」
なお、叱られた報告はしっかりアリューズも知っていたらしく、呆れたようなジト目を二人に向けてきていた。
ルミナスはおまけにレノオーラにも叱られ、『お友達とお風呂が楽しいのは分かるけれど、もう少しお行儀よく入りなさい!いくつになったの!』と言われたので素直に自分の年齢を言う、というルミナスにしては稀有なボケをかまし、『ルミナスー!』とさらに怒鳴られてしまったが、直後にレノオーラとルミナスは顔を見合せて、大笑いした。
「母様、ごめんなさーい!」
「もう、あなたって子は!」
そう言いながら、寝る前の母娘のじゃれあいをして、お風呂はさすがに別々だったけれど、子供たちは三人並んでキングサイズの大きなベッドに横になった。
「ルミナス、大丈夫よ」
「そうだよ、ルミィ。きっと、今度こそ君はめいっぱい幸せになるんだ」
寝る直前、ルミナスを挟んで左右からそう言われ、泣きそうになるのを堪え、『うん…!』と必死に返してから、三人揃ってうとうととし始めた。
──きっと、これから、本当の意味で前に進み始めるんだ。
ルミナスは、何となくそう確信したのであった。




