理由の一端
少ししてルミナスが落ち着いてから、レノオーラが声をかけた。
「それでね、ルミナス」
「はい、母様」
「マリアちゃんからは逃げられた、王太子殿下も近寄って来れないようにした」
「……はい」
「あとは、何かある?」
学院で倒れた原因の人物が、頭の中を高速で過ぎっていく。
「あー……」
「もしかして、殿下の婚約者?」
言いにくくてどうしようかと悩んでいたところに、アリアがずばりと原因を言い当てた。
言い当てられてしまえば、ルミナスは頷くしかないが、三回目の死因となったのは公爵家の花嫁候補(なお婚約者ではない)に、ルミナスが選ばれてしまったがために、嫉妬に狂ったもう一人の花嫁候補(こっちは正式な婚約者)から殺されたという、アレ。
「その、三回目の死因が…」
「死因が?」
「とある公爵家の花嫁候補になってしまって」
「婚約者じゃなくて?」
「そう」
「え?」
これには全員が『?』となったようだった。
通常、というか公爵家の夫人を選ぶのであれば婚約から始まるのが一般的だ。他の貴族も階級問わずそうしている。よっぽどの大恋愛の末の結婚、となると話は別となってくるが、公爵家でそういったことがあるとは考えにくい。
しかもルミナスの場合は選ばれた本人が困惑しているのだから、唐突に選ばれたのであろうと推測できる。
だが、あの公爵は一体何を考えていたのか未だに分からない。理解したくないというのもあるけれど、選ばれた理由が自業自得に近いものだったから目を逸らした、というのもある。
「ねぇ、何でいきなり嫁?」
ズバッと聞いてきたアリアだが、悪気は一切ない。
ルミナスの複雑極まりない顔を見てから、アリアもアリューズも『あれ?』という顔になっている。聞いてはいけなかったのか、しかし聞かなければ原因を取り除こうにも取り除けない。
「多分こうじゃないかな、っていうのはあるんだけど」
「えぇ?」
アリアがさっきから百面相だなぁ、とルミナスはのんびり考えるが、他の面々の顔もそうなっている。
選ばれた理由……とうんうん唸っていて、一つだけふと、『やっぱりあれだろうなぁ』と最終的に思い当たったもの。
「うーん…」
「ルミナス、どうした?」
問いかけてくるライルに、あくまで可能性のひとつだけれど、と前置きをしてルミナスは答えた。
「もしかしたら、外交に強い人を探してたの、かも…?」
「え?」
「私、マリアから逃げるために隣国に留学をしたことがあるんです」
「ん?あ、そうなんだね、行動的というかなんというか」
「そうしたら、ある日いきなり連れ戻されたんですよね」
「ん?!」
相槌を打っていたライルは、思わずぴしりと動きを止めた。
「連れ戻された、ってどういうことなの? そんなの、何だかおかしくない?」
硬直しているライルのことは放置し、レノオーラが代わりに問いかける。
「えーと…」
連れ戻された時の様子を恐る恐る説明し始めるルミナスだが、案の定、とでもいおうか。
レノオーラとミーシャの顔がみるみるうちに恐ろしい形相へと変化していく。
「その公爵閣下には既に婚約者がいて結婚間近だったにも関わらず、外交に連れて行くための頭のいい側室候補を探していて、たまたまマリアがパーティーで姉自慢をしていたらそれをうっかり聞かれて、『留学している姉は、国外で働こうとしているくらいにはとりあえず優秀なんですのぉ♪』ってほざいた、ですって……?」
「おばあさま、お顔が。あと口調が、あの」
「何がとりあえずなのかしら…?ふざけないでいただきたいわ、うちのルミナスは『とりあえず』どころではないくらいに優秀よ!」
「か、母様」
孫、あるいは娘をとりあえずベタ褒めした二人は、ぜぇはぁと息を荒くしながら双方視線を合わせ、がっちりと握手を交わしている。
義母と嫁の仲が良いのはいいことだが、ルミナスに関することの温度がまぁまぁ高い。
「すまんなルミナスや」
「いえ…あんまりこういう母様とおばあさまを直接的には見たことがなくて、えっと」
「まぁ、そうだよねぇ。ルミナスに関しては母さんとレノオーラは……うん」
あはは、と苦笑いをこぼしているライルにつられるようにルミナスやアリア、アリューズも苦笑を浮かべる。
「だいたい、うちのルミナスは言われなくても優秀なんですからね!何よ、外交に連れていくため、って!つまりは正妻が頭が悪かったことが原因じゃないの!」
「そもそも論として、マリアがどうしてそんな風にルミナスのことを自慢するのですか!姉に嫉妬して執着するけれど、でも自分は姉の一番の理解者です、みたいな顔をするだなんて!」
ツッコミどころはそこなんですね、おばあさま。心の中でルミナスはこっそりとツッコミを入れ、何とも言えない顔をしてしまう。
ルミナスにあれこれ押し付けて、というよりも楽な方に楽な方に逃げ続けたマリアは、家のために嫁がせるという役割しか果たせなかった。
きちんと侯爵家令嬢としての役割をルミナスにしたように教え、躾け、勉強もさせていればもっと別の人生があったのかもしれないが、楽な方に逃げ続けたマリアの役割は、『良家に嫁いで子を成すこと』。
嫁ぎ先もそれで良いと言ってくれたし、能力のない妻に家のための外交など期待するわけがない。顔は良いからそれなりに愛情は与えるけれど、それだけだ、と言われたということなど、諸々は使用人たちから聞いて知っているのだ、ルミナス自身は。だからといって本当かどうか、という確信が持てていなかっただけで。
ただ、マリアは一人でも問題ないだろうと、たまたま招待されたパーティーで、件の公爵の前でぽろっと言ってしまったがために、自分の手で未来をこれから切り開こうとしていたルミナスの将来を、ぶち壊す結果へと繋がったのだ。
なお、ルミナスとアリューズに関してはこの時既に婚約済みなのは先程もルミナス自身が言っていたが、公爵家からは『そんな婚約解消してしまえば良い』ととんでもない理論をぶつけられ、更にはそれを知った本妻からの嫉妬により、ルミナスが狙われる結果に繋がった、というわけだ。
別に嫉妬なんかする必要なんてどこにもないというのに、お飾りなのにそれにすら嫉妬するだなんて、とルミナスは呆れ果てたものだ。
「ねールミナス、マリアって子がそもそもの諸悪の根源な気がしてきたんだけどさ」
「……認めたくないけど、そう思うわよね……」
「そこは認めなさいよ」
「うぅ…」
こういう時のアリアは容赦ない。ざっくりズバッと言い切るうえに、本質をずばり突いてくるからルミナスは何となく胸が痛い。
「……いっそ処分しましょうか……」
何だか怖い単語が祖母から聞こえた気がするけれど、ルミナスはそっと聞かないことにしておいた。
マリアに関しては本人が『自分が悪い』と思っていないことが何よりタチが悪いから、言ったとしても何も響かない。
そして、結果的に周りが多大なる被害を被ってしまうのだが、毎回それがルミナスというわけだ。
「で、でもあの…だから、原因を遠ざけたら大丈夫かなぁ、って思ったので、王太子殿下も遠ざけましたし」
「……その次が来たでしょう?」
「うぐ」
「ルミナス、根本的な解決ではないわ」
「ぐぬ」
「マリアちゃんの場合は物理的に距離を遠ざけたら大丈夫だった、っていう話だよルミナス」
「うあー…」
何となく理解はしていたが、ミーシャ、レノオーラ、ライルに畳み掛けられてしまえばルミナスはぐうの音も出ない。
アレクシスが『おい、孫が傷ついとる!』とオロオロしているが、ルミナスに関してのフォローはアリューズとアリアに任せておけばいいと、アレクシス以外は早々に察していたからこそ、遠慮なくズバズバと言うわけで。
「王太子殿下がそれだけ酷いことをするとは思えなかったけど、本当に……プライドの権化みたいな人ね」
はぁ、とミーシャが困ったような顔で呟いてから、色々な人に正論ぶちかまされ、しょんぼりしているルミナスに、よいしょ、と手を伸ばして頭を撫でた。
「ルミナス、気落ちしないでちょうだいね。まず、真実を受け入れなさい。そして、どうするか対策を考えましょうか」
「おばあさま…」
「それと、マリアのことはもう一度叱る必要がありそうね…」
「あの、おばあさま。マリアには記憶がなくてですね。あの、おばあさま」
ルミナスに対しては優しく、マリアに対してはとことん厳しく、らしい。
マリアのやらかしをあれこれ聞いてしまったから、ではあるのだが、ここまでやらかしていたからルミナスが十歳にもならないうちに行動してきたのも頷ける。
「ルミナス、とりあえずその公爵家令嬢とはなるべく距離を置きなさい。少し……調べますから」
「は、はい」
ミーシャは難しい顔をして呟いて、顎に手をやりじわりと考え始めた。
「(…王太子殿下については、きっとルミナスの成績に嫉妬したからだとは思うけれど……ふむ)」
使いたくはなかったけれど、王宮にて実際に相対して話してみる必要があるのかもしれない、とミーシャは思いながら、ルミナスの頭から手を離した。




