繋がっていく、点と点
「その、え?」
「マリア、って子にルミィは殺され、え?」
「うん、そう。妹に…マリアに、私は殺されたの」
うん、と頷いてさっくりと事実を告げたルミナスに、アリアもアリューズも、大人たちも愕然とした。
マリアから離れたいというのは、つまり。
「マリアから離れたかったのは、あの子に殺されないようにするためだから」
こちらについては迷うことなく、はっきりとルミナスは言い切った。
妹に殺されてはたまらないから、家を出て、ここにいる。だが、今回もそうなるとは限らないというのに…とアリューズは考えたが、うーん、とアリアが唸っていた。
「何で?今回そうなるとは限らなくない?」
お前、人の心を読むな!と叫びたかったが、アリアが聞いてくれたのは、まさにアリューズが聞きたかったことなのだが、大人たちは一様に渋い顔をしている。
「あ、あれ?」
「ありえるだろうなぁ、と思うからな…我々は」
「え、ちょ、え?」
ミーシャ、アレクシス、ライル、レノオーラ、揃ってはぁ、と大きすぎるほどの溜め息を吐いてから、アリアとアリューズを交互に見る。
きょとんとしているアリアとアリューズをよそに、苦笑いをしているレノオーラが、こう続けた。
「可能性の一端は、こうして言われてみればあったのよね」
「え?」
「本当に何でも欲しがっていたのよ、マリアちゃんは」
「あのー」
はい、と手を上げたアリアを『はいどうぞ』と乗ってくれたレノオーラが指名する。
「何でも、ってどの辺までですか?」
「言葉通り全部、ね」
「母様、それは私が」
「あら良いの?トラウマを刺激したりしない?」
「まぁ、そのあたりは何とかもう大丈夫です」
え?え?とオロオロしているアリアをくる、と振り向いて、ルミナスは何だか見ているこちらが嫌になるようなほどキラキラした笑顔で、しかもノンストップでマリアのあれこれを暴露していった。
「とりあえず、誕生日プレゼントは全部取られたわ。それからね、クリスマスなんかのプレゼントもそうだし、死に戻る前なんかは婚約者を取られそうにもなったわ。あと、結婚式の日取りを口出しもしてきて、何が何でも私のものは全部取ってやろう、ってくらいの勢いだったし、それから」
「ちょっと待って待って、ルミナス待って。ほんとに待って」
「何?」
相変わらずキラキラしているルミナスの肩をがっちり掴んだアリアは、まさかそんなこと、と考える。
しかし、『家族だから皆仲良し』が通じる相手ばかりではないのだ。ルミナスにとって、元の両親は確かに優しかった。マリアが関わった瞬間に、あの両親はルミナスにとっての単なる毒親にしかならないのだから。
それも嫌で、加えてマリアに殺されるのが嫌で、早々に行動を起こしたのは、周囲の大人にとっては『子供なのにこんなにも辛い選択を…』と言われかねないものだが、今こうして話を聞いてみるとなるほどな、と理解できる部分も多い。
しかし、ルミナスがこうやって話そうと思えるようになったのは、間違いなく周囲の助けがあるから、話しても大丈夫だ、と信じられる大人、友達、婚約者が揃ったこと。これに尽きるだろう。
「つまり、もしルミナスがこっちに逃げてこなかったら…」
「もしかしたら、きっとまた将来、死んでたんじゃないかな、って思うよ」
「そんな!」
アリアが噓でしょ…と力なく呟いたが、ライルがアリアの前にオレンジジュースを入れたグラスを差し出してくれる。
「アリアちゃん、大丈夫だよ。その…向こうは向こうで、ある意味イレギュラーが起こったんだ」
「で、でも!」
「本当よ、アリア。帰ってこなかったお兄様が帰ってきたり、今までなかったことが起こったのよ」
「お兄ちゃん、って。ルミナス、お兄ちゃんいたの?」
「うん」
そういえば、ルミナスは兄の存在をアリアに話していなかったな、と思いながら、納得いっていないらしい様子にはどうしたものかと考えるも、アリューズがぽつりと呟いた。
「でも…姉を殺すほどって…それ、執着っていうか…なんか、執念、みたいな…。邪魔してやろう、みたいな」
「アリューズ…」
アリューズの言葉に、ルミナスはそちらを振り向いた。マリアに今回会ったことがないにも関わらず、こうして一発でざっくりの性格を当ててしまうだなんて…!と別の意味で感動してしまう。
ルミナスの背後から『んなわけないじゃん、執着とかー』と聞こえてきたが、ミーシャもアレクシスも、レノオーラもライルもアリューズの慧眼に目を細めている。感動、という意味で。
「あれはまさに執着ね」
「うむ」
「ちょっとあそこまで行くと…」
「ドン引き、というか何というか…ルミナスの持ち物を何でも全部自分のものにしてやろうという気概だけは、褒めてあげなくも…駄目ね、あんな孫褒めるとこがないわ」
最後のミーシャの言葉に、アリアがとんでもない顔になっているが、本当なのだから仕方ない。そんなマリアは侯爵家長女としての役割を押し付けられることになるだなんて、きっと予想してなかったのだろうけれど。
「そんなすっごいのが妹…。ルミナス、何で耐えてたの?」
「まぁ…お姉ちゃんだから、って元の親には言われていたけど」
「ん?」
ここでアリアはようやくおかしい、と思ったらしい。
親なのに?という引っかかりというか、アリアの中の常識では語れない妙な感覚が、じわじわと形を成してきた。
「お姉ちゃんだから、って…それを免罪符みたいに使うのってどうかと思うんだけど…」
「普通はね」
ミーシャがアリアの言葉にうんうん、と頷いている。
「お姉ちゃん側のケア、っていうかルミナスへの労りとかなかったの?」
「ないわ」
間髪を容れずにルミナスが言うと、アリアの顔は引きつっていく。
「お、お姉ちゃんの物を奪った、っていうけど…返却とか」
「返すと思う?」
再びルミナスがにっこり笑ってアリアに問いかければ、それが全てを物語っていた。
言葉通り、返されるわけも、マリアが返すわけもない。返されたところでルミナスはきっと返されたものをゴミとして廃棄しただろう。
物に罪はない、というが、それはそれ、これはこれ。
奪われたものに対しての思い入れなんて、取られた瞬間に消え失せてしまう。
「返さ、なかったの?」
「勿論。これだけは死守して、お兄様が私に返してくれたけど」
「あ」
ルミナスが制服の首元からひょいと取り出してきた、繊細な細工が施されたペンダント。
唯一の母親から貰ったペンダントで、踏みつけて壊したけれど、破片まで綺麗に集めてくれた上で、兄が修復してくれて戻してくれた、かけがえのないもの。
「なんか…とんでもない妹さんだね」
「一応妹だけど、あんなの…」
ぐ、とルミナスは言葉に一瞬だけ詰まってしまうものの、一度だけ深呼吸をしてから続ける。
「マリアなんか、妹だと思いたくない存在でしかないわ。私の兄妹は、お兄様だけ」
「ルミナス…」
はっきりと言い切ったルミナスの背を、そっとアリューズが撫でてやる。
なるべく落ち着いてもらうように、とは思うが、まさかそんなことが起こってルミナスが今ここにいるなんて、思いもしていなかった。
ざっくりと理由は聞いていたが、まさかそんなことに…と思ってしまうものの今の話を聞くと何故だかあっさりと理解できた自分もいる。
アリューズ自身も妙な夢を見ていたが、今はルミナスのことが最優先だ。
そう思ったから、今は一旦言わないでおこうと判断した。恐らく、自分の結婚相手が毎回ルミナスだった、ということは、きっと関係しているに違いない。
きっといつか、この話もできるはずだからと思いながら、アリューズはルミナスの頭を撫でた。
「ん?」
「今、ルミィは平気?」
「ん…、うん」
微笑んでいるルミナスの言葉に、嘘の色はない。
きっと元いた家から出てきたことにより、本来の彼女の性格を出せることになったのが、何よりの治療になったのだろうと思える。
この場にいる全員がそう思うくらいだから、マリアという存在がいかにルミナスへのストレス源となってしまっていたのか。
「…とんでもない子だったのね、ルミナスの元・妹」
「アリア…」
「なに?」
「あの、軽蔑とか」
「しないよ」
「…何で?」
きょとんとしたアリアは、首を傾げてから少し考えるけれど、すぐににっこりと笑ってみせた。
「家族だからって、仲良しだっていうわけじゃない。それに、縁切っちゃったんなら、元・妹ってことで認識OKなわけでしょ?」
「え?うん…うん?」
「本人がそうやって思ってるなら、私たちは受け入れるよ。ね、アリューズ」
「ああ」
「え…」
あまりに軽い言葉だけれど、皆の思いはひとつもぶれることなく、しっかりとルミナスにも届いた。
「あり、がとう」
受け入れてもらえるだなんて、思っていなかった。
何を馬鹿なことを、と笑われるとばかり思っていた。
「どういたしまして」
レノオーラの優しい言葉が、ミーシャの温かな目が、ライルとアレクシスの力強さが。
そして、親友と婚約者も、居てくれるから、きっと、頑張れる。
改めて皆の温かさを含め、色々な気持ちを理解したルミナスは、ぼろぼろと涙を零した。




