思い出したことと、話し出せなかったこと
どうして私はあの公爵令嬢に対して嫌悪感を抱いたのだろうと、ルミナスは自分自身に問いかける。
「…そうよ、いつぞやの意味わからない公爵様!」
自分の言葉で叫ぶように言って、それをきっかけにしてルミナスはぱち、と目を覚ました。
「おもい、だした」
どうしてこんなところで出会ってしまったのか。
自分が一体何をしたというのか。
いいや、そうではない。これは、自分の死因のひとつの、奴だ!と思い出してしまって手で顔をおおった。
意味不明な理由で、ルミナスを婚約者もとい花嫁候補として一方的に指名してきた、あの公爵。
「あれって確か……いや、でも……え……?」
出会うのは、ルミナスが隣国に行った後のはず。
そもそも今回は隣国に行っていないし、行く必要が無い。だから、出会わないと思っていたのに。
「変わって、る…?」
これまでルミナスは、二十歳までに死んでしまう自分の運命を変えることに必死すぎて、あまり考えていないことがあった。
『ありえたはずの過去を変えると未来が変わる』という、少し考えればすぐ分かるであろうこと。
「……あれ?」
そして今気づく。
ここは、学校ではないということに。
「私の、部屋?」
ぽかんとしていたが、確か自分は図書館で倒れたはずだと思い、ゆるゆると首を横に振る。
そして、一体誰がここまで運んでくれたのだろう、と思いながらベッドから降りた。
自分の部屋のベッドにいたということは、つまり誰かが運んでくれたということ。着替えこそしていないが、制服の首元が緩んでいる。
「誰が…?」
家の人がしてくれたのだろうか。だが、今日家にいるのはミーシャだけでなかったか、と思いつつ部屋を出ていく。もちろん、首元はきちんと閉めておいた。
ミーシャがやるなら着替えまでさくっと済まされていそうな感じがするが、たまにめんどくさがって『おばあちゃまは力がないので』と放置されることもある。
完璧主義だけれども、家族の前ではおちゃらけてくれる祖母がルミナスは大好きだった。
勉強に関して、一切の容赦は無いけれど。
「おばあさまかな。それともミリィ……いや、ミリィは買い出しがどうとか言ってたし」
喉もかわいた事だし、と思って歩いていると、ルミナスの向かいから執事長が歩いてくる。
「あ」
「お嬢様!お目覚めに?!」
「…え、っと?」
「ご帰宅された時は、お顔の色が……こう、何というか、土気色でしたので…」
そんなにも心配をかけていたなんて、とルミナスはいたたまれない気持ちになる。
更にそんなとんでもない顔色だったのか、とゾッとする。それが執事長にも通じたのか、うんうん、と頷いてくれているが、周りへの心配はいかほどだったのだろうか。
だが、ここ最近になってようやく、皆が心配してくれるという状況についても、受け入れられるようになってきた。レノオーラの甘やかしと厳しさ、ミーシャの温かさのおかげなのかもしれない。
実家にいた頃は頼るだなんてとんでもない、と言わんばかりにマリア避けをしていたし、『お姉ちゃんだから』で何もかも片付けられてしまっていたのだから。
「ですが、お目覚めになられまして本当に良かった…」
「心配かけちゃって、ごめんなさい」
「いえいえ、お目覚めになっていただけただけでも嬉しゅうございます」
「うう…ごめんなさい」
いえいえ、と優しい言葉をかけてくれる執事長にほっこりしていると、前を歩こうとしていた執事長がくるりと振り向いた。
「ところでお嬢様、アリューズ様たちと合流されますか?」
「え?」
思いがけない名前が執事長から聞こえて、ルミナスはきょとんと眼を丸くした。
「…え?アリューズもいるの?」
「はい」
にこにこと笑ってくれている執事長は、更に言葉を続けた。
「アリア様もいらっしゃいます」
「アリアも!?何で!?」
何でその二人がいるのだろうか。まだ時間的には学校にいるであろう時間なのだから、ここにいるのはおかしい、とルミナスが首を傾げる。
「お嬢様を連れて帰ってきてくださったのが、アリューズ様とアリア様なのです」
「そう、だったの」
はい、と言葉を続けた執事長は、ミーシャたちが話している部屋へと案内してくれた。
「ここ?」
「はい、ミーシャ様とアリューズ様、アリア様のお三方でお話しされておりまして」
「おばあさまと!?」
思わず声を荒げてしまったルミナスだが、二人に会えるならまぁ良いか、と自分を納得させ、はしたないけれど皆を驚かせてみようかと思い、ノック無しで部屋に入ろうと、少しだけ扉を開いた時だった。
「ルミナスが、言ったんです。もう、死にたくないって」
――え?
思わずルミナスの手が止まった。
このまま扉を開いて、室内に入ればいいというのに、どうしてだかそのまま硬直してしまっている。お願い、動いて、と自分に言い聞かせていると、更に聞こえてくる声。
「(私、アリューズに何を…!?ううん、そうじゃない、いつ言った…?)」
必死に考えてみるけれど、ルミナスの記憶のどこにもそんな台詞を言った記憶はないのだ。
もしかして、と頭をフル回転させていて、思い当たったのは図書室での出来事。
「(あの時…?)」
きっと、それしなかい。
自分が何ということを口走っていたのか、と指の先が冷えてくるような感覚に襲われる。だが、それをどうしてミーシャに話しているというのか。
「…何で…おばあさまに」
「あの、お嬢様?」
執事長に声をかけられ、ルミナスははっと我に返る。いけない、こうしていては良くないのでは?と思い直してから、ドアをようやくノックした。
さすがにこのまま入るのはルミナス的には嫌で、数回ノックしてから、扉の続きを開いていく。
「あら、ルミナス。もう大丈夫なの?」
「あ、えっと、その」
「…ルミナス?」
いらっしゃい、とミーシャに言われて室内に入ったものの、どうして良いか分からない。おろおろしていると、アリューズが立ち上がってルミナスに手を差し出してくれる。
「ルミィ、どうしたの?」
「アリューズ、あの」
差し出された手を取り、ぎゅっと握ってもらうと、それだけでルミナスはほっとできる。しかし、ほっとしているだけではいけないのだ、と一呼吸置いて、アリューズに話しかけた。
「どうして、おばあさま、と?」
「それは…」
何を言われるのだろう、と少しだけルミナスが身構えていると、アリューズの背後からアリアがひょっこりと顔を出してきた。
「ルミナス、図書館で倒れた時に妙なこと言ってたんだって」
「おい、アリア!」
「隠したって良いことなんかないじゃん。それに、ここまで来たらルミナス自身にも自覚必要でしょ?」
「アリア、自覚って…」
アリアは何も知らない。
そして、知らないからこそ真っ直ぐに言葉をぶつけてくれる。
「何で、『もう』死にたくない、なの?」
繰り返していることは、祖母にだってまだ言っていない。
ああ、やはり自分はぽろりと口走っていたのだ、と理解し、窺うようにアリューズを見る。この人にだけは、幻滅も、嫌われたくもない。
いつかは言わなければいけないことだけれど、言うタイミングが早くなっただけ。
分かっているけれど、でも怖いものは怖いのだ。
頭がおかしくなったと思われないか、あるいは妄想を語っていると思われないか。
怖くて話すことが出来ないルミナスに、アリアも近寄って、アリューズと繋いでいる方と反対の手をぎゅっと握ってくれた。
「ルミナス、大丈夫だから」
「アリア…」
「話せそうなら、話して。何があったのか、知りたいんだ」
二人がこう言ってくれるなら、と。そして、ミーシャもルミナスの方へと歩いてくる。
「貴女が何かに怯えているのは割と最初から気付いていたけれど」
「えぇ!?」
「何で気付かないと思ったの、お馬鹿さん」
困ったように苦笑いをする祖母を、ルミナスは初めて見た気がした。
けれど、きっと大丈夫だと思えたのは、祖母の目が優しくて、ルミナスを大事だと言ってくれているのが分かる気がしたから。
「…私、は」
アリューズとアリアが握ってくれている手に、ほんの少しだけ力が籠ったのが分かった。二人からも、勇気を貰えているから、言える。
「何回も、死んで…巻き戻って、ます」
つっかえながらも言えた言葉。
下を向いていたから、アリューズとアリアの顔は見えなかったけれど、恐る恐る顔を上げてみた。
二人とも、ぽかんとしている。当たり前の反応だな、と思ったルミナスはまた下を向いてしまうが、アリューズの手に更に力がこもって、思わずルミナスは弾かれたように顔を上げた。
「あ、アリューズ?」
「早く言え、馬鹿ルミナス!」
怒られたことに、ルミナスは目を丸くしてしまった。
「何でそんな怖いこと、我慢してるって言わないのよおばか!」
そして更にアリアからも怒られてしまう。
さすがにこの反応は予想外で、あれぇ?と思っているとミーシャからわし、と頭を掴まれた。まずい、と思って顔を上げると鬼の形相のミーシャと目があった。
「ひえ」
「アリューズくん、アリアちゃん、今日は泊っていきなさい。この馬鹿孫!皆の前で改めて洗いざらい話すのです!良いわね!」
「はいぃ!!」
やり直しとか云々よりも、まさか黙っていたことに叱られるとは、と思ったが、この人たちは疑ったりしないのだという事実が嬉しくて、叱られながらもルミナスはへにゃ、と笑った。




