君は何に怯えているの?
「ルミィ!……っ、ルミナス!おい、しっかりしろ!」
「ルミナス!ね……ねぇ、ルミナスってばぁ!」
アリア、アリューズの泣きそうな声に、どうしたどうしたと人が集まってくる。
図書館司書の先生も何事かと、慌てて駆け寄ってきてくれた。
「どうしましたか?!」
「先生……!」
「先生助けて!ルミナスがいきなり倒れたの!」
「なんてこと……確か、ローズベリー伯爵令嬢、ですね?」
「そうです!」
静かだった図書館がざわざわと賑やかになっていく。ねぇ起きて、と泣くアリアだがアリューズはそんな友人の姿を見て冷静になったようだ。
「アリア」
「何?!」
「深呼吸して。それから、ルミナスが早退できるように担任の先生に連絡しに行ってくれるか?」
「……わかっ、た」
どうしてそんなにも冷静なの!とアリューズに怒鳴りつけたいアリアだったが、今パニックを起こしてもどうにもならない、ということに気が付いたらしい。
そして、アリアは両頬をぱん!と叩いて立ち上がり、担任にこのことを伝えるべく走って行った。アリアのことだから、何が起こったのかを簡潔に分かりやすく伝えてくれるだろうとアリューズは想像し、顔色が酷く悪いルミナスを床で横たえたままにさせるわけにはいかないと思い、抱き上げて、じっと見つめる。
「……どうして」
一体、何にこれほどまでに怯えているのだろうか。
「(そういえば……)」
王太子に出会ったときも、これほどまでかどうかは覚えていないが、ルミナスは怯えていた。
あの時は王太子に睨まれ、とてつもない迫力に怯えていたのだとばかり思っていたが、今回の公爵令嬢の件については全く分からない。
それどころか、ルミナスはあの令嬢と関わりなんかほぼ無かったのではないだろうか、と思うと更に分からなくなってくる。
「(何かあるのか……?)」
ルミナスの顔色は依然として悪いままだ。
早退させてしまって、ゆっくり休ませた方が良い。ルミナスのことだから、別に一日くらい休んだところで授業に差し障りがあるとは思えない。
一を聞いたら十を知る、とでも言うべきか。教えられたことの吸収がとんでもなく早い上に、応用力も利いている。元々魔道具に興味があった、とは聞いていたのだが、こんなにも適性があるとは……とアリューズはしみじみ考えていたのだ。
そして、またアリューズはふと思った。
「(ルミナスのおばあさまに……会えないかな)」
ルミナスの祖母、ミーシャ・フォン・ローズベリー。
魔道具研究の第一人者として有名であり、魔道具事業においては常にトップを走り続ける、引退したとは本人は言っているものの影響力は計り知れない。
更に、現ローズベリー伯爵夫人であるレノオーラも、魔道具事業においてはかなりの有名人だった。
女性ならではの着眼点で、庶民から貴族まで、『これがあれば良いのでは』という、痒いところに手が届く発明に繋がるアイディアを様々な形で提供している。
論文も発表しており、ヴィアトール学院の生徒であれば誰しもが卒業論文を作成する際に読むとされている、ミーシャの論文の数々。
そして、ルミナスは事情があってローズベリー伯爵家に養女としてやってきた、ということもアリューズは簡単に聞いている。
どこから聞けば良いのか分からないけれど、アリューズだってアリアだって、ルミナスが大好きで力になりたいと思っている。まさに今がその状況だろう。
学院に入学するまでのルミナスをあれこれ知っているわけではないけれど、それでもアリューズは心の奥底からルミナスが大切で、可愛くて仕方ない。
「……こんな顔色するくらいに、怖がる理由は……何なんだ?……なぁ、ルミナス」
ぎゅう、とアリューズはルミナスの体を抱き締める。
そうすると、無意識の行動だろう。ルミナスは、アリューズの制服のジャケットをきゅう、と掴んだ。
「……ルミィ?」
声をかけても、ぐったりとしたルミナスの目が開くことはない。
やはり駄目か、と小さくアリューズが溜息を吐いたその時。微かにルミナスのうめき声が聞こえた。
「っ…………ぅ………」
「……!」
ぐぐ、と眉間にシワが寄り、ルミナスの顔が歪んだ。そして、僅かに開いた口からこぼれ出た言葉にアリューズは目を見開いた。
「……もう、……死にたく、ない」
「……………え?」
耳を疑ったが、確かに聞こえた。『もう』とは一体どういうことなのだろうか。
そもそも、人の一生は生まれて死に、そうして終わる。
それで終わりで、前世の記憶を持っているというような、御伽噺でない限り、ありえない出来事がほいほい起こるわけがない。
しかし『もう』ということは、ルミナスは何かが理由で人生を繰り返しているとでも言うのだろうか。いいや、有り得るわけがない。
既に絶えた『魔法』の力をもってしても、人生を何度もやり直すだなんて、夢のようなことが叶うのかどうか、というところではないだろうか。
「……どういう、ことだよ……」
ルミナスの手は、アリューズの制服をしっかりと握ったままで開くことも離れそうな雰囲気もない。
このまま抱き上げて馬車に乗せたとしても、恐らく制服は握られたままだろうから、必然的にアリューズはルミナスの家に行くことになる。
自分の母親はルミナスの母と仲が良いことは知っているが、アリューズはあまりルミナスの家に積極的に訪問することはなかった。
学校に行けば毎日ルミナスに会えるし、放課後もしっかりと勉強という名分がありながらも一緒の時間を過ごせている。アリアもいるが、それはそれ、これはこれだ。
「うーん……」
「アリューズ、馬車手配できたって!」
「おいアリア、しーっ」
「……………むぐ」
未だ図書館にて色々な生徒が見てきている中、アリューズはルミナスを抱き締めたまま。そしてそこに戻ってきたアリア。
声の大きさを指摘されれば、慌てて自分の手で自分の口をアリアは塞ぐが、変わっていないルミナスの顔色には困ったような顔になり、じっと顔を覗き込んでいる。
「……まだ起きてない?」
小声でアリアが問いかけた内容には、アリューズは首を横に振った。
「そっかぁ……」
「……アリア、お前も来るか?」
「ん?」
「ルミナスの家だ。さっき、ルミナスが気になることを呟いた」
「へ?」
「『もう、死にたくない』って」
「……は?」
アリアもぎょっとして目を丸くする。
一体何がどうして、とアリアはまた叫びそうになったが、ルミナスが目を覚ますまでは大声を出さないと決めているのか、必死に声を我慢した。
「何よその物騒なセリフ……」
「分からない」
真剣な顔で、アリアもアリューズも考え込む。
「……行くわ。アリューズとルミナス、それから私のカバン取ってくるから待ってて」
「任せた」
アリューズの返事は短いが、それを聞いてまたアリアは走った。
自分の大切な子が、そこまで思い詰めていたのか。いいや、思い詰めていないにしても、一体何がどうなって、そのようなことを言ったのか。
「分かんないけど、でも……ルミナスが泣くのとか、嫌だもんね」
それだけ呟いて、アリアは慌てて荷物をまとめて、また図書館に走って行った。
子供だけど、友達を思う気持ちは負けてなんかいない。
アリューズだって、ルミナスのことは婚約者だしとても大好きでたまらないから、どうにかしてあげたいと心からそう強く思ったのだ。




