大好きだから心配
「ねぇ父さん、兄さん、酷いと思わない?!」
「とりあえず落ち着きなさいアリア」
「おーちーつーけーなーいー!!」
机をばしばしと叩きこそしないものの、アリアの怒りは大変膨れ上がっていた。
商品の仕入れも兼ねて出かけているグレイスフォード夫人を除いた家族三人揃った夕食の場面。
親友のルミナスがあまりに心配過ぎて、ここ最近、夕飯の席や家族との会話であれやこれや王太子の愚痴が飛び出てきている状態なのだ。なお、本日も通常運転でアリアは爆発した。
「アリア、あまり言いすぎては不敬罪になってしまうぞ」
「んじゃルミナスがされたことは何なの?はっ、まさかこれが職権乱用!!」
「うーん。ある意味正解というか、違うというか難しいとこだよな。でもあれだ、落ち着け妹」
至極冷静に、そしてスッパリと妹に指摘したアリアの兄、ウッド。
ヴィアトール学院に入ってから、『貴族だけどとても良い友人ができた!』と喜んでいたかと思えば、『何だあの王太子、ムカつく!』と遠慮なく怒りを撒き散らしている妹。食事の度に何やら愚痴を零していたが、ここ最近やけに酷かった。
王太子が同じ学院に入った、というのは聞いていたがそんなにも人物が悪いのか?と疑問に思えてしまう。
まさかな、と軽く考えていたのだが、妹からの話だけではなく、学院の他の人達から流れてくる話を聞いていると本当らしい。
噂曰く、『王太子殿下は特に交流もない伯爵家令嬢を常に睨みつけている』、『諍いがあるのかと思えばそうではない』、『一方的な敵意を向けられている令嬢があまりに可哀想だ』などなどなど。
睨まれたりする方に何らかの瑕疵があるのではないか、とも思ったのでウッドは調べてみた。
噂の中心にいる令嬢の家として、行き当たった先はローズベリー伯爵家。これはアリアからも聞いていたので簡単に行き着けた。
魔導具開発事業において、様々な論文を記しているミーシャや、それに引けを取らない現伯爵夫人のレノオーラ。彼らが王太子であるイシュタリアになにかやらかした訳がない。
貴族ではあるが、政に携わっているわけではないので王宮への出入りはほどほど、というところ。
では、何がきっかけだったのだろう、と考えていると思い当たった可能性はひとつ。
イシュタリアと同学年のルミナス。彼女は今年の入学生の中でも歴代最高点を叩き出して首席入学を果たしたのだ。
第三者の立場で考えてみたものの、ちょっとこれはこじらせ過ぎでは無いか?と思ってしまった。
「嫉妬、にしてはちょっと長いんだよなぁ…」
「嫉妬というか…」
うーん、とウッドとアリアの父、ロクシアは唸っている。
「話を聞くに、王太子殿下のこう…、なんつーの。思い込み?からくる、ようわからん感情にルミナスちゃんが巻き込まれた、それも一方的にっていう感じだと思うんだけど父さんどう思う?」
「ま、大体当たってるんじゃないか?アリア、落ち着いてきたかい?」
「落ち着かなきゃいけないことは理解してる!頑張る!」
「ん、よし」
根はとても素直だし、いつまでもあれやこれや引きずるような妹でもないのだが、如何せん今回の件に関しては長くなる。だって、あの学院は少人数制ということもあり、基本的にクラス替えが無いのだから。
あるとすれば、よっぽどクラス内の雰囲気が悪くなりすぎた時くらいだが、ルミナスの件は先生たちが何か手を貸すでもなく、当人同士が解決したこともあったせいか、クラス替えに至るほどでは無いと判断されてしまったそうだ。
「ルミナスちゃんの精神的なところはどうなんだ?もう大丈夫なのかい?」
「アリューズのおかげで。それと、ルミナスのお母様のおかげもあって、最近は顔色が良いかも」
「そうか。学校にも来れてる?」
「うん」
ようやく落ち着きを取り戻してきつつあるアリアは、夕飯のチキンソテーを切り分けて口に運ぶ。
皮目がぱりぱりとしていて美味しいなぁ、何だこのソース、うっま!と食事を楽しんでいると、半分ほど食べ進めていた父・ロクシアが口を開いた。
「アリア、ひとついいかな」
「なぁに、父さん」
「アリアは、ルミナスちゃんが好きかい?」
「ええ、大好きよ」
「良かった。なら、ひとつ。これは父さんとウッドからなんだが」
「……?」
何だろう、とアリアは不思議そうに首を傾げた。
「学院で得られる人脈と、知識。無駄にしてはいけないよ。これからもね」
ん…?と父の言葉に引っ掛かりを感じたアリアは即座に否定をした。
「ルミナスは人脈のために仲良くなったんじゃないわ。私が、あの子と仲良くなりたい、って思ったから、私から声をかけたんだから!下心まみれみたいに言わないで!」
「……ふむ?」
これは驚いたな、と小さくロクシアが呟いたのをウッドは聞き逃さなかった。
実際、これに関してはウッドも驚いた。
学院に入る前、幼いながらに『みらいをかんがえているから!』と胸を張りながら、友人だと報告してくれたのは、これから取引を考えようかと思っていた商会の娘だったり、珍しい鉱物を仕入れる店の主の娘、もしくは息子。そんな彼らとがっつり仲良くなっていたアリア。
割と下心ありまくりな友人関係ばかりだったのに、どうやらルミナスは違ったようだ。
「いやお前、下心まみれの友達多いだろ」
「まぁその、それは否定しない。うん。でも、ルミナスに関しては違うの!面白いし可愛くて、貴族らしからぬというか…何だろう、達観してるところもあったりしてね」
「へー…」
アリアの口からそんな言葉が聞ける日が来るなんて、と思わずウッドは声を出して笑う。
「ま、いい。それならそれで、仲良くな。今度うちに遊びに来るよう、招待するといい。珍しいお菓子を用意しておくから」
「はぁい!」
ぱっと明るくなったアリアの顔と声。
あぁ、本当の意味での友達に巡り会えたのかな、と父と兄は安堵した。
なお、最近のルミナスはすっかり元気を取り戻したおかげで、落ちかけた成績も元通り。
文書の形で『近寄らない』という内容を残しているため、イシュタリアも迂闊に近寄れなくなっているし、側近にも母にもこってり絞られたことによりほんの少しずつ性格がマシになったとかなんとか。
いつ家に呼ぼうかな、と思いながら残りの夕飯を食べ進めていったアリアであった。
ちなみに、アリューズの名前をしれっと出したことにより、父と兄は慌てることになってしまうのだが、遊びに来た時にルミナスがアリューズを連れてきたことと、『自分の婚約者です』と紹介したことにより、『愛娘(可愛い妹)がもう彼氏を作ろうとしている!』という思い込みを突っ走らせかねなかったものの、そうなる前にきちんと阻止できたことによって事なきを得たのだが、それはまた別の話である。




