もう一度、よろしくお願いします
「………」
「………………」
夫人同士が予定を調整してくれて叶ったお茶会。メインの二人は最初の挨拶は何の問題もなくスムーズに交わしたというのに、それ以降気まずそうに視線を合わせられないまま既に30分が経過していた。
「(…ルミナス…緊張しているのは分かるけれど…)」
ふぅ、とレノオーラは息を吐くと同じことを思っていたらしいミリアリアと視線が合って、互いに苦笑いを浮かべた。
アリューズ自身も相当緊張している、というよりは何を話していいのか分からないようにも見える。微笑ましい光景ではあるが、このままだと話も進まないし無言のままお茶会が終わってしまう。
「ルミナス、アリューズ君に言いたいことがあるんでしょう?」
「アリューズも。ルミナスさんにこの前のことを謝りたいのではなくて?」
双方の母親から促され、ばっと顔を上げてみれば互いの視線がかち合う。ルミナスはぼっ、と真っ赤になるし、アリューズもつられて顔が赤くなるが、覚悟を決めたのはアリューズが早かった。
「この前はすまなかった!…っ、あの、これ…」
「い、いえ、私こそ前方不注意で本当にごめ、…え?」
勢いよく頭を下げられると共に差し出された小さな箱と、大人が持てば片手で持てるくらいの小さなピンクローズの花束。かすみ草が所々にあしらわれており、とても可愛らしかった。
小さな箱にはリボンが巻かれており、ルミナスの髪色に似た銀色に近い光沢のあるもの。
「これ、は」
「お詫びの品になるかはわからないけれど…」
「開けても良い、ですか?」
「うん」
駄目だ、と分かっているのに過去の彼と重ねてしまう。
だが、アリューズはアリューズで、振る舞いも、雰囲気も、ルミナスが良く知る彼のまま、何も変わらない。違うのはお互いの年齢だけ。
リボンをほどいて箱を開けると、中に入っていたのは猫のブローチ。尻尾は揺れる仕様になっており、猫の首輪にはガラス製のビーズが一粒ある。首輪の色は赤で、猫は黒。可愛らしいそれに、ルミナスの頬は緩んでみるみるうちに笑顔になる。
「可愛い…!」
「気に入ってもらえてよかった…」
はは、と笑いながらそこでようやく力が抜けたのか、アリューズは柔らかな表情になる。ルミナスも満面の笑顔でもらったブローチと花束をレノオーラに見せてとても喜んでいる。
「母様、花束は後でミリィに飾ってもらって良い?」
「勿論よ。リーズ伯爵夫人、お気遣いいただいてありがとう。アリューズ君も」
「良いのよ。こちらの不注意でルミナスさんに痛い思いをさせてしまったんだもの。これくらいはさせてちょうだい」
「…いやあの、本当に申し訳なかった…」
用意された紅茶を一口飲んで、ルミナスはじっとアリューズを見つめる。
これまではもう少し成長した彼と顔合わせを行ってから婚約していたため、十歳に満たない彼と会うのは勿論ながら初めてだし、何というか新鮮さもある。
アリューズも、ルミナスの笑顔を見たことで安心して表情が柔らかなものになっている。隣に座っているミリアリアは『珍しい顔をするものだ』と己の息子を眺めていた。
表情が乏しいわけではないが、あまり普段からこれほど感情を表すことはない。貴族ならばそうなるよう躾けられているものの、家族の前でもこんなに柔らかな雰囲気になることは稀だったのだ。
ようやく会話が弾み始めた双方の子供たちを微笑ましげに眺めていたが、ふとレノオーラはミリアリアに目配せをした。ミリアリアもそれを察して見えないように頷いて夫人同士、すっと立ち上がる。
「アリューズ、母様は少しローズベリー伯爵夫人と話があるから、二人で居てちょうだいね」
「ルミナスも。邪魔にならない位置にメイドも控えさせているから、お菓子の追加やお茶が足りなくなったら声をかけると良いわ」
「へっ?あ、はい…。いってらっしゃいませ、母様…」
「母上も…いってらっしゃい…?」
にこにこと笑う夫人二人を見送り、ルミナスとアリューズは顔を見合わせた。
さて、どうしたものかと二人は少しだけ悩んで、顔を見合わせたまま小さく笑う。
「……変な感じだな」
「……はい、本当に」
――あぁ、変わらない。
ルミナスが知っている彼と、やはり変わらない。
あまり力を入れすぎる必要もないし、むしろそうしてしまった方が気を遣わせてしまう。だから、今までのようにありのままでいようと、改めてルミナスは思った。
そして、ずっとお茶ばかり飲んでいてもお腹がたぷたぷになりかねないと思い、立ち上がってアリューズの方へと進んだ。
「アリューズ様、良ければ庭園を散歩いたしませんか?ご案内します!」
「なら、是非」
並んで二人は歩き始める。
ローズベリー家の庭園は家名に「ローズ」が入っていることもあり薔薇が多く咲き誇っている。
勿論、季節の花々も沢山咲いているのだが、薔薇については品種も色も、目を見張るものがあった。
「…すごいね」
「私も、ここの庭園にはびっくりしました」
「え?」
「……養女なんです、私。色々あって。あ、でも父様とは血縁関係にあるので、全く無関係というわけでもないんですが」
少し戸惑っていたアリューズに対し、あはは、と苦笑いしてルミナスは足を止める。
「実家は、隣国のラクティ侯爵家です。色々と我慢できないことの積み重ねがあって、おじいさまやおばあさまを頼って、こちらに」
「そうだったのか…」
「あ、でも!」
「ん?」
「無理矢理とかではないですから、大丈夫というか。おばあさまも、母様のことも、尊敬できて大好きなのには変わりないので……来れて良かったと、そう…思うんです」
それを話すルミナスの様子は少しだけ悲しげにも見えるが、さっぱりとした様子なのには変わりない。
一歩、アリューズはルミナスとの距離を詰めて、頭にぽん、と手を置いた。
「……?」
「頑張ったんだね」
「…………………っ」
涙が出そうになる。
かつて婚約していた時、結婚直前で言われた言葉と同じものを言われた。全く同じ優しさを込めて。
「(…駄目だ、好きだ)」
たった少ししか打ち明けていないのに、こうして優しい言葉をかけてくれる彼を、嫌うわけもない。むしろ、想いは募るばかりだ。
「頑張れ、ましたか…ね?」
「頑張ったと思うよ。それに、ヴィアトール学院の試験も頑張って勉強したから、トップ入学できたんじゃないか。それを『頑張ってない』とか言えるわけないだろう」
油断したら涙が零れそうになるのを必死に堪え、へら、とはにかんで笑う。
それにつられたようにアリューズも年相応に微笑んでくれたのが嬉しくて、つい涙腺が緩みそうになるが何とかギリギリ持ちこたえた。
そして、母親コンビは勿論、その光景をバッチリ見ていた。
「どう思う?」
「アリューズがあんなに優しい顔を見せるとか、ルミナスちゃん以外にないわね」
「決まりで良くて?」
「勿論」
ぐっ、と固い握手を交わして学生時代からの親友二人、もとい夫人同士は大変良い笑顔を浮かべた。
ローズベリー家とリーズ家、双方共に魔道具事業を展開しており、ちょくちょく共同事業、という形で共に仕事をしていたのだが、ライバル同士でもあったため業務提携まではできていなかったのだ。
それが、息子と娘の婚約を以てして、業務提携ができる上に互いの知識や技術を共有できるとあっては双方にメリットしかない。
嫁姑の問題も、この感じでいけば何の支障もない。
勝手知ったる何とやら。
レノオーラは我が娘の初恋(かれこれ数度目)が実ることの嬉しさに、ミリアリアは息子の雰囲気を柔らかくしてくれる貴重な存在にして首席合格を果たした才女と出会えたことの嬉しさに、笑みが止まらない。
「じゃ、早速二人に報告しましょうか」
「えぇ!…ねぇ、伯爵…泣かない?」
「ライルが?どうして?」
「愛娘の婚約よ?」
「泣かれても…いつかはルミナスもお嫁に行くんだから…耐えてもらわないと、ねぇ?」
「まぁ…それもそうね」
母は強しなのか、そこそこあっさりした対応をするレノオーラを見て、ミリアリアは心の中でライルにこっそりとエールを送ったのであった。
「え?」
「はい?」
「あらやだ二人とも息ぴったりー!」
「そういうわけで、貴方達の婚約をね。今決めたの」
とんでもなく良い笑顔で微笑む母親達を見て、双方顔を見合わせる。
「アリューズ様は…よろしいのですか?」
「いや、ルミナス嬢こそ」
「わ、…私は、…アリューズ様、なら…良い、です」
最後の方はモゴモゴと口篭り、首まで真っ赤になりながら了承するルミナスを見て、何やら胸を押さえて奇妙な表情になったアリューズ。
ルミナスは『やらかした?!』と内心焦りまくるが、反応の可愛さにどうしていいのか分からず、うまく表情を作れていないだけだったのだが、知る由もないので一人大慌てだった。
なお、仕事から帰宅したライルが双方同意の上婚約を結んだことを知らされ、あまりの動揺に食事の席でミーシャから『大の大人がみっともない!』と叱られたりもした。
だが、レノオーラは満面の笑顔だし、ルミナスは照れて頬を赤らめているし、アレクシスは孫の婚約を素直に喜んでいたので、誰もライルのフォローをしなかったりという悲劇があったのだが、改めて翌日ルミナスから「父様、お祝いしてください!」とトドメを刺されてしまったのであった。
ニヨニヨしながら書きました。
ふふふ可愛い…!




