懐かしい想い
少し短めです。
「…また夢」
目が覚めたアリューズは必ずと言っていいほど涙を零していた。
夢の中ではとても穏やかな時間を過ごしているのに、覚醒する直前くらい。いつもそのタイミングで穏やかな時間は終わりとなる。
目が覚めるまでそうできていれば良いのに、必ず、胸が締め付けられるような想いに襲われてしまうのだ。
「何なんだ」
病というわけでもないので親にも相談しづらい。まして『夢の中で幸せな時間を過ごしていたはずなのに起きたら涙を零している』と相談しても『穏やかな時間のままでいたいが故の名残惜しさではないか』と言われそうな予感しかしない。
傷ができているわけでもないので、気にせずに過ごしていたが、九歳になってからが特に酷かった。それまでは月に一度見るか見ないか、稀に週一度見たりするくらいの頻度だった。それがほぼ毎日となってしまっては、日常生活にも少なからず支障が出てしまう。
眠る前にホットミルクを飲んで体を温めてから眠る。
足首を冷やさない。
寝る前に間食をしない。
とりあえず思いつくものはできるだけ試してみたが、一向に解消されない。
眠れてはいるのだから不眠症ではない。にしても、夢を見た後の後味が悪すぎる。
そんな状態でヴィアトール学院の制服の試着に行ったものだから、注意力散漫になってしまって、ちょうど出てきた女子に思いきり正面からぶつかってしまった。
男性の体と女性の体がぶつかり、体格が少しでも良ければ結果として相手に痛い思いをさせてしまう。慌ててアリューズはぶつかってしまった女子に謝ると、向こうからも謝罪があった。
顔を上げた彼女とぱちり、と視線があう。
長く艶やかな銀髪、吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳。顔を上げただけでさらりと流れていた髪はきっと、触り心地が良いのだろう。
化粧をせずともほんのりバラ色の頬に、少し小さな体。
『かわいい』と思うと同時に何故か感じた懐かしさが、一体何なのか分からないけれど、アリューズと視線が合って少ししてから急に泣き出してしまい、ひどく慌ててしまうと同時に泣いてほしくない、と強く思った。
初対面なのに、どうしてだろうと考えていたが少しして泣き止んだ彼女に安堵しつつ、その日の用事を終わらせて帰路についている中、母であるミリアリアに「ねぇ」と話しかけられた。
「アリューズ、本当にあの子と面識は無いのね?ぶつかったとき、もしかしてあの子、貴方の服のボタンに思い切りどこかぶつけたとかもない?」
「ないと思います、母上。…すみません、完全に僕の不注意でした」
「…まさか貴方、力いっぱいぶつかったんじゃ…!」
「僕の筋肉量でそれができたら、騎士団とぶつかった女性は吹き飛びませんかね」
思わずジト目になったアリューズだったが、本当にルミナスが泣いてしまった理由が分からず、彼自身も大変困惑していた。
できることならもう一度謝りたいと、そう思いながら自宅に到着する。
出迎えてくれた家令に荷物を任せ、ミリアリアと共に庭園に向かう。
用意されていたテーブルに着席すると、メイドが用意してくれていたアフタヌーンティーセットに手を伸ばして食べ始める。といってもアリューズ自身はケーキや甘いものは得意ではないので、軽食として添えられているサンドイッチに迷うことなく手を伸ばしたのだが。
「機会があれば、謝りたいところよね」
「…はい」
口の中のサンドイッチを飲み込んで頷いた。
痛めてはなさそうだったが、どうにもあの子の泣き顔が頭にこびりついている。
「母上、ローズベリー伯爵夫人と仲がよろしいのですよね?可能であれば入学式までには謝りたいので場を設けていただけませんか?」
「ええ、構わないわよ。珍しいわね」
ふふ、と笑いながらミリアリアが続けた言葉に、アリューズは首を傾げた。
「アリューズ、普段なら気にしないじゃない。あの子のこと、少しでも気に入った?」
きょとんと目を丸くする息子が、どうやら無自覚らしいと察したミリアリアはベルを鳴らして執事を呼ぶ。ローズベリー伯爵家に今日のことで謝罪したい旨をまず手紙で伝えてもらうため、便箋と封筒の準備をお願いする。そしてアリューズにはルミナスへの謝罪の品を用意するように伝えてから、ティータイムを楽しんだのだ。
まさか、ほぼ同時に両家が手紙を出しているとは知らず、お互いに入れ違いになったり大慌てになったりもしたのだが、双方の希望通りに茶会のセッティングは完了した。
ルミナスとアリューズの再会まで、二日。




