心の支えのあなた
ずび、と鼻をすするルミナスの背を優しく擦り続けてやる。目は真っ赤になり、泣き続けたことで何とも痛々しい雰囲気だが、限界まで泣いてようやく落ち着いたようだ。
「…大丈夫?」
「…あい」
こく、と頷いて目を擦ろうとしているルミナスの目元に冷やしタオルを当てれば、『ひえ』と素っ頓狂な声を上げるルミナス。泣き始めた時は憔悴しきっている、という雰囲気がぴったりだったが、それもやっとなくなった。安堵してレノオーラはほっと息を吐いた。
申し訳なさそうに頭を下げているルミナスの頭を優しく撫でてやれば、心地よさそうに目を細めている。どこか猫のような雰囲気の娘に思わず笑いが零れたが、それでも先ほどまでの雰囲気を見ていればあまり安心はできなかった。
「アリューズくんとぶつかったの、そんなに痛かった?」
「…」
ふるふる、と無言で首を振り、『違う』と伝える。
「…もしかして、あの店で…店員に何か言われたりした?」
「…」
もう一度首を横に振る。
どう説明すればいいのか、ルミナスには見当もつかなかった。
『実は人生何回もやり直していて、昨日会ったリーズ伯爵子息がかつて旦那様になる予定、というか旦那様で、懐かしさと独占欲のようなものが溢れました!』とか言えるわけもない。
今世の彼にはもう婚約者がいるかもしれないし、迂闊なことを言ってしまっては現在の両親に迷惑もかかる。
「よかった。嫌な思いをしていたのなら何かしないといけなかったわ」
「へ?」
喋ろうとしていたらしゃくりあげそうになっていたので、ずっと首を横にふったりしていたのだが、物騒にも聞こえかねない母の発言に変な声が出てしまった。
「あ、あの、母様。アリューズ様にも、店員さんにも、何もされて、ないです」
「何もなくて泣くわけないでしょう?」
めっ、と鼻の頭を指先でつつかれるが、本当なので慌ててしまう。
「…心配なの」
「…あ」
「今まで我儘も言わず、ルミナスはずっと頑張ってきていたわ。そんな貴女がこんなに泣いて、憔悴しきってしまったんだもの。よっぽどの理由があるんじゃないかと思って…」
「母様…」
優しいこの女性を不安にさせてしまった。
罪悪感でいっぱいになって、しょぼんと肩を落としてしまうが、今はすべてを話せなくても、少しだけなら理由を話した方が良いかもしれないと、そう思った。
「……笑いませんか?」
「え?」
「あの、ですね。…アリューズ様に、あの……」
「うん」
「ひ、ひとめぼれ、して、しまって」
「……うん?」
わぁ、首をかしげる母様可愛い~!とかついうっかり思ってしまったが、言ったものの羞恥心が勝ってルミナスの顔が一気に赤くなる。
首まで熱いし、もうなんか見えている部分真っ赤なんじゃなかろうか、と思いつつレノオーラの反応を窺った、ら。
母の目が、今までかつてないほど、とてつもなく、輝いていた。
「母様…?」
「まぁ!まぁまぁ!それならそうと早く言ってくれれば良いのにー!善は急げ、入学式は一週間後ね。それまでにお茶会でも開いて、お互いが良しとすれば婚約でもする!?」
「落ち着いてくださいませかーさま!!!!」
思わず悲鳴のように叫んでしまったが、まさかここまでレノオーラからきらきらとしたまなざしを向けられるだなんて、思ってもみなかった。
それどころか、ちゃんとルミナスが言った理由を信じてくれていることには感謝しかないが、本人の意思をすっ飛ばしてはいけないとも思うし、まずアリューズに婚約者がいては成り立たない。
「アリューズ様に婚約者がいたらどうするんですか!暴走しちゃいけません!」
「…あ、あら私としたことが」
はっと我に返ったレノオーラはほんのり頬を染めるが、もう既にノリノリである。
しかもリーズ伯爵夫人と友人ということは、結構な速度で茶会の日程も決定することであろう。
『アリューズ様、本当にすみません』と心の中で謝りつつも、心の中ではこっそりと喜んでしまう自分に更に嫌気がさしてしまう。
彼には記憶がないのだから、こうして喜んでいるのはルミナス自身だけだ。これで婚約者がもう既に居た、などと聞かされてしまえばそれこそ立ち直れない。
それでも、と一縷の望みをかけてみようかとルミナスは思う。
互いに伯爵家の令息と令嬢。婚約者がいないのであれば同じ学院に通う同士、これ以上ないほどの良縁である。
「とりあえず、夫人に聞いてみるわね。もしも、婚約者が居なくてお互いに嫌でなければ、という前提条件があってこそになるとは思うけれど…ルミナスは嫌ではないかしら?」
「は、はい。それは勿論!」
思いがけず縁が繋がりそうでほっとすると同時に、ルミナスは思考をフルで働かせた。
過去、王太子とその婚約者に関わったことで冤罪を被せられ、処刑をされてしまった一度目の生。最初から妹に迷惑をかけられていたこともあったので、そこから切り捨てていったのだが、過去の婚約者はたまたまなのかもしれないが、全て、アリューズだったのだ。
他の貴族令息との婚約話が出なかったわけではないが、家柄や互いの性格を考慮された上での縁が結ばれていた。
今回の生で、妹との関係は早々に断ち切った。
そのことで何かしらの力が働いていて、今回の生での婚約者がアリューズ以外になってしまうかもしれない。それが、何より不安だし怖いことなのだ。
心のどこかで、彼がいるという安心感があったから、三度やり直すことになっていた生も、持ちこたえられていたのかもしれない。
どうか、彼に婚約者がいませんようにと願い、部屋を出ていくレノオーラの背中を見送った。
書きたいものが大量にありすぎるので、本日可能であればもう一話投稿します。
頑張ろう…!




