たいせつな ひと
レノオーラがオススメだというカフェで、日替わりランチを食べて、久しぶりのお出かけだからとデザートまで奮発してもらった。生クリームがたっぷり乗った、大きなイチゴのショートケーキを食べながらきょろきょろと周囲を見渡す。
服装から、どうやら余程位の高い貴族以外はこの店を贔屓にしているようだ。勿論中には平民もいるが、貴族らしき人も普通に座って食事やお茶を楽しんでいる。
「どうしたの?」
「あ、えっと…ここ、割と色々な方がいらっしゃるんだなぁ、って思って」
「あぁ、そういうこと。学院が近いこともあるから、かしら。あの学院、貴族も平民も、本当に分け隔てなく通っているし、帰りにお茶をしたりするのにここに寄り道する人も多いの」
「へぇ…」
こういうところは、何となくすごいな、と思ってしまう。
あまりきょろきょろとしても行儀が悪いかと食べることに集中し、食事が終わると目的の制服の試着に向かう。
制服店から何人か笑顔で出てきている人もいるし、中にはこれからサイズ合わせらしき人や親子連れ、成長したことによるリサイズの申し込みや、学年が上がることでの制服の作り直しらしき人、様々な人が見受けられる。
ほぉ、と思わず感嘆してレノオーラに付いていくと、話は通してあったようでルミナスの制服が用意された。
「わ…!」
白いブラウスに、裾にラインの入った紺色の膝丈スカート、同じく紺色のボレロ丈のジャケットにベスト。襟元に付けるための魔石の着いたリボン。通学時に着用が義務付けられている学院の校章の着いたベレー帽。
目をキラキラと輝かせるルミナスを見て、運んできてくれた女性店員が微笑ましげに頷いていた。
「女子の制服は可愛らしいですからね。ですが、これら全て、魔道具でもあるのですよ」
「え?!」
「制服を編んでいる糸は僅かながらも防御魔法が付与されており、軽い物理攻撃ならば防ぐことができます。そして襟元のリボンは一度だけ、あらゆる全ての攻撃を防ぐための防御魔法が込められております。もし使用しなければならない事態に襲われてしまった時は、魔力を込めて強く握りしめてくださいね。そのようなこと、無いとは思いたいですが…。ご使用になられても買い直すことはできます。ですが、買い直しには多大な費用がかかりますので、くれぐれもご注意ください」
にこやかに告げられる内容に思わず息を呑むルミナス。
貴族の子女も通い、平民とて優秀な生徒や将来有望になるであろう生徒が多数通う学院なのだ。誘拐騒動が起きないとも限らない。それを想定した、学院の生徒を守るための制服だった。
「そして、これら制服の素材などを含めた開発者はミーシャ・フォン・ローズベリー様でございます」
「………ん?」
ひく、と頬が引きつったような気がする。
物凄く聞き覚えのある名前に、ルミナスはぎぎ、とぎこちなく首を動かして店員に視線をやる。すると、とんでもなく良い笑顔を浮かべてこちらを見ている彼女と視線がかち合った。
「ミーシャ…?」
「はい!」
「それ、って」
「あなた様のおばあさまでいらっしゃいます!」
キラキラと目を輝かせる店員。
絶句するルミナス。
そして救いを求めようと振り返るとソファに突っ伏して声を上げることなく爆笑しているレノオーラ。
「かーさまー?!?!」
「ご、ごめんなさいねルミナス…。っ、ふふ……ディルくんが、黙っていたら面白い反応が、見られる、って…、うふふ…」
家を出てからというもの、私的な場では割と感情を素直に出せるようになったルミナスを観察していたらしいディル。ヴィアトール学院の入試を受けて合格し、色々な生徒が書き連ねた論文集も読んでいたのに何故かミーシャの名前が視界に入っていなかったらしく、これは面白いことになりそうだと、レノオーラに進言していたようだ。
無論、ミーシャにも進言していることについては抜かりがない。
「う、うそだ…」
「あー……楽しかった…。本当にいい反応ねぇルミナス。ちなみに本当よ。お義母様はヴィアトール学院卒業生なのは知っているでしょう?あの方は、様々な魔道具開発者として論文を発表したり、国から表彰を受けたりもしているわ」
「だから…魔道具のそもそもの構造にとんでもなく詳しかったんですか…?」
「えぇ。ちなみにね、わたくしも何本か論文は提出しているの」
にっこり、と擬音がつきそうなほどの良き笑顔でレノオーラは告げる。
実家にいるよりもとんでもない人達に囲まれてしまったのではないか、と思うルミナスの予想は当たっていた。
学ぶには最高すぎる環境だ、と思う。どうしてこのようなものを開発しようと思ったのか、どうやって開発に着手したのか、聞きたいことが後から溢れるが、それは帰宅してからだと自分に言い聞かせた。そして、何かを決意したようにレノオーラを見上げた。
「母様…あの…」
「なぁに?」
「なら、課題に詰まった時は…教えて、ください」
「………」
「あの、自分でも調べます。でも…分からなければ詳しい人にお聞きしたいわ…」
拗ねたようにも見える表情で、少しだけ頬を膨らませて言うルミナスに、自然とレノオーラの表情も緩み、勿論、と頷いてみせた。
そして、制服一式を手にして試着室へと入るルミナスを見送り、周囲を見渡して目を細める。
「…より良く、進化しているようね」
「お褒めに与り、光栄です」
「学院の生徒達が開発したものもあるんでしょうけれど、わたくし達の頃から、とても良い方向に進化しているわ。値段も、品質も」
「ミーシャ様をはじめ、研究者であられた方々の基礎があってこそ、でございます」
「…えぇ」
きっとその中にあの子も入ると、レノオーラはそう確信していた。
贔屓ではなくルミナスは本当に優秀だ。
詰まった時に手を貸すと、1が5にも10にもなって成長する。侯爵家令嬢として培った様々なものを、思う存分これからは学業やその他にも発揮すれば良い。
着替えを済ませて出てきたルミナスに微笑みかけ、置かれていたベレー帽を頭に載せてやって整え、そして隣に立ち肩に手を置いた。
「似合うわ。サイズはどう?動きにくかったりしない?」
「大丈夫です!…これ、織られている糸に伸縮性もあるんですか?」
「そうね、肩周りや関節部分にあるはずよ。体が動かしやすいでしょう?」
「はい。上着を着ていても腕を上げるのが辛くないです」
ぐるりと腕を上げたり回してみたり、その場で優雅に回ってカーテシーを披露する。
「母様、大丈夫です」
「分かったわ。問題なさそうなので、これで良いわ。すぐに当家に届けるよう手配をお願いできるかしら。ルミナス、着替えていらっしゃい」
「はい」
試着室に入ったルミナスを確認して、店員がそっとレノオーラに近付いた。
その目が欲に濡れているのを見て、一瞬だけレノオーラが不愉快そうな眼差しになるが、すぐに消して微笑みを浮かべてみせた。
「………何か?」
「レノオーラ様の御息女は、今年ご入学だとか。…我が家の息子も同じ学院に入学します」
「…そう」
「これを機に、是非とも両家が親睦を深められば、…………………っ」
店員としては問題無かったのに欲を出したな、とレノオーラは氷点下の眼差しを向けた。
血が繋がらないとはいえ可愛い我が子に対して、妙なことや何か余計なことをされてはたまったものではない。
不要なものは、先に摘み取るに限る。
「ぁ、…あ、の」
「ここは、学院の必需品を揃える店だったわね。…いつから縁結びまで取り扱うようになったのかしら」
底冷えするような声音に、女性店員の体が震える。
「公私は分けていただけると、嬉しいわ。……次から、しっかりと、ね」
一言一言区切ってはっきり告げる。
青い顔で何度も頷く店員に、よくできましたと言わんばかりの笑みを返すと、ちょうどタイミングをはかったようにルミナスが出てくる。
「母様、お待たせしました!」
「では帰りましょうか、ルミナス。そうだ、皆におみやげを買って帰りましょうね」
「はい 」
「では、制服の手配はよろしくお願いしますわ。…きちんと、ね」
「…かしこまりました…!」
深々と頭を下げて言う店員に別れを告げ、ルミナスと共に店を出ようとしたその時だった。
「わ、っ」
「ルミナス!」
入店してきた親子にぶつかってしまい、ルミナスがバランスを崩す。慌ててレノオーラが支えたので転びはしなかった。そしてルミナスはすぐに体勢を元に戻し、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、前方不注意でした!」
「いや、こちらの不注意だ。申し訳ないことをした」
頭を下げたまま、小さく『え』と呟く。
聞いたことのある、記憶よりも幼い声。
顔を上げた先にいたのは、会えるかどうか分からなかった、でも会いたかった、とても…とても大切な人。
「僕の名は、アリューズ。アリューズ・フォン・リーズだ。…君は?見たところ、学院に入学するようだが…」
「ルミナス・フォン・ローズベリー、と申します…」
そうか、リーズ伯爵家はダリスの貴族だったな、と思い出しつつ、かつての懐かしい面影のある彼をじっと見る。
「まぁ、リーズ伯爵夫人ではありませんか!」
「あら、ローズベリー伯爵夫人!お久しぶりですわね!」
「か、母様…お知り合い、なのですか?」
「ええ、学院時代からの大切なお友達なの。アリューズくんも学院に?」
「そうなの。この子、絶対入る!ともっと小さい頃から決めていたのよね」
「は、母上!」
照れた姿も、戸惑い方も、同じだ。
いや当たり前か、本人なのだからと、静かに言い聞かせていたが、こちらを見たアリューズがぎょっと目を見張った。
「ど、どうしたんだ?!すまない、さっきぶつけた所が痛かったのか…?」
「あ…」
ボロボロと涙が零れていると、ようやく気付いた。
違う、と首を横に振ってから涙を少し乱暴に拭ってから改めて頭を下げた。
「す、すみません。少し緊張していたようで…」
「疲れでも出てしまったのかしら。ルミナス、すぐに帰る?」
「あ、……はい」
遠慮がちに頷いて、アリューズに対してもう一度頭を下げた。
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません。アリューズ卿、また学院でお目にかかれる日を、心よりお待ち申し上げております」
「いや、こちらこそ令嬢に対してとても失礼な振る舞いをしてしまった。申し訳ない。…僕も、学院で会えるのを楽しみにしているよ」
その場は何事もなく…とはいえないが、解散になった。
帰宅して、ルミナスは早々に自室に戻って遠慮なく涙を零す。
会いたいと思っていた人に会えた喜び。
他の人を好きにならないで、というかつての生からやってくる独占欲。
まさかこんなところで会えるだなんて、という戸惑い。
様々な感情が入り乱れて、わめくことなくただ、静かに涙を流し続けた。
そうして、泣き疲れて眠りについた。
さすがに夕食も食べる余裕がなく、翌朝家族に謝ることになり色々と理由を聞かれたりもするのだが、説明がうまくできずにまた涙が溢れ、どうしようもない自己嫌悪に襲われてしまうルミナスを、レノオーラは優しく抱き締めて、ゆっくりと背を摩ってくれる。
それが今はただ、とてつもなく心地良かった。
会えてしまった。
会いたかった。
二度目だけれど、『初めまして』のあなた。




